【 もう一度 】
◆VXDElOORQI




101 :No.24 もう一度 (1/4) ◇VXDElOORQI:07/02/04 23:46:54 ID:YvSIN2jt
「お前の新しいお兄ちゃんだ」
 お父さんがそう告げる。
 私は正面に座る兄になると紹介された男を見る。
 冴えない男だ。
 私はため息を吐いて、軽く頭を振ってからもう一度、男を見る。
 やっぱり冴えない男だ。
 お父さんに言われて一緒にホテルに食事に来てみればこれだ。
 年が明けてまだ一週間ちょっとしか立ってないのに勘弁してほしい。
「よ、よろしく」
 私の兄になる男は、少し困った笑顔を浮かべて握手を求めてきた。
 私も同じように困った笑顔を浮かべてそれに答える。そのときもう一度その男の顔を見
てみた。
 冴えない笑顔だった。

「はぁ」
 今日ため息を吐いたのはこれで何度目だろう。律儀に数えるのを五十回目でやめた。だ
からわかるのは、五十回以上だってことだけだ。
 お父さんが再婚して私に兄が出来て一ヶ月。
 新婚旅行に行くと言って家から義理の母と一緒にいなくなってから、一ヶ月。
「顔色悪いけど、体の具合でも悪いの?」
「別に」
「そっか。ならいいんだ」
 私の兄になった冴えない男と二人で暮らし始めて、一ヶ月。
「はぁ」
 今日はあと何回ため息を吐くのだろうか。とりあえず一回目。

「いただきます」
「いただきます」
 二人だけの食事には慣れているはずだった。会話のない食事にも慣れているはずだった。
 でもそれはお父さんと一緒のときだけだったようだ。

102 :No.24 もう一度 (2/4) ◇VXDElOORQI:07/02/04 23:47:15 ID:YvSIN2jt
 一ヶ月、彼と二人でテーブルを囲んでいるが一向に気まずい雰囲気に慣れない。
「あの、おいしいかな?」
「普通」
「そっか」
 笑顔で『おいしいよ。お兄ちゃん』などと言えば雰囲気も和むのだろうが、私にはそん
なことは出来なかった。実際、彼が作った料理はとてもおいしかったが、『おいしい』の一
言がなぜか出てこなかった。
 おいしいものをおいしいと言えない雰囲気の中での食事は一種の拷問に近かった。
「はぁ」
 また数えるのを忘れた。

 原因はストレスだと自分で簡単に自己分析が出来た。
 簡単に言えば私は熱を出して倒れたのだ。
「具合はどう?」
「最悪」
「そっか」
 私の無愛想な態度にも彼は苦笑を浮かべるだけで、文句を言うでもなく、私の枕元に湯
気が立ち上るおかゆを置く。
「食欲はある?」
「少し」
「そっか。よかった」
 彼はレンゲでおかゆをすくい、息をフーフーとかけ私の口元に持ってきて「あーん」と
私に口を開けることを求める。
「自分で食べられるから」
「あ、ごめん」
 その行為の恥ずかしさに気付いたらしく、彼は少し顔を赤く染めた。
 私はそれを少し、ほんの少し、可愛いと思ってしまった。
 きっと熱のせいで頭がおかしくなったのだ。そう自分に言い聞かせて彼が持ってきたお
かゆをレンゲですくう。
「熱いから気をつけて」

103 :No.24 もう一度 (3/4) ◇VXDElOORQI:07/02/04 23:47:37 ID:YvSIN2jt
 彼の警告を聞き流して、おかゆを口の中へと入れる。
「アチッ」
「だから言ったのに」
「うるさい」
「ごめん」
 今度はちゃんと息を吹きかけ冷ましてからおかゆを食べる。
「おいしい」
 自分で自分の発言に驚く。私はやっぱり熱で頭がおかしくなったようだ。
 その言葉を聞いた彼は驚いた顔をしたあと、嬉しそうに笑った。はじめて見る顔だった。

 それからの私は自分でもわかるほどおかしかった。
 彼の顔を見るのがなぜか恥ずかしくなったり、以前は試みなかった食事中の雰囲気改善
に取り組んでみたりもした。
 私の中に彼と親しくしたい、もちろん家族としてだが、そういう気持ちが生まれてきた
ことに、困惑していた。
 ちょっと前まではそんなこと考えもしなかった。
 彼とは書類上兄妹ってだけで、私にとってはどうでもいいはずの存在だった。
 それが私が熱を出して倒れた日から変わったような気がする。
 そのことを証明するかのように、私は彼が眠りについた夜中に、せっせとチョコレート
を作っていたりする。
 時刻はもう十二時をとうに過ぎ、十四日になっていた。そう二月十四日だ。
 今までチョコをお父さん以外に渡したことはなかった。今年はお父さんは家にいない。
それなのにどうしてお父さんにすらあげたことのない手作りチョコを作っているのか。な
んで彼のことを考えながら作っているのか。
 私にはさっぱりわからなかった。

「これあげる」
 朝一番に、その日彼に会って一番最初にそう告げる。
 彼は不思議そうな顔をして、私が無愛想に渡した箱を眺めていた。
「これ、なにかな?」


104 :No.24 もう一度 (4/4) ◇VXDElOORQI:07/02/04 23:47:57 ID:YvSIN2jt
「チョコ」
 その言葉で今日が何の日か思い出したようで、彼は顔を赤く染めた。
「え、あ、僕にくれるの?」
「そう」
「ありがとう。開けていいかな」
 私は黙って首を縦に振る。
 彼は箱をあけ、その中のチョコを一つ摘むと口に放り込んだ。
 その間、私の頭の中は彼はどんな反応をするのだろうか、口に合うだろうか、な
どと色々なことが渦巻いていた。
「ん、おいしいよ」
 彼は初めて私が『おいしい』と言ったときと同じ顔で笑った。
 そのとき、私はやっとわかった。
「言っとくけど、義理だからね」
 私はもう一度この顔が見たかったのだ。

おしまい



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