【 友好の歌 】
◆DzHpA/9hyM




19 名前:No.07 友好の歌(1/3) ◇DzHpA/9hyM[] 投稿日:07/02/10(土) 23:21:50 ID:JdNtvfuI
 交差点を歩いていた人は、空から歌が聞こえることに気づき、足を止めた。その歌はニホンの歌であった
。とても優しく、眠くなるかあるいは泣きたくなるほどの素敵な歌だった。ここにいる人々はその歌の正体
を知っていたが、それを発している物体の正体はまったく不明だった。
 歌は宙に浮かぶ飛行物体から聞こえる。不思議な力で浮遊して、どこからかうるさ過ぎず、静か過ぎな
い不思議な技術で音が出ている。
 人々はこれを見て、大喜びを始めた。仕事のことも忘れ近くにいる他人と手をとって、あるいは抱き合
って狂喜の雄たけびをあげていた。
 これは宇宙人と地球人が行うコンタクトである。そのコンタクトとは「友好の歌作戦」といって、まさにそれ
が成功したのだと、地球の人類は大喜びだったのだ。
 さて、その作戦とはいったいどういうものなのかを説明するとする。      
 以前から地球外生命体の存在は証明されていた。ひとびとはいくつかの星に知能を持った生き物がいる
ことを見つけていた。そしてそこまでたどり着く技術はとっくに完成していた。
 だが、いきなりその星に着陸するのも危険すぎる。すぐに攻撃されるのも困るが、あるいはずっと知能が
上でそのまま地球を侵略されるのも困る。
 だから関係を持つ前に、敵対を求めているのではないという事を伝えなければならない。人間同士でも
信頼されるのは難しい。異星人を信じるのは相当難しい事だろう。
 そこでこの作戦だ。各国が国内で「一番美しく、安心する歌」を用意する。それを宇宙船に乗って、いく
つかの星付近で歌を鳴らし続けるのだ。それで、まず反応を見る。最初は驚くだろう。でもそれを何度も
続けているうちに、やがてその歌を心待ちにし始める。歌を流してそれを見た星の住人が喜びながら空を
見上げれば作戦は成功である。いつ会えるか待ち遠しくなるはずだ。そこでその星に着陸すれば、大歓
迎を受けることだろう。
 しかし今回は少し話が違った。ある星の住人はすでにこの星に来る技術を身につけていて、宇宙船に乗
ってやってきたのだ。そしてみずからこの星に対して、地球人が作った「友好の歌」を流し始めたのだ。
 異星人が地球の歌を地球で流す。これほど嬉しいことがあるだろうか。地球人たちはだれかれかまわず
抱き合い、キスをして感動を分かち合った。誰もが常識を忘れてお祭り騒ぎだ。
 大人たちは接待の準備を、子供は宇宙人にプレゼントするものを用意し、全ての人間は完全に歓迎
体制をとっていた。

20 名前:No.07 友好の歌(2/3) ◇DzHpA/9hyM[] 投稿日:07/02/10(土) 23:22:08 ID:JdNtvfuI
 その騒ぎの中、一人だけ引きつった笑顔で体をがたがたと震わせる人間がいた。すでに放心寸前の状態で、手に持ったカラのグラスを口に運んでは、それに気づきまた震え始める。少しした後にまた、カラのグラスを口に運ぶといった具合だ。仮にN氏としておこう。
 同じバーに居合わせた彼の友人は、満面の笑みでN氏の背をたたいた。
 「あれ、お前が担当していた星のだろ?お前が鳴らしていたニホンの歌だ。すげえよ。
まさか近くにこんな有名人ができるとは思わなかったぜ」
 友人はそういった後、N氏の顔色の悪さに気がつき、隣の席に座った。
 「どうした?これからの有名人生活が怖いのか?大丈夫。みんな宇宙人に夢中だ。
おまえはそこそこのいい位置にいけるはずだ」
 N氏はゆっくりと男のほうを向き、顔を振った。
 「なんだ?お前様子がおかしいぞ。宇宙人が来たらだめな理由がほかにあるのか
?なら教えてくれ。俺が手伝えることなら何とかする」
 外では、人々が宇宙人の流す友好の歌にあわせて合唱していた。肩を組んで左右
にゆれながら楽しそうに歌っている。
 N氏はその状況をテレビ画面で確認してから、ゆっくりと口を開いた。
 「俺があの星に言ったのは数ヶ月前だったかな。やはり宇宙人にあこがれていた。こう
いう仕事ができるのは素晴らしいと思った。ただ俺が憧れているのはあまりにも都合の
よすぎる宇宙人だったんだ。
 私はあの歌が好きだった。あの歌は私の母がいつも歌っていたもので、今では死んで
しまった母の形見みたいなものなんだ。だから私はあの歌が日本一に選ばれるようにい
ろいろ活動した。そしてようやく認められ、その功績から私が宇宙に旅立つことになった。
 この歌を聞いた宇宙人はどんな表情をするだろう。懐かしさというものは感じないかも
しれないが、必ず心を揺さぶるに違いない。感動で涙さえ流すと思っていた。だが、それ
こそ私が都合のいいように決めていた事だったんだ。
 私がどんな気持ちであの歌を流したのかぜんぜんわからなかったのだろうな。その異星
人たちは、耳をふさぎやがったんだ。そのうち喚き倒して近くの仲間を殴り始めやがった。
壁に頭を打ち付ける奴もいた。美的感覚が違うといってもそこまでする事はないだろう?
 私は自分の母の形見を全否定されたのだ。そこで俺はどうしたと思う?

21 名前:No.07 友好の歌(3/3) ◇DzHpA/9hyM[] 投稿日:07/02/10(土) 23:22:21 ID:JdNtvfuI
 ああ、自分でもどうかしていた。あのまま引き下がればこんなことにはならなかった。本
当にどうかしていた。本当にどうかしていたんだ。
 私はミサイルのボタンを押した。着弾点から数十メートルの爆発が起きて、派手に吹
っ飛んだ。数十人が血を流してうめき声を上げ、数名は即死したようだった。
 俺はこの時、ようやく自分のした事に気づき急いで地球に帰った。それからずっと指名
手犯のように部屋にこもっていたのさ」
 N氏はまたカラのグラスを口に運んだ。そして呆然と顔を見つめる友人に対してこういった。
 「彼らにとってあの歌は戦争を始める前の宣言に聞こえたのだろうな」 
 




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