【 リアルワールド 】
◆NA574TSAGA
※投稿締切時間外により投票選考外です。




123 :時間外No.02 リアルワールド (1/4) ◇NA574TSAGA:07/02/05 00:05:38 ID:FyAkT4cu
 仕事が終わってアパートに戻ると、見知らぬ男が部屋をあさっていた。
 俺の存在に気付くや否やその場に硬直した男に、率直な意見を漏らす。
「お前……、誰だよ?」
 少なくともこんな暑苦しい図体をした人間は、俺の知り合いにはいない。
 男は滴り落ちる汗をハンカチで拭いながら、問いに応えた。
「……し、親戚です。あなたの……」
「親戚ぃ? お前みたいな親戚は知らないぞ」
「……あっ、ぎ、義理の兄です。ハジメマシテ」
「……」
 俺は溜息を付いた。
 まったく、もっとマシな嘘はつけないのだろうか? 
「俺には結婚している姉はいないし、俺自身も生まれてからの二十数年間、未だ結婚はしていない。
 その俺の前に、どうして義理のお兄様がやってくるっていうんだ? おい」
 どうせなら「遠い親戚」くらいにしとけよな、などと苦笑しながら警察を呼ぼうと携帯を手にとった。
 だがここであることを思い出す。
 まさかとは思いつつも、興味本位で問いかけてみる。
「お前、もしかして昨日ネットの掲示板で俺の義兄とかほざいてた奴か?」
 男は一瞬とまどいを見せるも、すぐに声を張り上げた。
「そう、そうです!! 昨日VIPでお会いした……」

124 :時間外No.02 リアルワールド (2/4) ◇NA574TSAGA:07/02/05 00:06:02 ID:FyAkT4cu
 事の発端は昨日の晩、インターネットのとある掲示板でのこと――。
「『長門は俺の嫁』っと。送信送信……」
 俺はもはや日課とも言える書き込みを、そのスレッドに投下した。
 ○○は俺の嫁――この掲示板特有の文化だ。
 好きなアニメのヒロインなどを自分の嫁であると宣言する行為。
 現実の女に見捨てられようとも、二次元の世界の住人は今日も笑顔を振りまいてくれる――
 そんな想いが生んだ、一種の末期症状。
 まあ俺をそんなのと一緒にされちゃ困るがな、などとぼやきつつ、俺は一つ一つの返答に目を通した。
 昨日もたくさんの人間が“釣れて”いた。
 『阻止阻止阻止!!』と、一人のアニオタの妄言に必死になる奴。
 『俺の娘をよろしく』と、いつの間にやら父親になっちゃっている奴。
 『じゃあ鶴屋さんは貰っていきますね』と、どさくさに紛れて別のキャラを貰っちゃう奴。
 平和な世界だなぁ、とつくづく思った。
 そんな返答の中に、確かにあったはずだ。こんな書き込みが。
『じゃあ僕は君の義兄さんってわけだね。よろしくー』


125 :時間外No.02 リアルワールド (3/4) ◇NA574TSAGA:07/02/05 00:06:25 ID:FyAkT4cu
「――つまりお前は、あの書き込みをした張本人ってことでいいんだな?」
「その通り! 書き込んだ時間まではっきりと覚えていますよー、397氏」
 未だに流れ続ける汗をぬぐいながら、男は満面の笑みを浮かべている。
 ……馬鹿だ、こいつ。真性の馬鹿だ。
 仮にこいつが本当にあの書き込みをした本人だとして――まあ俺のレス番号まで覚えているのだから本人だろうが――
 それが何だっていうんだ。
 こいつは俺の部屋に無断で侵入し、室内を物色した。空き巣以外の何物でもない。
 なのにこの空気の読めなさ……。
 あまりに腹立たしく、そしてあまりに面白いので、もうちょっとからかってみることにする。
「お前は長門の兄貴であり、俺の義理の兄ってわけか」
「はい、その通りであります!」
 そう真顔で応える男。とことん本気らしい。
 そろそろまとめに入るとしよう。
「つまりは、だ。お前は“俺の嫁である”長門の兄貴、ってことで間違いないんだな?」
「はい、そうですそうで……へ?」
「だーかーらー、『長門は俺の嫁』ってことで間違いないんだろ?」
 男がふと押し黙った。今更ことの重大さに気が付いた、といった表情で。
 肩が震えている。
 俺はとどめの一言を口にしてやった。
「妹さんのこと……一生大切にしてやるぜ、お義兄様」


126 :時間外No.02 リアルワールド (4/4) ◇NA574TSAGA:07/02/05 00:06:52 ID:FyAkT4cu
 男の中で、何かが切れたらしい。
「違う……違う……違う! お前の嫁なんかじゃない!」
 声を突如として荒らげる。そして――
「長門は……長門は俺の嫁だあああああああああああああ!!」
 炸裂する、想い。男の魂の叫びが、」部屋中にこだまする。
「長門は俺の……俺のッ……うおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「はいはいわろすわろす、とでも言うべきか? あの掲示板的には」
 俺は半笑いのまま男の足を払い、その場に押さえつけてやった。
 「二次元」に漬かり過ぎた「三次元」の住人を、現実世界に押さえつけてやった。
 
 ――もっと現実を見ようぜ? な?
 そう男を諭しながら、俺は携帯の番号をプッシュする。
 警察に、ではない。その前にこいつの醜態を見せてやりたい奴がいた。

「……あー、もしもし美樹ぃ。面白いもんあるからちょっとうち来いよ。……いや、今夜はナニもしねーって。
 いや、アニメでもないってば――」


〜完〜



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