11 名前:No.04 ある徹夜明け (1/4) ◇/AzzDbBRV.[] 投稿日:07/02/10(土) 17:25:08 ID:eGh9Ab/c
疲れた……。
徹夜で仕事を片付けたものの、今日は火曜日。
まだ休日の土曜日まで今日も含め四日も残っているが、有給休暇は残っていない。
さらに給料日前という事もあり、金も無い。
驚くほど嫌な事が重なるものだ。
満身創痍で俺は会社を出た。
携帯の画面に表示されているアナログ時計は、午前七時をしめしている。
午前九時には、スパルタ主義なあの会社に再び出社しなくてはならない。
だから二時間程度しか暇はない。
一度寝ると五時間は起きれないという特異体質の俺は、寝る事は出来ない。
さて、どうしたものか。
俺は二つのルートを考えた。
一つは、ネットカフェで時間をつぶす。予想される睡魔の波状攻撃はコーヒーで堪えしのぐ。
もう一つは、カラオケで歌いまくる。睡魔はたぶん来ないが、疲労が溜まる。
店内は一見シックな雰囲気。受付で不真面目そうな店員に二時間パックの料金、五百円を払う。
財布の中身は残り千四百円。ああ、早く給料日が来て欲しい。
平日の早朝という事もあり混んではいないが、ドリンク飲み放題のこの店はすいてもいない。
自分の部屋並に落ちつける空間に腰を落ちつけると、俺は機械を触り始める。
そして、大声を張り上げる。
もちろん、ここはネットカフェではない。もしそうなら大声の時点で強制退去だ。
防音設備の整った部屋は、隣の声すら聞こえてこない。
壁の防音素材には軽食のメニューやバイト募集の張り紙がある。
黙っていると静かすぎて眠くなりそうなので、歌う。
12 名前:No.04 ある徹夜明け (2/4) ◇/AzzDbBRV.[] 投稿日:07/02/10(土) 17:25:31 ID:eGh9Ab/c
三曲(残酷な天使のテーゼ、ハレ晴レユカイ、残酷な天使のテーゼ)を歌った頃、尿意を催した。
我慢してまで歌うほど歌唱に執着は無いので部屋から出てトイレに向かう事にする。
ドアに手をかけた俺は違和感に気付いた。
「あれ?」
感度の高いマイクが俺の『あれ?』つぶやきをキャッチし、エコーをかけた。
ドアノブが動かない。
分厚いガラス製のドアに軽く体当たりしてみるが、びくともしない。
まさか、引戸? と思い横に動かしてみるがやっぱり動かない。当たり前だけど。
ちょうど、店員が部屋の前を通ったので大声で叫んぶ。
「開けてくださーい!」
再び、マイクは俺の声を拾い、エコーをかけたが、その音も店員に届く事は無かった。
俺は今、三つの問題を抱えている。
第一に尿意が波状攻撃をしかけて来ている、という事だ。
第二の問題は、約一時間半後に会社に行かなければならない事。
第三に、というかこれが一番の問題なんだけど、ここから出られそうに無い、と言う事だ。
受付に電話をかけてみるが、不通。鳴るのに出ない。
地下にある店舗のため、携帯も圏外。今時、圏外のカラオケ屋って致命的じゃないか?
尿意はある程度収まったから良いとして。
会社はどうしよう。今は七時四十分。あと一時間二十分、か。
とりあえず歌おう。悩んでも仕方ない。
別にアニソンばかり歌っているというわけでもない。数年前のJ‐POPなら歌える。
13 名前:No.04 ある徹夜明け (3/4) ◇/AzzDbBRV.[] 投稿日:07/02/10(土) 17:25:57 ID:eGh9Ab/c
歌に熱中している間に八時半になった。出社時刻まで残り三十分を切っている。
そして八回目の残酷な天使のテーゼを歌っている途中。
「うっ」
下腹部に高エネルギー反応! 第三波、来ます!
俺の膀胱も、我慢の限界に来ていた。
慌ててドアに駆け寄るが、やはり開かない。
諦めてソファに腰をかける。それと同時に曲も終わる。
六七点だった。途中で止めたににしては上出来か?
そして静寂。
さっきは静かで眠くなりそうだと思ったものの、これほど音が無いと逆に眠れない。
しょうがないので歌を続けるためリモコンに手を伸ばした、その瞬間――
俺が目を覚ましたのはやはりソファの上だった。尿意は無い。
すかさずドアに向かってドアノブを動かすと、動く。
全てを悟った。全て夢だったのだ。尿意も、ドアが開かないのも。
夢オチかよ、と見えない何かに突っ込まれつつ、全身の力が抜けてもう一度ソファに座る。
冷たい感覚が尻に伝わった。小学校三年生以来の感触。
漏らした。
俺は全てを悟ってはいなかった。いつから眠ったのかは分からないが、尿意は夢じゃなかった。
「最悪だ」
また俺のつぶやきをマイクは拾ってむなしく響かせる。
14 名前:No.04 ある徹夜明け (4/4) ◇/AzzDbBRV.[] 投稿日:07/02/10(土) 17:26:17 ID:eGh9Ab/c
そういや、今何時だ? 会社は?
携帯の時計を見ると、ちょうど十二時。七時からきっかり五時間。
すでに遅刻している時間ではあるが、ゆっくりは出来ない。出来るだけ急がないと。
夢では開かなかったドアを今はスムーズに開け、受付へ急ぐ。
受け付けにおいてある掛時計も長針と短針をぴったり重ね、十二時を示している。
来た時とは違い、真面目そうな店員が応対してくれた。
「ええと、延長料金がかかりますね」
二時間過ぎた後は十五分毎に百円だった。
三時間の延長。千二百円なら、ギリギリ所持金で足りる。今日始めての幸運。
「えーと、六千円になります」
「ふえぇぇ!」
俺の叫びはマイクに拾われたわけでもないのに店内に響いた。
このカラオケ屋は、ボッタクリ店かなんかなのか?
「千二百円くらいじゃ、ないの?」
「何言ってるんですか? 今、十二時ですよ?」
眉をひそめて店員は言った。
「いや、九時だから六千円は無いだろ」
「お客さん、もしかして勘違いしてませんか? 今、深夜の十二時ですよ」
全く、驚くほど嫌な事が重なるものだ。