【 うたかた華火 】
◆/7C0zzoEsE




69 名前:No.18 『うたかた華火』 (2/5) ◇/7C0zzoEsE [] 投稿日:07/02/11(日) 21:37:40 ID:bq2pvqJO
 早口に言い済ませると、何処かへ駆けていった。
嵐の様な女の子だ。整った顔立ちをしているので、
大人しいと人気もあるだろうに。
 妙に理屈っぽい俺は、級友から避けられるタイプだ。
それでも彼女は俺に関わろうとしてくる。
全く悪い気はしなかった。
 八時だな。時計を見た後、帰宅を再開した。

「おお、お帰り」
 玄関の戸を開けると、明るくお出迎えしてくれる兄。
片手には兎のシールが貼られた包丁を握り締めている。
 机の上には美味しそうな食事が並べられていた。
「ただいま、兄貴」
 これほどかと言うまでの明るい声で返事して、家の中へ転がり込み、寝る。
どうした、どうした。と兄が寄って来た。
「学校だるかった。だからやっぱり家が好き」
「あほ、早く飯食え」
 俺の頭を優しく小突くと、彼は食卓についた。
俺も笑って体を起こす。食事を口にすると、兄の愛情が腹まで届く。
少し塩辛い兄貴の料理、全て見事にたいらげた。
 そして、こたつの中に倒れこむと、一日の疲れが消えていくようだった。
「あー、幸せ。そうだ兄貴、これ学校のプリント」
 兄に昼の紙を手渡すと、兄は目を細めてそれを見ていた。
「怖いなあ。裕也、お前女の子みたいな顔してるから気をつけろよ」
彼はそう言いながら、服を着替える。また仕事か。ため息をついた。
「もうちょっと家にいられるんじゃないの」
 兄は、ふとこちらを振り向いた。

70 名前:No.18 『うたかた華火』 (3/5) ◇/7C0zzoEsE [] 投稿日:07/02/11(日) 21:38:17 ID:bq2pvqJO
「すまんな。また休みの時は遊んであげるからな」
 どれほど子ども扱いするんだ。そう思いながらも顔に出さない。
早く帰ってきて、いってらっしゃい。と手を振り見送った。
 十五も年が離れた兄は頼もしい。両親が交通事故で亡くなった後も、
彼は男手一つで俺を育ててくれた。
 毎日の食事、洗濯、仕事。体がぼろ雑巾になるまで働いてくれる。
そして俺にはいつも一言、
「いいからお前は勉強しろ」
 耳にたこができるほど言われ続けた。

 兄は弱いところを、俺に見せない。
生活がどんなに苦しくても、微笑んでいる。
 ただ時折、凄く寂しそうな顔をして仏壇を眺めている。
そんな時は、昔懐かしい母の子守唄を真似て歌うと、本当に喜んでくれる。
両腕で俺を羽交い絞めにして、お前は出来の良い子だなあ。
そう言うのだ、うっすら涙を浮かべて。
 何が趣味かも知らない。何が好物かも分からない。
兄は俺に尽くして、それだからこそ俺も兄離れできないんだな。
 そうだ、今度の兄の誕生日は、時計でも買ってやろう。
パーティーでも、開いてみるかな。二人きりの素朴なパーティ。
そんな事を思ってにやけていると、いつしか瞼が落ちていた。

 ブーブーブー。と、聞きなれた携帯の着信音で目を覚ました。
宛先は……里香。しまった、時計は八時二十分をさしている。
メールには、遅い。そう一言。その一言には、里香の怒りが詰まっているようだ。
 二分とかからず家から飛び出すと、自転車に跨り公園へ急いだ。
きっと里香、かんかんだろうな。ペダルをこぎつつ鬱になる。

71 名前:No.18 『うたかた華火』 (4/5) ◇/7C0zzoEsE [] 投稿日:07/02/11(日) 21:38:42 ID:bq2pvqJO
 しかし、公園に着くと何やら様子がおかしかった。
暗いのでよく見えないが、向こうに人影が二つ。争っていた。
俺は胸騒ぎがして、近くにあった木の棒を握り締め、走る。
「裕也、助けて」
 幻聴じゃない、か細い声が微かに聞こえた。
俺は木の棒を振りかざして、覆面を深く被った男を殴りつける。
 里香の服、肩の部分がはだけている。彼女は震えていた。
俺は頭に血が上ったが、ここは冷静に対処しないと。
「誰か! 警察を! 不審者だ!」
 喉も裂けよとばかりに叫んだ。ここは住宅街に囲まれた公園。
きっと誰かに届くだろうと踏んだ。
 その間も不審者を殴り続けていたが、相手は身を翻し俺に襲い掛かってくる。
大人と子供の腕力。勝てるはずが無い。
 しばらくもみ合いになったが、相手が俺の喉元に包丁を近づけた。
荒い息が聞こえてくる。死ぬほど怖い。
 目を見開き、叫び続ける。俺の両手は相手の顔を掴んでいた。
「誰か、誰か! 誰か!」
 一瞬、不審者の顔が歪んだ。とんでもない失敗に気がついたように。
覆面をしているのに、相手が動揺していることがはっきり分かった。
 相手は包丁を胸元に戻し、俺を突き飛ばす。
顔を掻き毟りながら、その場から走り去ろうとする。
 しかし、けたたましいサイレン音と共にパトカーが現れた。
それの中から、国民を守る義務を果たしに警官がでて来る。
俺の声が届いたのだろう。周りの家から、ようやく野次馬が湧きだした。
 警官が不審者を確保する。不審者はみっともなく暴れていた。
その姿はどこまでも現実味が無くて、俺と里香は放心していた。
 ただ、頭にはこびりついて離れない。あの不審者のナイフに張り付いてた、
可愛らしい兎のシールだけを思い出して。

72 名前:No.18 『うたかた華火』 (5/5) ◇/7C0zzoEsE [] 投稿日:07/02/11(日) 21:39:03 ID:bq2pvqJO
――俺達は冬に花火をする。

 俺は風が冷たくて、花火に火がつかないと文句を言った。
里香は、暖かいとはしゃぎながら、花火を両手に持って振り回す。
 危ないよと俺が制しても、まるで言うことを聞かない。
俺は座り込んで、線香花火を楽しんだ。
 儚くパチパチ音をたてて燃える、これが一番好きだった。
持っていた火も消えた里香は、何も言わずに俺の横にちょこんと座った。
「なあ里香……泡沫、って分かるか」
「うたかた?」
 俺の顔を覗き込む姿は、やっぱり可愛らしかった。
「儚く消えやすいもののたとえ、花火もそうだよな」
「うん、だから綺麗なんだよね」
 俺が言いたい事は届いているのだろうか。
彼女は、それがどうしたの? と言った風に、俺を見つめている。
この光景を無くしたくない。俺は目に焼き付けて置いた。
「あのな、俺、親戚の叔母さんに引き取られることになった」
「うん」
「だから引っ越すみたいなんだ」
「いいよ、別に」
 彼女は、もう明後日の方向を向いていた。
「私も、もうすぐ引っ越すんだから」
 ああ、そうか。意味も無く、納得してしまった。
「だから、またね」
 そう言って、微笑んでいる。俺は手首で目元を拭った。
 うん、また。里香と同じ方向を見つめながら、
二度と来ないだろう兄の誕生日パーティを思い浮かべる。
そこで、兄の前で子守唄を歌う俺を描いていた。

                           (了)




BACK−聴覚版プルースト効果◆mJQBnN/BeU  |  indexへ  |  NEXT−グラップラーズ ◆p/2XEgrmcs