【 願いはとどく 】
◆f1sFSoiXQw




92 名前:No.24 願いはとどく (1/5) ◇f1sFSoiXQw[] 投稿日:07/02/11(日) 23:38:21 ID:bq2pvqJO
 妹には拾い癖がある。
 なんの変哲もない石ころであったり瓶の蓋であったり、およそ地面に落ちている殆どの物が彼女の興味を引くらしく、しかも度々それを持ち帰るため、彼女の部屋はとても混沌としている。足の踏み場もない。いや、訂正しよう。彼女と僕の部屋は、だ。
 拾い癖の起源を鑑みれば、僕らが魔物達との戦場を文字通り飛び回ってきたことにあるため、余り強くは言えないのだが、それでもこの森に逃げてきた僕達に快く住処を与えてくれた親父さんの好意に泥を塗るような事を容認するわけにはいかない。
 例え僕がシスコンで、「お兄ちゃんおねがい」と涙目で訴えられたとしても許すわけにはいかないのだ。断じて。
 とは言え、趣味と言える趣味のない妹の娯楽を奪う事は本意でもないので、僕の許可が取れたものだけという条件を課して、部屋の一角に拾い物用のスペースを与えている。
 けれど。
「元あった場所に返してきなさい」
「やだーっ!」
 帰って来た妹の後ろに隠れるように佇んでいたのは、魔物の幼女だった。

 くりっとした目が少しだけ妹に似ている魔物の幼女。 
 魔物と僕等の関係は、言ってみれば狩人と獲物だ。
 魔物が狩人で、僕等が獲物。圧倒的な力を持って攻め込んで来る魔物に僕らは逃げることしか出来ず。結果こんな辺境の森まで追いやられている。
 その力は余りにも強大だ。
 だから、この日常を続けていく為にも森に魔物の捜索が入るような事があってはならないのだ。
「返しに行くぞ。お兄ちゃんも行ってやるから」
「やだ! マモちゃんはお友達なのーっ!」
 妹は拾ったものに名前をつける。クマのぬいぐるみならクマちゃん、石ころならコロちゃん。今回のは魔物でマモちゃんだろう。
「そのマモちゃんのご両親も心配してるだろ? さあ行くぞ」
「ちょっとだけ、ちょっとだけだからーっ!」
 何がちょっとだけなのか。兎に角今回は見逃すわけには行かない。上目遣いで見てもだめ。
 憎まれ役覚悟で無理やり引き剥がそうとしたのと同時。部屋中に野太い声が響いた。

93 名前:No.24 願いはとどく (2/5) ◇f1sFSoiXQw[] 投稿日:07/02/11(日) 23:38:39 ID:bq2pvqJO
「待て待て、そうあわてる事もないだろう」
「パパだー」
 断じてパパじゃない。
 通称親父さん。この辺りを取り仕切るまとめ役だ。気のいい兄貴分で、妹と逃げてきた僕に住処を与えてくれた人でもある。
「いいんですか?」
「魔物達が探しに来るのは少なくとも日が暮れてから。それまでは問題ないだろう?」
「確かにそうですが……」
「パパ大好きーっ!」
 間髪入れず妹が抱きつく。熱い抱擁、ちょっと羨ましい。
「困るなあ。見ての通り、オジさんもまだ枯れちゃいないからね。抱きつくと……妊娠しちゃうよ?」
 固まる妹。その唇を狙う不届き者一名。
「離れろ! 今すぐその変態から離れるんだ妹よ!」
 今度こそ、無理やり引き剥がす。
 とにかく。
「日が暮れる前には連れて行くからな」
「うんうん、お兄ちゃんもあとでギューッしてあげるね!」
 言ったと同時、妹は幼女を引っ張って駆けて行った。
「心配か?」
「……はい」
 僕の心情を察したのか親父さんが話しかけてきた。
「魔物も子供の間は私達とたいして変わらん。心配には及ばんよ」

94 名前:No.24 願いはとどく (3/5) ◇f1sFSoiXQw[] 投稿日:07/02/11(日) 23:39:06 ID:bq2pvqJO
「和やかなものですね」
「ああ」
 自然と口から漏れた言葉に相槌が返ってくる。
 木漏れ日の中、妹と魔物の幼女は、同い年の子供達がそうするように、森の中を駆け回っている。
 自分たちと魔物の共存。酷く矮小な世界ながら、此処ではその理想が実現されているようであった。
「魔物との争いを避けることは出来ないのでしょうか」
「昔は、魔物と我々の間には確かな信頼関係があったと聞く。いつからなのだろうな、それが壊れてしまったのは」
 一度壊れた関係を戻すのは難しい。けれど、本当に出来ないのだろうか。

 ふと、懐かしい音が辺りに響いた。
 子供の頃、よく妹と一緒に歌った曲。妹が発する旋律が響き渡り、更に重なり合う。
「これは……、あの子も歌っている?」
「驚いたな。魔物は私達の言葉を理解しないと聞いていたが……」
 妹が音を発すると、ぎこちなく幼女もそれに続く。
 つたないけれど、精一杯が伝わってくる音。
 気がつけば、僕も口ずさんでいた。
 落葉が敷き詰められた森の中、三人が織り成す旋律はいつまでも響き渡っていた。

 永遠に思えた時間が終わりに近づく。
 徐々に沈んでいく太陽に急かされるように、妹たちの気持ちも沈んでいく。
「じゃあ、そろそろ」
「もう少しだけ!」
 妹が食い下がる。
「さっきも言ったろ? ほら……」
「――うん。マモちゃん、また会おうね」
 魔物は僕等の言葉を理解できない。けれど、僕の目には彼女が頷いたように見えた。

95 名前:No.24 願いはとどく (4/5) ◇f1sFSoiXQw[] 投稿日:07/02/11(日) 23:39:27 ID:bq2pvqJO
「なんてこった……」
 マモちゃんと別れた次の日の朝。突然にそれはやってきた。
 魔物。
 轟音と共にやってきたそれは森の入り口の仲間達を次々と打ち倒し、恐るべき速度で僕等の元へと迫ってきた。
 あと数分。猶予はない。
 逃げるならもう、今しか。
「親父さん、いいですか」
 成す術なしといった風情で佇んでいる親父さんに声を掛ける。
「どうした? この状況を打開する方法でも思いついたのか?」
 自嘲気味にそう放つ。
「いえ、でも……何もしないよりは、するほうがいい」
「はははっ、そりゃそうだ」
 音は直ぐそこまで迫っている。
「で、何をすりゃいい?」
「みんなに伝えてください」
 隣の妹に頷く。
 あれからずっと考えていた事。
「――歌いましょう」

96 名前:No.24 願いはとどく (5/5) ◇f1sFSoiXQw[] 投稿日:07/02/11(日) 23:39:50 ID:bq2pvqJO
 差し込む日差しと、響き渡る轟音によって目を覚ました幼女は、余りの音の大きさに二度寝も間々ならず、階段を駆け下りた。
「ママ、これ何の音?」
「裏の林があるでしょう? あそこにおうちを建てる準備らしいわよ」
「――え?」
 裏の林は二階の窓から容易に見渡せる。
 駆け足で部屋に戻ると、幼女は窓を開け放った。

 音が――響いていた。
 木々の揺れに呼応して響く小鳥の囀り、動物たちの声。
 昨日、大木の下で二匹の小鳥達と歌った自然と表情が綻ぶようなものではなく、とても悲しい歌。
 気がつくと、幼女の目には涙が浮かんでいた。
 僕等はきっと共に歩めると、あの鳥の声が聞こえた気がした。


<了>




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