【 奏でる声の響き渡る世界で 】
◆7oP.99v4.Q




97 名前:No.25 奏でる声の響き渡る世界で (1/3) ◇7oP.99v4.Q[] 投稿日:07/02/11(日) 23:40:32 ID:bq2pvqJO
 幼い頃から何度も聞き覚えさせられた歌がある。
 嬉しさ、悲しさ、楽しさ、辛さ。全てが綯い交ぜになった、不思議な歌だ。
 困ったときには、それを歌いなさい。貴女が助けを真に必要とした時、歌は力を発揮するのよ。
 その言葉と歌が、両親の残してくれた全てだった。


「どう、してっ」
 何がなんだかさっぱり分からない。私は、息も絶え絶えに、気力だけで走り続けていた。
 ――歌え。
 両親が他界し、独りで細々と暮らしていた私の所へ唐突にやってきた男たちは、そう拳銃を突きつけた。
 とりあえず股間を蹴りつけ、もだえ苦しむ男の隙をかい潜って逃げはしたものの、彼らはしつこかった。
 パパは言っていた。この歌は、誰にも教えてはいけないよ、と。
 ママは言っていた。この歌は、使い方を誤るととても危険なのよ、と。
 だから教えるわけにはいかなかった。歌うわけにはいかなかった。何が何でも守り抜かなければならない!
 そう、覚悟を新たにした時だった。
「きゃっ?」
 宙に浮いた体と、ぴりりと痛んだ喉。薄暗い路地裏の中、ナイフを突きつけて、男が私を捕らえていた。
 にやりと下卑た笑いに鳥肌が立つ。
「ゲームオーバー。さあ、お嬢さん。お兄さん達にお歌を歌ってくれないかい?」
「な、何が目的なのよ!」
「く、くくくっ。何も知らないのか?」
 恍惚とした様子で紡がれたことに、私は恐怖した。
 私に継がれた歌は絶大なる力を持つ歌の精霊を召喚するもので、その気になれば世界を支配することさえ容易い。
 その力をもって、彼らは裏社会を牛耳るのだと、そう嘯いた。
「そんな、そんなことに協力なんて出来ないわ!」
「ふん――お前の両親も強情だったからな。だから、殺したんだが」
 え……。
 男が、何を言っているのか分からなかった。パパとママが、何?
 過去の記憶がフラッシュバックする。血の海に伏せた、パパとママ……。逃げなさい、と言って、事切れた……あ、ああ……。

98 名前:No.25 奏でる声の響き渡る世界で (2/3) ◇7oP.99v4.Q[] 投稿日:07/02/11(日) 23:40:55 ID:bq2pvqJO
 こいつらが、コロシタ?
「ほら、歌え。死にたくはないだろう?」
 許せない許せない許せナいユルせナイユルセナイ!
 怒りに染まった私の脳に、両親の言葉が木霊した。
 困ったときは歌いなさい。助けてくれる。その歌が、歌えば、ああ、歌おう、こいつらに、制裁を!
 私の口から、歌が漏れ出てきた。高く、低く、ゆったりと、時にはとても速く。
「ああ、これか。この歌さえあれば、俺たちは……」
 一心に歌う私。
 嬉しそうにその歌に耳を傾ける男たち。
 そして――。


「HEY! MEを呼んだのはYOUかいっ?」
 目の前に現れたのは、素敵に無敵な筋肉質の男だった。スポットライトに照らされている。
 メゾソプラノの声が辺りに響き渡った。
「BOUZEN! YOUとてもBOUZEN? MEの美声に酔いしれたっ?」
「え、え、ええと、ええ。はい?」
「PINCHI! YOUとてもPINCHI? MEの助けを求めたかいっ?」
 なぜかセリフは節がついていた。一見無作為のようなそのメロディは、けれどとても心地よい。
 そう、喩えるなら、深い森で風に凪ぐ湖。人は立ち入る余地さえなく、ただ小鳥達が戯れる世界。
 水の色は透明。底は見えそうでいて見えない。覗き込もうとしたら、木の葉が舞い降りて、私に告げた。
 ――危ないよ。
 美しさはとても繊細で、触れてしまえば壊れてしまう。
 そんな事をさえ髣髴とさせてしまうほどの声と音楽だった。
「さぁてそれじゃ、イクよ! イクよ! イキますよっ?
 (キャー! アハハハハ! ウッフーン!)
 姫のPINCHIに駆けつける! MEの名SEIREI! UTAのSEIREI!
 (キャー! ウケケケケ! アッハーン!)」
 ああ、なんて。なんて素晴らしい。

99 名前:No.25 奏でる声の響き渡る世界で (3/3) ◇7oP.99v4.Q[] 投稿日:07/02/11(日) 23:41:19 ID:bq2pvqJO
 乱暴な男たちでさえ、この歌の精霊に見惚れて動けなくなっていた。
 鍛え抜かれた体から光が生まれ、路地裏を照らしていく。
 その光が全てを包み込んだ後……男たちは一人残らず消え去っていた。
「あ、ありがとう」
「KANSYAなんていらないぜ! いらない! いらない! いらないですよっ?」
 目指せる。世界を目指せる。
 むきむきとポーズを取る精霊を見つめながら、私は確信していた。
 この素晴らしい声、素晴らしい節。
 パパ。ママ。私、がんばる!


 数年後、私と歌の精は、プロの舞台に踊り立った。
 デビューしてほんの数ヶ月で、いくつものヒット作を生み出し、沢山の人々を魅了した。
 芸能の世界を牛耳る日も近い。








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