【 かすれ声 】
◆sjPepK8Mso




9 名前:No.03 かすれ声 (1/2) ◇sjPepK8Mso[] 投稿日:07/02/10(土) 17:24:05 ID:eGh9Ab/c
 新型の電池は、旧式のラジオには考えられない位に電気を積んでいた。
 さすが、ロボットを長時間動かす為に作られたものと、同規格の事だけはある。
 ラジオは、このとんでもなく高性能な電池の事を少しだけ恨む。主を失って尚、歌い続けるのは結構苦しい。
 ラジオはなんとも不細工な形をしている。置時計を薄っぺらにしたような形をしている。
 その上、電源ボタンも局選択つまみもとっくの昔にどっかに飛んでいってしまって、ラジオはもう運営を中止してしまった局が独占していた、一定の周波数だけしかキャッチする事は出来ない。
 しかし、つまみが壊れていなくとも、局を変えることは叶わなかっただろうな、と思うのだ。
 ラジオは、他人に使ってもらう物である。人間がそのために生んだ。
 つまり、衛星中の人間がこぞって死んでしまった今となっては、ラジオをいじってくれる人は一人もいないのである。
 主を失くしたラジオに出来るのは、ただそこで歌うだけである。入れっぱなしの電源を落とす方法を、ラジオは知らない。
 主を奪ったのは、時間にして四十八時間前の、大規模なノイズを作ったものだと予想できる。衛星の電力は核を使った炉で賄われている。
 ずっとバラードを流し続けていた局も、その時間を境に消えて無くなってしまったらしい。
 ラジオの喉はその時に擦れてしまって、もうノイズ以外の声を吐くことが出来ない。歌うのが仕事のクセにまともに歌えない。
 ラジオをその腹に収めた衛星の名はネオンサイン。対地球高度五千メートルの中軌道衛星である。
 ノイズが衛星中を駆け巡った後に、衛星中の電源は、いっぺんに死んだ。生命維持装置が片っ端から酸素を吐かなくなり、外郭の回転が止まった。その所為で遠心力で作られた重力は消滅して、備蓄酸素を失った人間が片っ端から死んでった。らしい。
 らしい、というのは、ラジオがいるのは外郭ではないからだ。
 ラジオがいるのは空き缶状になった衛星の、中心部の天辺。いつも寒くて黴ばかりが浮いていて、見晴らしが悪い時の方が多い展望台があるばかりである。
 ノイズの歌を歌う。命ある限り、歌と呼べるような歌が歌えなくなっても、歌い続ける事しか出来ない。
 中心柱は元から回っていないから、展望台には元から重力が発生していない。今は窓の向こうには月も地球も無い。展望台はこれでもかとばかりに夜に染まりきっており、ラジオはその夜の中をたった一つきりで流れる。寒くて、何も無い展望台で歌い続ける。
 四十八時間ノイズを歌い続けているが、五十時間前にはバラードを歌っていた。
 そのバラードを歌っていた時期はバカみたいに長い。一年間は歌っていたと思う。
 そもそもラジオには、いつから展望台にいたのかが思い出せない。
 ただ、バラードを歌い始めたのは展望台に来てからだった筈な事は覚えている。
 それは、展望台に来てからチャンネルが変更されたからだ。チャンネルを変更した瞬間には主はいた筈だった。
 忘れられてしまったと言う事なのだろう。なにしろ、展望台は広い。一度失くした物は、二時間かかっても探し出せない。
 持ち主はおっちょこちょいな奴であるという、ラジオ自身のおぼろげな記憶が確かである事は、ラジオがここにあることで照明できる。
 別に寂しくないと思う。ただ、チャンネル変更をしてくれる奴がいないだけだ。
 しかし、自分を扱ってくれた主人の事だ。忘れてはならないとは思う。

10 名前:No.03 かすれ声 (2/2) ◇sjPepK8Mso[] 投稿日:07/02/10(土) 17:24:21 ID:eGh9Ab/c
彼は今のご時世になっても、九十九神を信じる妙な奴だった。
 三日おきに洗う髪は随分とボサボサだったと思う。おでこがちょっと広くて、それに比例して心も多少広かった。学校から持ち帰った宿題をまともにやることなく机の中に放り込む奴だった。ラジオながらにまともにヤル気あんのかこいつ、と思ったものだ。
 前歯が一本抜けていて、分数の計算が出来なくて、サッカーが得意だった。宿題を忘れたぐらいで、バチが当たることも無いだろうに。
 その通り、普通なら宿題をやっていかなかったところで、立たされ坊主が関の山だが、今回は少し状況が違った。
 ノイズは、地鳴りと共にやってきていた。多分、それは爆発によるものだったろう。爆発が起きれば、隔壁が飛ぶしノイズも走る。核の炉心に穴が開けば、大惨事は間違いないだろう。
 人一人が生きているかどうかなんて、絶望的以外のなんでもない。
 ちょっとだけ、悲しくなった気がした。
 誰にも葬式を挙げてもらえないのは寂しい。
 この衛星の命の、生き残りの一人として、弔いの歌を歌うべきであろう。もう喉はかすれ切っているが、こういうのは心掛けが大事なのだ。
 その時、暗い闇ばかりを捉えていた窓に異変が訪れる。明るい地球が、少しずつ蒼い光を展望台の中に注いでいく。
 地球の天辺の辺りには、緑色の光る膜が架かっていて、ラジオにだって綺麗だなと思える。それがオーロラと呼ばれているなんて事は聞いた事も無いクセに。
 塵を核にした黴が漂う展望台の中で、ラジオは弔いの歌を歌う。静止せずに、広大な空間を流れながら、ノイズの歌を歌うラジオに地球の光が注がれる。



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