73 名前:No.19 グラップラーズ (1/4) ◇p/2XEgrmcs[] 投稿日:07/02/11(日) 21:42:07 ID:bq2pvqJO
アホみたいに単調な曲ばかり演奏して、ガキどもに拍手をもらって、青春パンクバンドがやっとハケた。
カウンターのそばの俺は辟易した顔つきをして、ドリンクチケットでスミノフを頼んだ。すぐに冷たいビンを受け取る。
呷ると甘酸っぱいアルコールが、喉を冷やしながら焼いた。明るい顔をした、件のバンドのボーカルが
アンケートの記入をせがんできたが、フードで隠れた俺の顔を見てすぐ引き下がった。
楽屋では俺と目を合わそうともしなかった。ビビられているようだった。ステージの派手な照明が消え、
通常通りのライトが点き、ライブハウスの不快指数が下がる。演奏を楽しみにして来ている人間は、
トリップしているようなものだから不快とは思わない。
「ソウさん、ビビらせちゃかわいそうだよ」
いつの間にか横に、利彦がいた。高校の時の友達で、進路は別々だったが、今は俺のバンドでドラムを叩いてもらっている。
高校の時分から一緒にやってみたかった。こいつのスティーヴ・シェリーを意識しているらしいドラムは、
後ろにあると安心する。もちろんあそこまでの正確さはないけど、リズムが安定しているのは、俺は大好きだ。
スミノフを半分に減らして、俺は楽屋へと利彦を促す。俺たちはのろのろと小汚い楽屋に戻る。
「さて、水分補給は済んだ」
俺はチューニングのため、ムスタングとエフェクター類が詰まったケースを手に取った。
几帳面な他の面子は、もう支度を済ませてステージに行こうとしている。
「ソウ、俺のは?」
「善さん、さっき飲んでたでしょ。昼から食ってねえんだから、回っちゃいますよ」
「酔わなきゃピック持てねえよぉ」
ベースの善さんは、善司という立派な名前の割に、ダメ人間の素質に満ち満ちている。大学の文化祭で、
禁止されてるというのに前日から酒を喰らい、ムカツいていた女たらしをビンでぶん殴って、
見事謹慎の身となってしまったり、去年のクリスマスにはドラッグをキメてセックスするのと、
テキーラで酔っ払いながら青姦するのではどちらが危険か、という質問を真顔で彼女にしたところ、
夕方六時に帰られたりした経験を持っている。ベースはというとメロディックなルートを思いつくことに関しては、
やたらセンスがあると思う。突っ走りがちだが怒るとすぐ直してくれる。問題は多いが、善い人と呼べる。
74 名前:No.19 グラップラーズ (2/4) ◇p/2XEgrmcs[] 投稿日:07/02/11(日) 21:44:04 ID:bq2pvqJO
「善司にしらふは毒なんだって。草太も知ってるでしょ」
俺より年下だというのに、俺の先輩にあたる善さんと俺に敬称をつけない、この不届きな女は智歩という。
俺と利彦がよく行く楽器屋に「女性ボーカル募集」の張り紙を出して、三時間で連絡を入れてきた
バイタリティ溢れる女だ。フリーターの俺、不真面目大学生の利彦と善さんに負けない反社会的なヤツだが、
実はまだ高1である。智歩の作詞力には恐れ入る。俺たちの要求をすんなり飲むくせに、自分の個性を消さない。
歌詞そのものはというと、とても詩的だ。今時の女子高生らしい要素は殆ど無い。
智歩の茶化しに笑いながら、俺たちはステージに出てチューニングを始める。何となく、智歩の身の上話を思い出していた。
ロックと一緒に酒を覚え、ギターと一緒にタバコを覚え、バンドというものと一緒にセックスを覚えた。
それが全て中学の時の出来事だという。まるでロックスターだ。
「好きになった男がさ、ドラムやってたの。ノイズとか、グランジの。そいつが作曲に使ってた古いギターもらって、
必死に練習して、一緒にバンド組んだの。でも、やっぱ恋人同士ってダメだね。バンドとか、
セックスだけ相性がよくっても、肝心なところで接してなかった。そのうち、そうやって局地的なところでしか
コミュニケーションできないのがイヤで、別れようとしたの。そしたらキレられて、
そのキレ方が面倒臭いの何のって!あろう事か押し倒そうとしてきてさ、アタマきたから、刺しちゃった。
刺したのは足だけどね。だから受験する高校は、その時の行動範囲から離れた所にしたんだ」
75 名前:No.19 グラップラーズ (3/4) ◇p/2XEgrmcs[] 投稿日:07/02/11(日) 21:44:38 ID:bq2pvqJO
飲み屋でジョッキの中身を減らしながら、微笑み混じりに語る智歩を、利彦が目を丸くして見ていたのを覚えている。
俺はミネラルウォーターが入ったペットボトルを手の届きやすい場所に置き、エフェクターケースを足元に開き、
諸々の機材をセッティングした。エフェクターを全てギターに繋ぎ、そのギターとアンプとを繋ぐと、
軽くコードを鳴らす。このライブハウスの機材は、正直かなり質が良い。子供ならたちまち
難聴になりそうな轟音が、耳や腹を震わせる。五弦を少し締め、もう一度鳴らす。具合は良い。
いくつかエフェクトをかけて、三曲目の出だしを弾いてみる。悪くないニュアンスの出方だ。
メインで使うファズの調子を入念に確かめながら、エフェクターの設定を調節した。善さんが手間取ったみたいだったが、
ほとんど問題はなかったようだ。全員あまり時間をかけずに仕事を終わらせ、楽器を置き、一度ステージ脇からハケる。
一番に戻った俺はビンを手に取り、スミノフを空にした。三人がハケると、利彦が口を開いた。
「智歩、MC大丈夫なの?くれぐれもファックとか言わないでね」
「大丈夫、大丈夫。穏便に済ますから」
ライブをやり始めた当初、あまりにも汚い言葉遣いから、酔っ払いに絡まれたことがあった。
相手がいい年で、善さんが一撃で済ませたから、何とか警察沙汰になっても注意だけで助かった。
通常の照明が落ち、ステージの明るいライトが点いた。入場曲として、ディーヴォの「モンゴロイド」が鳴り出す。
この瞬間はいつも背筋がくすぐったい。智歩を先頭にして、全員ステージに上がった。数回ここでやらせてもらっているが、
名が知れたのかまばらに拍手をもらえた。俺が足元のエフェクターの一つ、
フェーザーのスイッチを入れるのを見計らって智歩がマイクに向かう。俺が手を挙げると、スタッフが曲を止めてくれた。
76 名前:No.19 グラップラーズ (4/4) ◇p/2XEgrmcs[] 投稿日:07/02/11(日) 21:47:18 ID:bq2pvqJO
「グラップラーズです。よろしくお願いします」
ぼそりとバンド名を口にし、弦に指をかけ、智歩は利彦に合図した。スティックを鳴らす音に、
俺も自分のギターに神経を通す思いでコードを握った。 シンバルとスネアが爆発したような音に合わせて、
思い切り頭を振り下ろしてピックを弦に叩きつけると、パーカーのフードがめくれて、俺の頭が裸になった。
白に近い金髪が暴れ、視界が開けた。利彦はキックでビートを続けている。俺と智歩が鳴らしたノイジーな音が消えぬ内に、
善さんがキックに乗っかってメロディを作る。俺がそれに追いついて主旋律になるのと同時に、Eマイナーを弾きながらの
智歩のシャウトが入る。素人臭くもなく、メタルっぽくもない、かといって黒人音楽のようなグルーヴもない。
独特のシャウトだ。全員の音が短調に固定された四小節後から、智歩が歌いだす。
「光が列を作っている
空気はまだ誰のものでもない
滑走して 消えていった
風が電線を殺していった」
一遍に転調して、メロディだけメジャーに、歌詞は意味を成さないまま、曲は締めに入る。
「真空は回転していたい
月が夜のものとも知らぬまま」
スイッチを踏んでファズをかけ、ギターをかき鳴らした。音色は一気に膨らみ、音の表面はざらついた。
耳はおろか、頭やジーンズのポケットの空洞までびりびりしてくる。利彦がスネアの連打でついてくる。
俺はドラムセットの方を向き、単音でルートを高速で弾き続けた。二小節でルートを変え、同じ間隔で利彦のパターンが変わる。
それが八小節続き、一拍完全に音を抜き、俺と智歩が飛びながら、同じコードを弾く。
音が響いて少し間を置いて、結構大きい拍手が起こる。まずい、初っ端から動き過ぎた。
ピックで弦を押さえて音を止めると、俺は置いておいたミネラルウォーターを飲んだ。冷たくて、やる気が起きてくる。
ステージの背後のライトに照らされた客たちを見ていると、不意に泣きそうになる。
眩しさに輪郭と色彩を失った彼らからは、生き物としての個性が窺えず、言いようも無い寂しさを感じさせる。
けれど次の曲や、メンバーの反応を見ていると、演奏への集中が再開され、そんな感情は全く消え去る。いつものことだ。
俺はペットボトルを置くと、ピックを手の中で転がした。
泣きそうになるのは、何故だろう、音楽が好きだからだと今日は思えた。
―了―