【 テーマ「義理」 】
◆mJQBnN/BeU
※規定レス数超過により投票選考外です。




112 :時間外No.01 テーマ「義理」 (1/10) ◇mJQBnN/BeU:07/02/04 23:59:24 ID:YvSIN2jt
14日
 黒板には白文字の殴り書き。
「保健室にいます by男子一同」
 穏やかな昼下がり、弁当の匂いと談笑に包まれ教室はいつもと変わりもなく。

 薄いピンクのカーテンがゆれ、裸の梢がちらりとのぞく。この季節に窓を開け放す酔狂が
いるはずもなく、閉め切った部屋に巻く気流は暖房のせいと思われる。
 よく磨かれゴミ一つ落ちていないフローリングの床、淡い暖色の壁紙。部屋の隅には四六
時中かすみを吐き出しつづける加湿器。その横には小型の冷蔵庫。二台しつらえてあるベッ
ドにはしわの一つもない純白のシーツ。
 おおよそ公立中学の一室としては似つかわしくない。小奇麗な風合いと豪勢な設備。それ
でも、病人にくらいは当然用意すべき物品たちなのだろう。
 本日この部屋に来訪者なし。ここが使われないのはいい証拠だ。
 ただ、部屋の真中に鎮座する大きな丸テーブルの周りには、僕を含めて5人、男子生徒達
がうつむき加減に座っていた。

113 :時間外No.01 テーマ「義理」 (2/10) ◇mJQBnN/BeU:07/02/04 23:59:47 ID:YvSIN2jt
5人ともこの部屋に担ぎ込まれるほど火急の処置を要するダメージを負っているようには、
誰からも見られないだろう。むしろ健康体のサンプルを自負している。
 だが醸し出されるのは異常とも言える鬱々とした雰囲気。ある者は頭を抱えながらブツブ
ツと独り言をつぶやき、またある者は腕を組みイライラと足をゆすっている。思い思いの格
好で座っているが、僕らの面に共通して張り付くのは沈痛な表情。それはまるで手術室で生
死の境を行き来している人間の家族が控え室で見せるような状態だった。
 元来この部屋は、生徒達からはサボりのスポットとしての機能を見出されることが多く、
仮病の判断基準はいささか厳しいものとなっている。その点でただ「ひどく元気がない」と
しか言い表せないような症状の生徒が居座ることは問題であるはずだ。
 だがその判断を下す保健の先生は、僕らに背を向ける格好でただ黙々と机の上の書類に向
かっている。先生は年にたったの一度、このいたたまれない日に、厳然とした対応よりも安
息の場を提供する情けを重視して、僕らをここに置いてくれているようだ。
 部屋に鳴るのは鉛筆の走る音、聞き取れもしない小声の独り言、それを囲む機械類のモー
ター。音ともいえぬ音が静寂を際立たせる。

114 :時間外No.01 テーマ「義理」 (3/10) ◇mJQBnN/BeU:07/02/05 00:00:09 ID:FyAkT4cu
そのとき、部屋の扉ががらりと開いた。見ると、立っているのはクラスの女子生徒。
「失礼しまぁーす」
 流れ込んでくる外の喧騒と女子生徒の間延びした声。きょろきょろと中を見回し、目的の
人物を見つけたようで、笑顔を向けながら手招きをした。
「中村くん、ちょっときてくれない?」
 5人の間に驚愕が走り、名を呼ばれた男子が弾かれたように立ち上がる。この出来事の意
味が全員の頭に浸透したとき、彼の心には勝利、他の4人の心には敗北の感が強く強く刻ま
れた。
 中村がフラフラと、まるで夢の中を漂うように手招きを続ける女子生徒の方に歩を進める。
ブレザーの袖が彼女の手につかまれ、引っ張られるように扉の外へと消えていく寸前、彼が
見せた横顔には深い安堵が浮かんでいた。
「じゃあ失礼しました」
 開くときと同じがらりの音で扉が閉まり、喧騒が締め出された部屋に再び痛いほどの静寂
が戻る。
「ジーザス……」
 誰が上げたかその声を皮切りに、残された4人は倒れこむように再び椅子に腰をおろした。
 保健の先生は、我関せずを決め込むようで。

115 :時間外No.01 テーマ「義理」 (4/10) ◇mJQBnN/BeU:07/02/05 00:00:35 ID:FyAkT4cu
 十数分ほど経ったろうか。
 いきなり、いや、いきなりなのが普通だろうが、部屋の電話が鳴り響いた。無機質な電子
音はこの状況にあっては耳をつんざくほどの音量で、先ほどの出来事から外の刺激に敏感に
なっている僕たち4人の視線は一斉に音源へと集まる。
 先生がすぐさま受話器を取り呼び出し音はあっさりと止んだが、だからといってその電話
が興味の範疇から消えるわけではなく、僕らの視線はまだそちらの方向。少しばかり聞き耳
を立てつつ。
「もしもし、ええ、はい。ああ、それは大変ですね。体育館で……わかりました。至急行き
ます」
 始めはのんびりとしていた先生の言質が、次第に真剣なものへと変わっていく様子が見て
取れる。
 内容としては、体育館で何か急を要す出来事があったということ。会話の片側の情報だけ
ではその程度の推測が精一杯だ。
 受話器を置いた先生は救急箱のような物に手をかけ立ち上がる。よれた白衣を直すと、片
隅にある縦長のロッカーを開きかけてから動きを止めた。今までの様子とは違ったすばやさ
に、なにか只事ではなさを感じる。
 先生はしばし逡巡の様子を見せた後、同じように何が起きたか尋ねるべきかと迷っている
僕達に声をかけてきた。

116 :時間外No.01 テーマ「義理」 (5/10) ◇mJQBnN/BeU:07/02/05 00:01:01 ID:FyAkT4cu
「えーと、君たち。お願いがあるんだけど、ちょっと手伝ってもらえるかな」
「何かあったんですか?」
「体育館で貧血で倒れちゃった子がいて、保健室に運んで来たいの。君たちこの上なく暇で
しょ?」
 顔を見合わせる。確かに暇なことは否定のしようもなく、断る理由も全くといっていいほ
どない。というかその前に、この場での先生のお願いはほぼ至上命令に近いニュアンスがあ
り、もはやいち生徒に断る権限はないのだろう。
「あー、じゃ行こうぜ」
 そして全員、貧血で倒れた人を保健室に運ぶという、学校生活においては少しばかり特殊
な役目に胸が躍らないでもないようだ。
 そんな様子を見せるのも照れくさく、わざと大儀そうに僕達は立ち上がる。
「それじゃあタンカ持って」
 ロッカーから青い布キレの巻かれた2本の鉄棒を引っ張り出す。病人を乗せるには武骨過
ぎやしないかと思ったが、先生が更にロッカーから柔らかそうな布団を数枚取り出したのを
見て一安心。
 とりあえずは身長より長いタンカを僕ともう一人で持ち、廊下に出る。暖房に慣らされた
体に外気が少し寒い。人影は見えないが、休み時間に特有のざわざわとした談笑と無数の足
音が遠くから反響を伴って聞こえてくる。
 後ろで戸締りの音。見ると、ドアには「外出しています」の札。権利問題が心配になりそ
うなキャラクターが微笑んでいる。
「じゃあ行こうか」
 先生の先導で、ぞろぞろと体育館へ急ぐ。凹んでいる途中だということを少し忘れた。

117 :時間外No.01 テーマ「義理」 (6/10) ◇mJQBnN/BeU:07/02/05 00:01:23 ID:FyAkT4cu
 体育館には、ある個所を取り巻いて奇妙な人だかりが生まれていた。
 まだ昼休みだが、ここにいるのは次の時間に体育があるクラスの連中のようで、散乱した
バスケットボールから次の授業の内容も見て取れる。
 一年生を示す色の校章がプリントされたジャージの集団。心配と野次馬根性が入り混じり、
ひそひそ声がかなりの緊張を帯びていた。
 人だかりの中心には横向きに寝転がる細身の女の子。蒼白な顔面に頬だけが異様に紅潮し、
荒い息を吐き出しながらゆがめた顔はやはり只事ではない。
「あ、先生」
 女の子の横で、ともすれば駆け寄りでもしたそうな周りの友人達を制止している臙脂のジ
ャージ男、みるからに肉体派の暑苦しい若年体育教師が、保健の先生を発見して安堵の声を
あげた。駆け寄る体育教師から事の起こった様子を手短に聞き出し、先生は人垣を掻き分け
て女の子の元に寄り、ゆっくりはっきりとした口調で話し掛けた。
「大丈夫? 喋れそうかな?」
 鳥肌が立ちそうなほど甘ったるい声。やはり病人にはこうも優しいかと思いつつ、女の子
が苦しそうに紡ぎだした言葉を聞きとり優しくうなずく姿を見て、そこはやはり保健の先生
だとも思う。
「タンカ広げて」
 ようやく病人搬送の即席特殊部隊に命令が下った。人だかりが割れて道を作る。衆人の注
目の中この状況で手も出せない彼らに少しばかりの優越感を持ちつつ、タンカを抱えて先生
の元に歩み寄る。

118 :時間外No.01 テーマ「義理」 (7/10) ◇mJQBnN/BeU:07/02/05 00:01:45 ID:FyAkT4cu
 青い布が出来るだけピンと張るように広げてやると、先生がさすがの手早さで布団をタン
カの上に敷き、もう一枚を丸めて枕を作った。
「そっち持って」
 持ってと言われたのは倒れた女の子の足。体育教師が頭の側を抱える。
「ゆっくり、ゆっくりね」
 言われた通りゆっくりと、タンカを越えるくらいの高さまで女の子を持ち上げる。部活で
結構鍛えているつもりで、かなり体の細い彼女なら軽いもんだろうと思っていたが、なかな
かどうして腕にギシリとくる。
 それでも平気な顔を装い、これまた出来るだけゆっくりとタンカの上に彼女を下ろす。そ
の上に保健の先生が一枚布団をかけ、これでセッティングは完了のようだ。
「じゃあ4人で四隅持って」
 普段なら少しいきがって2人で十分だと言いそうなところだが、さっき持ち上げたときの
意外な重量と、これまでの作業を切なげに見ていた出番のなかった特殊部隊の残り2人を考
えると、言われた通りにするべきだろう。
「じゃあ、今から保健室に運ぶから。ちょっと我慢しててね。行こう」
 病人に話し掛ける声と比べてだいぶ低い先生の掛け声を皮切りに出発。体育教師と彼女の
クラスメートが見守る中、体育館を出た。
 道すがら、生徒達の好奇の視線、そして中にはいるいる僕のクラスメートの「何やってん
だあいつら」の声と、ちょっとしたスター気分を味わいながら。

119 :時間外No.01 テーマ「義理」 (8/10) ◇mJQBnN/BeU:07/02/05 00:02:10 ID:FyAkT4cu
 と、タンカを持つ手と逆の、遊ばせておいた片手に突然柔らかい感触が。まさかまさかと
恐る恐る目を向けると、手に絡みつくは白い指。出所を辿ると、タンカの上、毛布の下に行
き着く。やはり寝転がる彼女の手のようだ。
 どうしていいかも分からず、4人に付いて歩く保健の先生の方を、助けを求めるように見
る。すでに状況に気づいていた先生は「そのままで」というジェスチャー。しかたなしにそ
の状態をキープしながらあとの3人に歩調を合わせる。
 冷たく細い指、しかし意外にしっかりとした力が手に伝わってくる。苦し紛れに何か握ろ
うとしているのか、誰かと間違えているのか。改めて顔を見てみるとなかなか可愛いじゃな
いかと思いつつ、ただ一つだけ言えることは、こいつぁ役得だ。
 ずっととは言わないまでも、もう1時間くらいは続いて欲しい時間も保健室に入って終わ
りを告げた。とりあえずタンカごと彼女をベッドにのせ、タンカだけを引き抜く。白く柔ら
かい手とも惜しまれながらお別れ。
「ありがとう、とりあえずみんな出てって」
 先生のつれぬお言葉。
「衣服を緩めなきゃならないから、出てって」
 4人の中の勇気ある1人が全員の意見を代弁する。
「なんだったらそれも手伝い……」
「早く」

120 :時間外No.01 テーマ「義理」 (9/10) ◇mJQBnN/BeU:07/02/05 00:02:38 ID:FyAkT4cu
15日 
 晴天に細切れの雲が散る。相変わらずの寒さが道行く没個性的な制服にマフラーや手袋の
彩りを添えていた。周りの流れより幾分か遅いテンポで、僕はだらしなく腕に引っ掛けたカ
バンを注意する生活指導を聞き流しつつ、昇降口へと歩を進める。
 クラスごとに分けられた冷たいスチールの下駄箱。錆の匂いに辟易しながら上履きをつっ
かけたとき、後ろから
「あの……」
 と女性の声。振り向くと、見覚えのある顔が。
「えーと、昨日貧血で倒れたんですけど、運んで下さった方ですよね?」
 少し自信なさ気に尋ねてくる、色白で細い女の子。昨日は特殊な状況で出会ったため、一
瞬顔が思い出せなかった。
「あ、あー、どうも昨日は」
 握られた手の感触を思い出し、なんとなく照れながら答える。
「昨日はどうもありがとうございました。これ、良かったら食べてください。チョコレート
はちょっと遅いかもしれないけど」
 昨日とは打って変わって、というか、こちらが普段の表情なのだろう。快活でちょっと悪
戯っぽい笑顔を浮かべ、茶色い紙袋を両手で差し出してくる。
「ああ、いや、わざわざどうも」
「それじゃあ、また」
 なぜか僕が少し気後れしながら受け取ると、ペコリと頭を下げ、少し足早に彼女は去って
いく。それじゃあ、また……。また……?
「あの……」
 今度は何だと振り向くと、なんのことはない。隣の下駄箱を使っているクラスの男子が邪
魔そうにこちらを見ている。どうやら少しぼうっとしていたようだ。

121 :時間外No.01 テーマ「義理」 (10/10) ◇mJQBnN/BeU:07/02/05 00:03:04 ID:FyAkT4cu
 一言残し、僕も教室に向かう。しかしなんだろう。体が浮くような感じだ。足が上手く回
らず、少し階段に慎重になる。
 意識しながら歩かないとニヤけてしまいそうだ。手に持った紙袋が本来の重量よりも重く
感じるのはなぜだろう。
 いつもより静かに教室の扉を開くと、窓際に立っていた昨日の保健室の4人が気づいて手
を上げた。僕も手を上げ挨拶を返し、自分の机にカバンをおいてから彼らの元に歩み寄る。
なぜか紙袋は持ったまま。
「よう……」
「あれ、お前ももらったの?」
「へ?」
 彼らの目に止まるのは手の中の紙袋。
「お前もって……」
 昨日一緒にタンカを運んだ3人が、僕のと同じ紙袋を見せる。
「すげえしっかりした娘だよな。わざわざみんなにくれるなんて」
「なんだよ、そんなことがあったんなら俺もずっと保健室にいりゃよかったな」と中村。
 なんだ結局みんなにか。そう思いつつ袋の中を見ると、僕のにだけ手紙が……入っていた
りはしなかった。他の連中のを覗き、僕のだけちょっと豪華だったり……もしなかった。
                                      
                                     fin



BACK−衝撃 ◆gvv9Qu6Mx  |  INDEXへ  |  NEXT−リアルワールド ◆NA574TSAGA(投票選考外作品)