【 義理チョコ情一本気 】
◆vMDm/ZpiU6
72 :No.17 義理チョコ情一本気 (1/5) ◇vMDm/ZpiU6:07/02/04 22:58:15 ID:YvSIN2jt
こんばんわ、ブロックチョコです。
……そんな「どんなチョコレートだっけ?」なんて首を傾げないでくださいよ。
簡単に言えば、チョコの材料です。溶かして型に入れる前の砕かれていたり、分厚い板状だったりするアレです。
わからない? まぁいいでしょう。今の時期でしたら特設コーナーにいたりしますから。
実際、私はバレンタインデー特設コーナーに陳列されていましたが、今さっき、お客様の手に渡りました。
お客様はやけに寒がりのようで、顔もまともに見れないほどの重装備。
それでも朱に染まった顔は隠しきれておらず、店員さんもなんだか微笑ましげに見ていました。
どうやら寒いわけでなく、顔を隠したかっただけのようです。
足早に、しかしこそこそと帰路につかれたお客様ですが、その道中、コンビニで板チョコを購入されました。
私と同じ買い物袋に突っ込まれた板チョコはしばらく黙っていましたが、
私を見つけるなり馴れ馴れしい態度で話しかけてきました。
「よう同僚。特設コーナーから逃げ出せてよかったな」
某有名メーカーの高級品だからなのか、馴れ馴れしい中にも人もといチョコを見下すようなニュアンスを感じます。
「ま、おまえさんらはこんな時期でないと売れっこないもんな。ヒヒ」
「……」
確かに私たちブロックチョコは手作りチョコの材料という立場上、なかなか出番がありません。
ですがさすがにこれは腹が立ちます。
何か言い返してやろうと思ったのですが、その矢先、私は買い物袋の中から引っ張り出されました。
いつの間にか、家に着いていたようです。
重装備を脱いだお客様は長い髪を後ろで縛り、エプロンを着けるとすぐさま作業に取り掛かります。
台所にはすでにあらゆる道具が用意されており、あとは私と他の材料の皆様を合わせるだけのようでした。
「よろしく」
「こちらこそ」
「すばらしい料理になるといいな」
「ええ。見た感じ期待しても良いと思いますよ」
「フム、材料冥利に尽きるというものだ」
材料の皆様との挨拶もそこそこに、私は熱湯によって温められた灼熱のボウルの中に投入され、
ドロドロに溶けていきます。少し怖くもありましたが、これからのことを思えば大した苦痛ではありません。
73 :No.17 義理チョコ情一本気 (2/5) ◇vMDm/ZpiU6:07/02/04 22:58:36 ID:YvSIN2jt
お客様の笑顔を見たい。
お客様に「おいしい」と言っていただきたい。
それこそが私たち材料すべての願いであり、存在意義なのです。
恐らく私たちは明日に控えたバレンタインデーの本命チョコになるのでしょう。
バレンタインデーといえば、恋人にとっては大事なイベント。
その主役であるチョコレートになれたことを、私は嬉しく思います。
溶け合って、混ぜ合って、ひとつになる。
やがて私はハートの型に流し込まれ、冷凍庫へとしまわれます。
お客様はなかなか家庭的な性格のようで、中にはなかなか質の良いお魚様やお肉様が整然と並んでおられました。
「よう同僚。また会ったな」
不本意なことに、あの板チョコもいらっしゃったようです。
「いい感じじゃネェか。見違えたぜ」
「あなた様は変わりないようでなによりです」
「釣れねぇなぁ……ま、そんな態度も今のうちってこった」
ふふん、と意味深い言葉を言う板チョコですが、尊大な態度には磨きがかかっているようです。
「なんのことです?」
一応相槌を返すと、彼はクスクスと笑い出しました。
「おまえさん、自分は本命チョコだと思ってんだろ」
「えぇ。そういうあなたは義理チョコではないでしょうか」
「いいや、違うね」
「それではお客様のお夜食に?」
「それはそれで良いと思うが、違うね」
「では一体」
そこで板チョコは笑いをこらえきれなくなったようです。
「ククク、ハーッハッハッハッ!」
「何がそんなにおかしいのです?」
「フフ、まだわからないのか」
板チョコは(手はありませんのでイメージですが)びしりと私を指差して叫びました。
74 :No.17 義理チョコ情一本気 (3/5) ◇vMDm/ZpiU6:07/02/04 22:58:55 ID:YvSIN2jt
「おまえが義理チョコで、俺が本命だったんだよ!」
「な、なんですってー!?」
思わずノってしまいましたが、これっぽちも信じちゃいません。
「だって、普通本命といえば手作り……なんて思ってるんだろ」
「グ」
「ところがどっこい、このお客さんはいわゆるツンデレと見た」
「つんでれ?」
ついこの間まで工場にいた私にはよくわかりません。
その様子を、「所詮箱入りか」と鼻で笑うと、偉そうに彼は言います。
「好きなのに嫌いといい、惚れ込んでいるのにつっけんどんな、最近流行のあべこべな性格のことだッ」
「な、なんですって?」
今度ばかりは本気で動揺しました。
「つまり、手作りはむしろ義理チョコ……?」
「その通りッ! ブ男が涙を流しながら食む、あの義理チョコだッ」
「そ、そんな」
つまり、私たちは笑顔ではなく、むしろ泣き顔で食べられるということなのでしょうか。
いえ、おいしいと言ってもらえることが食べ物としての本領。相手が誰であろうとかまいやしません。
かまいや、しないはずなのに……!
「くやしいか? くやしいだろ? ヒヒヒヒヒ! こんな板チョコ風情に主役を奪われて!
フヒヒヒヒヒヒヒヒィ! サーセンッ!」
板チョコの笑い声が響き渡る中、私は天頂から真っ逆さまに落ちていく感覚を覚えていました。
そんな……そんな……。
75 :No.17 義理チョコ情一本気 (4/5) ◇vMDm/ZpiU6:07/02/04 22:59:19 ID:YvSIN2jt
翌日、私は失意のままラッピングされ、お客様の鞄に放り込まれました。
なかなか可愛いラッピングでしたが、それが手の込んだ物であるほどに、本命からは遠ざかって行くようです。
なにやら手紙らしきものも同封されていますが、いわゆる不幸の手紙の類なのでしょうか。
一緒に冷凍庫から出された板チョコが鞄の中に入れられないのも気になります。
出かける前、
「はい父さん、義理チョコ」
「ははは。ひどいナァ、特価品の板チョコだなんて」
「コンビニで特価は珍しいよ? レアモノよ、レ・ア・モ・ノ」
「はっはっは。言うねえ……ありがとう」
「3倍返しだよ?」
「はっはっはっはっは……」
なんてやり取りと、板チョコの悲鳴を聞いた気がしますが、関係ないですね。
義理は本命に。本命は義理に。
『つんでれ』なる性格はよくわかりませんが、おそらく、そうなるのでしょう。
やがて、お客様は私を渡す相手の家の前に到着されました。
インターホンを押す前に何度も何度も深呼吸をし、気持ちを落ち着けているようです。
「言える、言えるわ」
などと自分を励まし、ようやくインターホンを鳴らします。
出てきたのはこれといって特徴の無い男。
お客様と同年齢のようですが、どうにもお客様の様子が変です。
そっぽを向いたり、天気の話をしだしたり、勉強の調子を聞いてみたり。
やがて話に詰まると、おもむろに私を引っつかみ、男の前に突き出します。
「勘違いしないでよね! 義理チョコよ、義理チョコ!」
え?
76 :No.17 義理チョコ情一本気 (5/5) ◇vMDm/ZpiU6:07/02/04 22:59:39 ID:YvSIN2jt
「義理チョコか」
「そ、そうよ。あんたなんか義理チョコで十分よ」
「……の割には手作りみたいだが」
「ついでよ、つ・い・で! おまけみたいなもんよ」
「ふぅん」
男は私をジロジロ見つめたのち、真夏の太陽のような笑みを浮かべ、
「ありがとな!」
「な」
お客様は音が聞こえそうなほど急に顔を真っ赤に染め上げ、それを隠すように背中を向けます。
ですが、耳まで真っ赤になっているのでバレバレです。
その様子を、男は微笑ましげに見つめていました。
結局、『つんでれ』とは何なのかわかぬまま私は食べられてしまいましたが……。
私を食べる時、男はとても嬉しそうでした。
それが答えなのかもしれない。
―― 義理チョコ情一本気 終 ――