【 返歌 】
◆FVCHcev9K2




77 名前:返歌 1/3   ◆FVCHcev9K2 [] 投稿日:07/02/11(日) 22:50:26 ID:7iDkMtvB
 ああ、これで何杯目だ。
 昼の公園で川べりに座りながら毒づいた。酒ですっかり出来上がった僕以外は、みんな楽しそうだ。
 「『曲水の宴』をやろう」なんて、会長は何を考えているんだ。
 いっつもにこにこしている会長は、見た目はかわいい女性なのだが、突拍子もない企画を催すのが好きで、
地味なこの百人一首サークルの盛り上げに一役買っている。
 ちなみに僕は取るのが専門で歌は詠まない。取るだけならサークル内では右に出るもの無しと自負しているが、
お題に合わせて川に浮かべた酒の入った盃が目の前を流れるまでに歌を吟ずる、なんて早詠みは苦手もいいところだ。
 上流でお題が聞こえた気がするけど、日本酒、ウィスキー、ジンなんかが入った頭にはもうお題は届かなかった。
 酒の入った盃が目の前を通ったと思ったところで記憶がなくなった。

 ――蛍光灯の明かりが眩しかった。
 反射的に顔を覆う腕。しかし、頭は覚醒を始めている。しょうがない、起きよう。
 腹筋の力だけで起き上がろうとして強烈な吐き気とふらつきとにまた畳に体を投げ出した。
 「あ、気づいたみたいね」
 起き上がりかけた音で気づいたのか会長が近づいてきた。
 首だけ曲げてそちらを見ると、丁度会長のスカートの中が見えそうになりあわてて反対に首を動かした。
 壁が見えた。僕が寝ているのはどうやら部室のようであった。
 「そのままでいいよ。動くのつらいでしょ?」僕のそばに会長が座った。
 元凶を作った会長が何を言うのか。目で非難する。
 そんな目線はあっさり流して会長は言った。
 「でも、詠二くん詠むのあんなに苦手だったのね」
 「取るの専門ですから」気持ち悪いので極力短い文で喋った。

78 名前:返歌 2/3   ◆FVCHcev9K2 [] 投稿日:07/02/11(日) 22:50:52 ID:7iDkMtvB
 「ふふ、『詠二』なんて名前なのにね。はい」
 「……」答えず、差し出されたお茶を受け取った。
 この名前は和歌が好きな母の影響だ。父も詩吟を趣味にしている。
 そんな両親だから小さい頃から百人一首は競技かるたも、鑑賞も趣味なのだが、創作にはまた違った才能が必要なのだ。
 そしてどうやら僕にはその才能がないのだった。つい両親と比べてしまうから食わず嫌いな部分もあるけど
 少し上半身を起こし、お茶を飲む。出されたお茶は丁度飲みやすい温度だった。酒の回った体にはありがたい。
 「詠むのも面白いよ? 挑戦してみれば?」
 会長はにこりと笑って返事を待っている。このちょっと首を傾げた仕草には敵わないな。しょうがない。
 「なんか、難しいじゃないですか。創作って。感じたことは言葉では表現し切れません」と答えた。
 「うん、確かに。でも、逆にぴたっと来る言葉を見つけた瞬間の爽快感は何ものにも換えがたいものがあるよね」
 「そうは思いますけど、難しいですよ。僕にとって歌は、聞いて、鑑賞して楽しむものです」
 ああ、喋りすぎた。気持ち悪い、帰りたい。湯飲みを置いて畳に横たわった。
 窓を見るともう日は沈んでいた。数時間は眠っていたようだ。他の面子は既に帰ったんだろう。
 ……ってことは、今、会長と二人きりなのか?
 そう思いちょっとドキッとした瞬間、会長がこんなことを言った。
 「じゃ、今一句思いついたから聞いてもらえるかな?」
 この強引な話の運び、それは、いつもの会長との会話ではありえない雰囲気。
 どきどきしていた。会長から目を背けたまま頷く。

 「闇の夜の 行く先知らずの この心 忍ぶ気持ちの 歌を二度詠む」

79 名前:返歌 3/3 ◇FVCHcev9K2[] 投稿日:07/02/11(日) 22:51:27 ID:7iDkMtvB
 これは、告白の歌か。二度詠むってのは……詠二? 俺? 会長は顔を赤くしてうつむいていた。
 肩口まで伸びた髪で表情はよくわからないが、ってことは、まさか、いや、そうなのか。
 いいたいことはいっぱいあった。冷静に考えてみると、会長のことは好きだ。
 さっきドキッとしたことから考えても、前々から彼女をかわいいと評価していたことからも、会長を好きだといえる。
 ああ、そうだ。一度好きと認めてしまえば好きだという気持ちがあふれてきた。
 でも、僕には答える言葉が見つからない。頭をぐるぐる回る言葉、ぐるぐる回る酔い。
 そうして数秒か数十秒か経って、やっと答えることができた。

 「久方の 雲を払いて 月照らす 我もあなたと 歩まんと思う」

 会長の顔が、うつむいてた顔が、僕を見据えた。僕も負けじと、恥ずかしい気持ちを抑えて会長の目を見つめた。
 僕にっこり微笑むと、会長は、真っ赤なままの顔ではあったが、笑ってくれた。
 「なんだ、早詠み出来るんじゃない」
 「いえ、やっぱり、詠むのは難しいですよ」
 まったくだった。この歌だけでは十分の一も今の思いを伝えられていないのだ。
 僕は、ふらつく体を起こし、会長に抱きついた。
 「好きです」
 耳元で囁くと、会長の体が跳ねるのが分かった。
 言葉を弄するだけではダメだ。僕にはこっちの方が合っているのだ。

80 名前:No.21 歌丸 1/4 ◇PUPPETp/a.[] 投稿日:07/02/11(日) 23:10:58 ID:3Gmf20eX
「木久蔵の右耳取っちゃいなさい!」
「はーい」
 そういうと山田くんはにこやかな顔のまま、木久蔵の右耳に力の限りのチョップをかます。
 のた打ち回る木久蔵を尻目に楽太郎は締めの言葉を告げる。
「本日はこれにておひらき」

 圓楽の勇退後、司会を務めた歌丸だったが、急性腹膜炎により一年前に亡くなった。
 その地位を継いだのは、歌丸の永遠のライバル『三遊亭楽太郎』その人である。
 楽太郎は圓楽が死亡するまで至って普通の司会を行なっていた。
 しかし圓楽の死去、それは大きく覆った。三遊亭楽太郎による独裁政治である。
 つまらないネタに対して、過剰なまでの虐待が行なわれた。
 それに対し反抗的な態度を取るものには、いかにおもしろいネタを披露しようとも座布
団をやらないという卑劣な行いをしていたのである。




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