15 名前:No.05 静寂(1/1) ◇7wdOAb2gic [] 投稿日:07/02/10(土) 17:39:33 ID:eGh9Ab/c
夫が家を出てからもう何年になるだろう。娘と二人ガランとした家の中で、ひっそりと暮らしていた。
ある日、娘が歌の練習をした。音楽のテストの課題曲。顔を赤らめ俯きながら、か細い声で歌を唄った。
三日後、夫から手紙が届いた。遠い土地からだった。
(子供に歌を唄わせるな。頭の中にガンガン響いて、うるさくて眠れない。子供に歌を唄わせるな)
娘に歌はよしなさいと言った。
ある日、娘と風呂に入った。湯船で娘が歌を唄った。大好きなアニメの主題歌。湯気に包まれ顔を上気
させながら、楽しそうに歌を唄った。
二日後、夫から手紙が届いた。力の無い文字だった。
(子供に歌を唄わせるな。耳の中にギリギリ食い込んできて、鼓膜が破れそうだ。子供に歌を唄わせるな)
娘に歌はよしなさいと言った。
ある日、娘の誕生日を祝った。ケーキを前に歌を唄った。ハッピーバースデーの歌。ろうそくの灯りに
照らされながら、二人で一緒に歌を唄った。
翌日、夫から手紙が届いた。切手は貼られていなかった。
(二人で一緒に歌を唄うな。俺の胸をドンドン叩いて、心臓が止まりそうだ。二人で一緒に歌を唄うな)
娘に歌を唄わせた。知ってる歌を全て唄わせた。一晩中、声を張り上げ娘と一緒に歌を唄った。
お前を眠らせない、鼓膜も破れろ、心臓も止まれ。
――辺りは静寂に包まれた。家の中に男と女と子供が並んで寝ていた。男の手にはメモが握られていた。
(お前達は歌を唄うな。一切の音を立てるな。呼吸もするな)
母と娘は永久に歌を唄うことはなかった。夫の心臓も止まっていた。
完