【 優しい歌から生まれた国 】
◆NA574TSAGA




22 名前:No.08 優しい歌から生まれた国(1/5) ◇NA574TSAGA[] 投稿日:07/02/11(日) 11:59:15 ID:3NcyO+kn
 新年を目前にし、人々が国境付近へと集う。東国と西国――今年もまた、両国の「休戦」が解かれる時が来たのだ。
「こんにちは。ちょうど一年ぶりの再会ですね」
「これはこれは、西国の果物屋さん。お久しぶりですな」
 ステージの正面で屋台を止め、酒場の店主は軽く会釈をする。
 長らく国交が断絶している両国であったが、年に一度、この日だけは門が開放される。
 普段は固く禁じられている国民の越境行為も、一日限りで許されていた。
「いつもこんな調子で商売が出来ればどんなにいいことか。荷台いっぱいのリンゴがあっという間に空っぽですよ」
「まったくですなあ。私も今年は屋台を使って営業することにしたんですよ」
 果物屋にグラスを差し出しながら、酒場の店主はステージへと目を移した。
 東西両国の国境線付近に位置するそのステージは、いまだ夜の闇に溶け込んでいる。
「今の方式が取られるようになってからもう十年が経つ。そろそろ決着がついてもいい頃でしょうに……」
「とはいっても今のルールの下じゃ、難しいのでしょう」
 西国の象徴である白バラを胸ポケットに挿しなおしながら、果物屋は言葉を返した。
「議会の連中も、もう少し頭をやわらかく――」
 そんな二人の話を遮るかのように、花火が一輪、夜空に咲いた。
「おっ、始まりますよ」
 酒場の店主が目をやるその先には、ランプの火に照らされ、先程とは趣を一変させたステージがそびえていた。
 今年の主催国である東国の王が登場し、群集に向かい両手を大きく広げた。
「それではただ今より、第十回『東西歌合戦』を開始する!」
 大きなドラの音とともに「開戦」が宣言される。ステージの両脇には東西の代表者が待機している。
 各国から五名ずつ選出された精鋭たちは、いずれもその国を代表する歌い手たちばかりだ。
「歌による戦争――たしかにこのやり方なら無駄な血を流さずにすむもんなあ。誰が考えたんだろうか」
 そうつぶやく果物屋の腕には、長く伸びる傷跡。歌合戦以前に行われていた「血で血を洗う」戦争の名残だった。
 代表者は皆「戦争」への意気込みをあらわにしている。そんな中一人、他の者とは明らかに雰囲気の異なる少女がいた。
 年は十八に達するかどうか。腰まで届くブロンドの髪に、首にかかるネックレス。
 身にまとう衣服は一級品。そしてその左腕には――
「まさか、あの方は……。冗談だろ?」
 周囲の群集が、皆一様に驚きの声をあげる。
 酒場の店主は再度、少女の腕の赤バラの紋章を眺めた。そして確信する。
「……いや、そうだ。ありゃあこの国の――東国の王女さまに違いない」

23 名前:No.08 優しい歌から生まれた国(2/5) ◇NA574TSAGA[] 投稿日:07/02/11(日) 12:00:14 ID:3NcyO+kn
 東国の王は審査員席へと戻ると、そのまま深く頭をうなだれた。
 昨日からとある苦悩が頭を占め、一睡もできていないのだった。
 “歌姫”アンヌ・マリーが病に倒れたとの一報が入ったのは、昨晩のことだ。
 代役を立てようにも、“歌姫”に代われる者など国中を探しても見つかるはずもなく、王は途方に暮れていた。
 そんな時に代役を買って出たのが王の娘、ジュリエッタだ。彼女もまた、美しい歌声を持っていた。
 ジュリエッタは王とある契約を交わした。二つのことを約束する代わりに、それを成し遂げたときに彼女の望みを叶えること。
 彼女がした約束の一つは、自らの勝利。そしてもう一つの約束こそが、王の心を苦しめているのであった。

「さて果物屋さん、予想外の参戦もあったけれども……今年はどちらの国が勝つと思いますかね?」
「店主、あんたも意地が悪いねえ」
 果物屋は苦笑いをしながら早くも二杯目の酒に口をつけ、そして問いに答える。
「もちろん西国だ!……と言いたいところだが、やはり今年も、引き分けでしょうなあ」
「やはりそう思いますか」
 酒場の店主もまた、苦笑する。
 そうこうしているうちに、第一試合を告げるドラの音が鳴り響き、ステージの東のそでから大男が登場した。
「ひがしのくにぃ、ひちばんっ、歌います! しばしのご静聴を!」
 緊張からだろうか、少々声が上ずっている。そして歌いだした。
 “ドラゴン殺し”の異名を持つその歌声は非常に荒々しく、世間一般に言う「上手な歌」からは程遠い。
 だが不思議と、聴く者の身に、そして心に響いてくるのだった。
 短い歌ではあったが、そこから発せられた鬼気はその場にいるもの全てをひとまとめに飲み込んでしまった。
 その余韻は西国の一番手の女が歌い始めても消えることはなく、不幸にもその女の歌声は誰の心にも残らなかった。
 誰の目から見ても、勝者がどちらかは明らかだった。
 だが同時に誰の目にも、「結果」は見えていた。審査員二十名による、投票の結果が発表される。
「十対十、引き分け!」
 そんな判定に、群衆からは溜息が漏れる。予想していたこととはいえ、こうもあからさまだとさすがに興がそがれる。
「やれやれ。やはり『多数決制』にした方がいいんじゃないかねえ」
 酒場の店主がつまらなそうにつぶやく。
 国を挙げての多数決が難しいことくらい店主にもわかっていた。多数決制にすれば、人口の多い方の国が勝つに決まっている。
 とはいえ今のような代表者による投票とて、各投票者の自国へのひいき目は抑えがたい。
 そんなわけで、このような「十対十」の戦争をもう十年も続けているのであった。


24 名前:No.08 優しい歌から生まれた国(3/5) ◇NA574TSAGA[] 投稿日:07/02/11(日) 12:01:12 ID:3NcyO+kn
 第三試合が終わった時点で、引き分けが三つ。
 ――今年もまた、決着のつかぬまま終わるのだろうか。
 東国の王はそう思い、そしてそうなることを願っていた。
 王はステージを挟んで向かいにある、西国の審査員席を眺めた。その中の一人に目をとめる。
 西国の王子、ローラン。
 現在病の床にある西国の国王の代役として、審査に臨んでいる。
 そんな彼にジュリエッタは想いを寄せ、そしてそれを歌に託すことにしたのだ。
 王に呈したもう一つの約束――それは「西国の王子の気を歌で惹くこと」であった。
「……ああ、やはり駄目だ、駄目なんだよジュリエッタ。王として、父親として、もう彼との関係を許すわけには……」
 王の苦悩は深まる一方だった。

 第四試合の結果もやはり、十対十の引き分けだった。
 このまま第五試合で決着が付かなければ、勝負は来年へ持ち越しとなってしまう――過去九年と同じように。
 だが最後の試合、ついに王女・ジュリエッタの出番がまわってきた。
 ステージへと上り、軽く深呼吸をする王女。そしてその唇から、言葉が紡がれる。
「……東国の、王女として、一人の、女として、心を込めて、歌います。聴いてください」
 王女の歌声に東国の、そして西国の人々までもが期待を寄せた。
 だが群衆は誰も気付かなかった。王女の声が、かすかに震えていたことに。
「……無理もない。幼い頃から両親と侍女以外の前で歌ったことなどないのだからな」
 ただ一人、ジュリエッタの異変に気が付いた国王。その表情には、少しばかり余裕が戻ってきていた。
 そして王女は歌いだした。この歌合戦に、一つの戦争に終止符を打つため。
 そして、王子への想いを告げるために――。

 澄んだ歌声が、周囲を包み込んでいく。かの“歌姫”のものにも匹敵しようかという美しいラブソング。
 群衆が、審査員たちが、そしてローランが、その歌声に耳をそばだてた。
 だが、やはり人前で大声を出す機会が少ないためだろうか。肝心の声量が足りなかった。
 審査員たちの所まで、声が十分に伝わらない。身体の震えがおさまらない。
 やがて歌声は完全に途絶えてしまった。
 あたりが静まり返る。ジュリエッタの瞳からは、一筋の涙がこぼれ落ちた。


25 名前:No.08 優しい歌から生まれた国(4/5) ◇NA574TSAGA[] 投稿日:07/02/11(日) 12:02:27 ID:3NcyO+kn
 そのときだった。
「頑張れぇ、王女様ぁー」
 どこからか聞こえる、少々間の抜けた応援の声。ジュリエッタは涙を拭き、周囲を見渡す。
 審査員ではない。もちろん王子でもない。誰だろうか?
 やがてその声の主を、群衆の中に見出した。
「がーんばれぇー、まけるなぁー」
 酒のグラスを振り回しながら、満面の笑みをうかべて手を振る一人の男。
 酒場の店主が、酔いのまわった彼を荷台から引きずりおろそうと必死になっている。
 ――そんな彼の胸ポケットには、白いバラの花が一本刺さっていた。
「西国の人……? 酔っているとはいえ……私を応援してくれている?」
 ジュリエッタは突然の出来事に驚いた。と、同時に喜びの感情がわき上がってきた。
 「敵国」の民が、自分に声援を送ってくれている――それだけでも大きな力だった。
 だがそれだけではなかった。男の声援を発端として、周囲の人々も東西関係なくジュリエッタに声援を送り始めたのだ。
 ノー・ボーダー。
 長らく対立してきた国同士が、初めて一つになれたように思えて、ジュリエッタは再び涙した。
 そして歌った。今度こそ、お腹の底から声を出して。
 もはや王子のみに対する歌ではなかった。その場にいるすべての者にささげる「愛の歌」

 普遍の愛を、彼女は歌った。


「……十一対九。勝者、東国!」
 その場にいる誰もが、自らの耳を疑った。
 東軍の勝利――それはすなわち、歌合戦という「戦争」の終わりを意味していた。
「誰だ! 裏切り者は誰だ!」
 西国の審査員たちが騒ぎ立てる中、一人の男が手を挙げた。
「……僕です。僕が彼女に票を入れました」
 そういって名乗り出たのはローランだった。
 唖然とする他の審査員たちを無視し、西国の王子は東国の王女に歩み寄った。そして微笑んで一言。
「君の歌声、とても良かった。優しい歌をありがとう」


26 名前:No.08 優しい歌から生まれた国(5/5) ◇NA574TSAGA[] 投稿日:07/02/11(日) 12:03:17 ID:3NcyO+kn
「お父様っ、やりましたわ! わたし、勝ったんです! 歌合戦は東国の勝利です!」
 明くる日の朝、国王が自室の窓から外を眺めていると、ジュリエッタがはしゃぎ声を上げながら駆け込んできた。
 国王はそれを「何を今更」といった様子で受け流す。憮然とした態度を崩さない。
 ジュリエッタは話を続ける。
「それに、ローラン王子が……わたしの歌を褒めてくださいました……!
 お父様は先日の晩、約束してくださいましたよね?
 国を勝利へと導き、かつ、ローラン王子への想いが伝われば、望みを叶えてくださると!」
 国王は無言で肯定の意を示す。
「それで……わたしの望みというのは、ローラン王子とけ――」
「残念だがそれは無理な話だ、ジュリエッタ。すまない、早く言い出せなくて……」
 国王はそう言い放った。
 どうしてですか、と食い下がるジュリエッタに対し、国王はさらに言葉を続ける。
「いいかい、我々は勝ったんだ。かつての血の戦争から、無血戦争へと形を変えた争いは、
 今ここで終わりを遂げた」
「無血戦争って……あれはただの歌合戦――」
「十年前の協約でそう決めたんだ。無血戦争を『引き分け』という形で保つことで平和を保とうと。
 だがその戦争に我々は『勝って』しまった。そして協約には『勝敗』についても定められている」
「待って、お父様! わたしそんなこと全然――」
「我々は『戦争』に勝利したんだよ、ジュリエッタ。そして西国はその敗者だ。あとはわかるね?」
 何か衝動に駆られるように、ジュリエッタは国王のいる窓辺へと駆け寄った。
 そして見た。
 辺りに降りしきる新年の初雪と、国境線沿いの宴の跡。
 そしてその向こうに見える国が、炎に包まれていく様子を。
「『勝者には名誉と富を、敗者には死を』――それが戦場のルールだ。
 ……国王として、一国を統べる者として、一度決めたルールに背くわけには行かないのだよ」


 一ヶ月後、協約に定められた通りに、この地に新しい一つの国が誕生した。
 その国は王女による「優しい歌」から誕生した、と――そう後世には語り継がれている。






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