【 お姉ちゃん 】
◆59gFFi0qMc




105 :No.25 お姉ちゃん (1/3) ◇59gFFi0qMc:07/02/04 23:48:55 ID:YvSIN2jt
 一昨日、私よりふた回りほど齢を重ねた女性と手を繋いだ幼稚園児くらいの女の子が我が家に来た。
 その女性はお父さんとの再婚相手なのだ。女子短の同級生は私と相手の女性とがうまくやっていけるかど
うかを心配していたが、相手の女性とは今まで何度も食事に行ったり、映画を見に行ったりしているうちに
打ち解け、一昨日の引越しでもごく自然に話をしたり、荷物運びを手伝ったりと、割とうまくやっていた。
 だが、問題がひとつある。
 連れ子である女の子である。
 その子とは一昨日が初顔合わせだったのだが、
「ママ、このおばちゃん誰?」
 多少むかつく発言だが、とにかく女の子がそう言うと新しいお母さんはその場でしゃがみ込み、女の子の
頭へそっと手を乗せた。
「んー? みどりちゃんの新しいお姉ちゃん。ほら、”こんにちは”は?」
 目線の高さを合わせてそう微笑み、私との会話を促した。
 すると、みどりちゃんは私の方を振り返った。肩までの髪の毛がその動きに少し遅れてすうっと流れる。
私はゆるい天然パーマでごわごわしているので思い切り短く切っている。正直、この子の天使の輪を乗せた
髪が羨ましい。
「新しいお姉ちゃん、名前は?」
「私?京子よ」
 新しいお母さんに負けず、私もにっこりと人畜無害の笑顔で答えた。
 すると、女の子はそれを上回るくらい微笑んで、
「京子さん、こんにちは」
 と、言った。
 この女の子以外、恐らく誰も期待していない発言内容だった。

 実は、あの子には本当のお姉ちゃんがいる。そのお姉ちゃんは心臓疾患を患っており、ずっと入院している。
私とは病院で数回程度しか顔を合わしていないその女の子、そのお姉ちゃんの存在を守るために、みどりは私
をお姉ちゃんと呼びたくないのだ。
 みどりが大好きな、本当のお姉ちゃんの座を私が奪うと恐れているのだろう。
「京子、まだ”お姉ちゃん”って呼ばれていないのか?」
 台所で煙草を吸うお父さんが私に言った。
「私が馴染んでいない訳じゃないよ。あの子が他人行儀なだけ」

106 :No.25 お姉ちゃん (2/3) ◇59gFFi0qMc:07/02/04 23:49:16 ID:YvSIN2jt
 小腹が空いた時の私の定番、林檎の皮剥きをしながら答えた。
 今日になってもあの子は私のことをまだ”京子さん”としか呼んでいない。私は初対面のその時からお姉ち
ゃんぶって『みどり』と呼び捨てにしているのに。
「怖がってるんじゃないのか?」
「私を? 冗談。怖がらせるようなことなんて言ってないし」
 時間がかかるだけなのだろう。普通、どんな人でも初対面から肉親だと思える訳がない。
 だが、今現在、みどりの口から発せられる”京子さん”は変わっていない。

 ある日、私はみどりと散歩に出掛けた。新しいお母さんは商社勤務、お父さんは自動車会社へ勤めていて、
今日は珍しく二人とも休日出勤が重なってしまったので、私が一日、みどりの相手をすることになったのだ。
「京子さん、今日は何をして遊ぶ?」
 にっこりと微笑むみどり。
「うーん、図書館へ行こうか?」
 新しいお母さんから聞いている。みどりは自分で好きな絵本を探すのだということを。
 近所にある市立図書館まで行くと、みどりは自分で絵本コーナーへと飛び込み、あちこちを物色し始めた。
いつもここへ来ているのだと、新しいお母さんから聞いてはいたが、ここまで場慣れしているとは思わなかった。
「京子さぁん、この本、読んで!」
 高く掲げる大きな絵本、その本のタイトルは「おおきな台所」と書かれていた。
 私が絵本コーナーでその本を小さな声で読み始めた。しかし、内容がちょっとまずい気がしてきた。家族団欒
がベースとなる物語なのだ。
 やがて、私は気づいた。
 みどりが、私の読み上げる中に”お姉ちゃん”という部分があると、小さな手をきゅっと握り締めることを。
 やっぱりそうか。私はため息をついた。
 私をお姉ちゃんと認めたくないのだ。この子なりに入院しているお姉ちゃんを守りたいのだ。
 この子の芯の強さ、そして年端もいかない女の子に自分を認めてくれない悲しさ。色々入り混じった感情に支
配された私は、本を両手で開いたまま本を読みつづけることが出来なくなってしまった。
「京子さん?」
 みどりちゃんは、不思議そうな顔で私の右手にそっと小さな両手を重ねてきた。
「え? あ、ああ、ごめんなさい」
 いけない。私はどう思われようとみどりのお姉ちゃんなのだ。踏ん張らないと。だが、このままでは私が参っ

107 :No.25 お姉ちゃん (3/3) ◇59gFFi0qMc:07/02/04 23:49:37 ID:YvSIN2jt
てしまいそうだ。自然に仲良くなるののを祈るのではなく、この問題に対してもっと積極的に突っ込むべきだ。
 私は深呼吸を二度ほど続けてから、みどりの目をじっと見つめた。その目は深遠で、まるで宇宙へ吸い込まれ
るような気がする程、黒く、澄んでいる。
 今年一番の優しげな笑顔を満面に湛え、私は勝負に出た。
「ねえ、みどり。私のことを”お姉ちゃん”って呼ばないの、どうしてかな?」
 しまった。私はなんて愚かなのだろう、質問が余りにもストレート過ぎた。
 みどりのことを傷つけてしまう。だが、もう言ってしまった。後戻りはできない。
 しかし、これが功を奏して本心が聞けるかもしれない。よく分からないが、こうなったら出たとこ勝負だ。
 私は祈るような気持ちで返事を待った。
 当の本人、みどりは不思議そうな表情を浮かべ、少し首をかしげてから口を開いた。
「だって、病院にお姉ちゃんがいるのよ? それでお姉ちゃんがもう一人、”お姉ちゃん”って呼んでもどっち
がどっちなのか分かんないもん」

 私は、腰から力が抜けた。


--完



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