【 雨と奏でる彼女の 】
◆.cm2qg6oUQ




102 名前:No.27 雨と奏でる彼女の (1/4) ◇.cm2qg6oUQ[] 投稿日:07/02/11(日) 23:48:56 ID:bq2pvqJO
「それじゃあ、PN.真琴さんのリクエストで――」
 ラジオから聞き覚えのある音楽が流れ出した。
 俺が高校生の頃に流行ったラブソングだ。
 今ではもう歌手も曲名も記憶の彼方で、だけどその存在自体は心に刻み込まれている歌。
 昨夜から降り続いている雨は、未だ止む気配はなく、窓を叩き続けている。
 天候が晴れでないときは、日本人ならいい気分でない人が多いだろう。 
 目を閉じる。音に包まれているような感覚。
 過去の出来事へと想いは走る。

103 名前:No.27 雨と奏でる彼女の (2/4) ◇.cm2qg6oUQ[] 投稿日:07/02/11(日) 23:49:15 ID:bq2pvqJO
 ただ靴音だけが響く日も落ちてしまった放課後の帰り道。
 田舎の人の少なさからか、街灯が少なくて困る。
 変質者に注意っていう看板を立てるより、灯りをもっと増やせば
 僕も詩乃も共にに運動系の部活に所属しているが、今は定期テスト前なのでお休みだ。
 それなのに遅くなった理由は、二人で図書館で勉強をしていたから。
 僕たちは付き合っちゃってたりするのだ。
 少し抜けていて可愛いと評される僕とクールで美人な詩乃との組み合わせは、友人たちからも似合っていないとよくいわれる。
 でも、彼女は僕の告白を受けてくれた。
 それはとても幸せなことだと思う。
「寒い」
「そうだね」
 沈黙。
 そうだね、ってそりゃあ続きやしないよ……。
 折角会話が始まりそうだったのに、そんな言葉しかいえなかった自分が情けない。
 暖冬といってもやはり冬は冬、刺すようなとまでは言わないけど、痛いとは思うほどの寒さだ。
 きっとそのせいだろう。今日はあまり話が弾まない。
 寒いから。そういう理由を探して繋いだ右手と繋がっているはずの心は、とても暖かく感じていたけれどね。
「ん」
 詩乃が立ち止まる。
「どうかした?」
「雨、降りそうな気がする。駅まで走った方がいいかもしれない」
「そうかな? 天気予報じゃ明日まで大丈夫って言ってたから、きっと大丈夫じゃないかな」
 不満そうだが、納得してくれて歩く。
 田舎とはいえさすがに駅には人が幾らかいる。できるだけ長く二人だけで居たかった僕のワガママだった。

104 名前:No.27 雨と奏でる彼女の (3/4) ◇.cm2qg6oUQ[] 投稿日:07/02/11(日) 23:49:41 ID:bq2pvqJO
 僕が悪いのだけど、目線が痛いです。
「ごめんなさい」
 あの後、冬には珍しいにわか雨がすごい勢いで降ってきたのだ。
 走ればなんとかなったかも知れないのに、歩いたせいで間に合わなかった。
 この時期にずぶ濡れはさすがにまずいので、途中のバス停まで走って一時避難した。
 テスト前だというのに余計な時間を使ってしまった、そう思われても仕方ないだろう。
「ごめんなさい」
 しばらくジト目でこっちを見ていた彼女だったが、ふぅ、とため息をつくと。
「もういいよ、そんなに何度も謝らなくても。真人と一緒にいられる時間が長くなったって考えればいいんだし」
「うん……うぅん!?」
「何? 私と一緒、イヤだった?」
 少し頬を染めながら。僕にだけ、たまに見せてくれる表情。ああもう、すっごく可愛い!
「イヤなわけないじゃん!」
 言われた言葉も恥ずかしかったが、動揺して大声を出してしまったことはもっと恥ずかしかった。
 心臓がドクドク高鳴っている。気まずくて、絡まっていた視線をはずしてしまう。
 無言。沈黙。気まずいものでないのだけが幸い。
「くしゅん」
 そのまま数分たったころ、くしゃみがでた。詩乃じゃない、僕のくしゃみが。緊張が解けてきて寒さを感じだしたのだろう。
 こういう場面って、普通は女の子がくしゃみをして男の子が心配するっていうのが相場なのにね。
 でも、彼女には風邪なんか引いてほしくないから、それはそれでいいのかな。
「寒い? 大丈夫?」
「うん、平気」
「私は寒いよ?」
 近寄って、バス停まで走ったときに離してしまった手をまたぎゅってされた。
 やはり僕の手のほうが冷たかったのは、そういうことなのだろう。つくづく情けないなぁ、僕。
 また会話がなくなりしばらくたったころ。詩乃が歌いだした。最近でた、ある歌手のラブソングだ。
 僕はただ聴いているだけしかできなかった。
 消えてしまいそうな、とても小さな声だけど、はっきり聞こえるとても澄んだ綺麗な声だったから。
 ずっと聴いていたかったんだ。
 やがて途切れた歌声に、閉じていた目を開く。雨はもう止んでいた。

105 名前:No.27 雨と奏でる彼女の (4/4) ◇.cm2qg6oUQ[] 投稿日:07/02/11(日) 23:51:56 ID:bq2pvqJO
「懐かしいですねぇこの曲。この曲歌って女を引っ掛けたりしてましたよ」
 曲が終わり、俺も目を再び開く。
 あのあと、俺たちはまた無言でバス停を後にした。
 高校卒業前に些細なことが原因で別れてしまったが、詩乃との思い出は決して消え去ることなく今も残っている。
 顔はおぼろげになってしまったし、抜け落ちているところもある。
 でも、あの時雨の音と共に奏でられた、澄んだ彼女の歌声は、今もはっきりと耳と心の中に残っている。

-おわり-

106 名前:No.28 異国の月 (1/5) ◇59gFFi0qMc[] 投稿日:07/02/11(日) 23:54:46 ID:bq2pvqJO
 大きなヤシの幹にもたれかかり、胸ポケットから煙草入れを取り出した。
 蓋を開けるとあと二本。一本を口にくわえて火をつけた。吐き出す煙が、高い樹木から漏れる空を霞
ませた。
「負けたな」「負けたよ」
 周りから口々にそうつぶやくのが聞こえた。誰かの微かな嗚咽も耳に入る。
 俺が煙草をトントンと叩くと、先端の灰が一塊、足元に広がる艶やかな緑の葉の上に落ち、枯葉の混
じる地面へと砕け落ちていった。
「わざわざインドネシアまで来て、頑張ったんだがなぁ」力の抜けた調子で俺は言った。
「仕方がありませんよ。これからは日本へ戻って頑張りましょう」
 岡野さんが俺達の前に立ち、高い声で両手を伸ばしながら言った。
 彼女の腕に縫われた紅い十字は、緑と茶色の世界の中で、ひときわ浮き立って見えた。

 その夜、焚き火の向こうで橙色に染まる彼女は、漆黒の天に広がるような高音を響かせた。
『春高楼の 花の宴 巡る盃 かげさして 千代の松が枝 わけ出でし 昔の光 いまいずこ』
 終わった瞬間、一斉に雷鳴のような拍手が起こった。
「あは、どうも。久しぶりですね、歌うのは」
 彼女は笑顔で首筋に手を沿わせ、何度も何度も頭を下げながら地面へと腰を降ろした。彼女の頬が赤
いのは、焚き火の熱に当てられたせいだけでも無さそうだ。
「いやあーいい!あんた絶対に日本に戻ったら歌手になれよ!」
「俺、なんだか涙が出てきた……」
「岡野さんじゃなきゃな。それに比べて、軍曹殿が歌う荒城の月は酷かった」
 そんなに下手だったか? 子供の頃は民謡を習ってたんだが。俺は拍手をしながらも、少し首を傾げた。
 気を取り直して、焚き火の中から小枝で芋をひとつ転がした。皮のこげ具合が丁度いいようだ。
「おうし、現地人から貰った芋で乾杯だ。皆、そろそろいい具合だから取れ」
 そう言うと、めいめいが焚き火へ小枝を差し込み始めた。
 タロイモだから甘藷のように甘い訳ではない。だが、補給などというものが皆無の今となっては、現
地人の好意だけが食に関して頼みの綱なのだ。
「人のつながりというのは大事ですね」通信兵が木々から漏れる星を見上げた。「現地人は、我々が戦
争に負けたことを知っているのに、今でも自分達に笑顔で手を振ってくれますよ」




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