【 嘘と付き合い 】
◆E8CfKHuf.6




68 :No.16 嘘と付き合い (1/4) ◇E8CfKHuf.6:07/02/04 22:56:31 ID:YvSIN2jt
「ごめん、待った?」
「十五分遅刻だぞ、遅れるなら携帯に」
「あーもうっ、そうじゃないでしょ」
 いきなり俺を睨みつけながらダメ出しする清美。お前、遅刻したくせになんだその
言い草は。
「こういうときは『俺も今来たところ』とか言わなきゃ」
「それって恋人同士の掛け合いだろ」
 ホントにそんな受け答えしてるカップルがいるかどうかは怪しいもんだけど。
「練習よ。これから私達は恋人同士になるんだから、その練習」
 聞きようによっては愛の告白と受け取れなくもない言い回しだけど、実のところは
そんなもんじゃない。
 事の起こりは数日前、清美が俺に変な提案をしたからだ。

 ――ちょっと、頼みたいことがあるんだけど。
 ――話による。
 ――今度の土曜なんだけど、その日だけ彼氏になってくれない?
 ――はあ?

 詳しい話を聞いたところ、清美に告白してきた物好きがいたらしい。清美はその場で
断ろうとしたんだが、その男がなかなか引き下がってくれない。
 で、とうとうこいつは「実は彼氏がいるの。なんなら今度会わせるから」と口走った。
彼氏なんていないのに。
 それでさっきのやり取りになったわけだ。付き合いが長いから頼みやすかった、と
いう理由で俺が一日彼氏に任命された。断ろうとはしたんだが、清美の押しに負けた。
 おかげでこの寒空の中、横にいるチビと一緒に駅前で突っ立って、物好き君を待つハメになっている。
 こんな寒くて今にも雨が降りそうな日に外に出たくなんてなかったのに。
 それでも結局こうやって清美に付き合ってる俺は、付き合いがいいというか義理堅い
というか。
 押しが弱いだけかもしれないけど。

69 :No.16 嘘と付き合い (2/4) ◇E8CfKHuf.6:07/02/04 22:56:53 ID:YvSIN2jt
「あ、来た。あいつ。あのベージュのコート着てる茶髪クン」
 清美の目線の先には、確かにそれっぽいヤツがいた。こちらに歩いてくる。
「おはよう雪原さん。こっちが例の?」
「そう、私の彼氏っ」
 左腕に衝撃。そちらをちらりと見ると、清美が俺の腕を両腕でかかえ込むようにして
抱きついていた。
 顔は男の方を向いたまま。少しはにかんだ笑顔が浮かんでいる。
 突然のことに驚いたせいだろう、俺の心拍数が少し上がった。
「藤堂です、はじめまして」
「……高杉です」
 目鼻立ちは整ってる。ジャニーズにいてもおかしくなさそうな顔だ。背も俺より高い
し、ってなんで俺はこいつと自分を比較してるんだ。
 藤堂と名乗った物好き男も、俺のほうをジロジロと見ていた。値踏みされてるようで
気にいらない。
 舐められてたまるかと言わんばかりに、少し目に力を入れて藤堂を真っ直ぐに見る。
 遠くで雷が鳴った。
「ごめんね。私、雄ちゃんと別れるつもりはないから、藤堂クンとは付き合えないの」
 け、雄ちゃん?
 こいつと知り合ってから今まで、そんな呼び方されたことは一度もなかったぞ。
「雪原さんは本当に高杉君のことが好きなの?」
「うん……」
 清美は伏し目がちにうなずいた。口元には柔らかい笑み、軽く朱に染まった頬。
 迫真の演技だ。そんなにこいつと付き合うのが嫌なのか。
「わかった。諦める。どうも、俺が入り込む余地はなさそうだ。」
 目を閉じ肩をすくめて見せる藤堂。
 吹けば倒れる即席ハリボテカップルに入り込む余地はないって、お前の目は節穴か。
「じゃあお幸せに、お二人さん。高杉君、雪原さんをよろしく」
 本当はよろしく頼まれるような仲じゃないんだけどな。少しだけ胸が痛む。

70 :No.16 嘘と付き合い (3/4) ◇E8CfKHuf.6:07/02/04 22:57:13 ID:YvSIN2jt
「ふーっ、なーんとか諦めてくれたわ」
 騙す相手がいなくなったところで、清美が化けの皮を剥ぎ捨てた。
 さっきまでは恋する乙女に見えなくもなかったのに、今はただのガサツなチビ女だ。
「なにか言いたいことでも?」
「あ、いや……あ、そうだ。なんであいつと付き合わなかったんだ。悪いやつには見え
なかったぞ。わざわざ嘘ついてまで」
「フィーリングが合わなかったのよ」
「そんないい加減な理由で俺を巻き込んだのか」
「いい加減ってなによ。乙女のカンは当たるんだから」
「二学期の期末テスト、日本史のヤマを外しまくってたのは誰だ」
「うっ、うるさいっ。男が細かいこと気にするなっ」
 ドン、と俺の胸が叩かれる。同時に頭の上に冷たいものが降ってきた感触。
 雨だった。
「っと、まずい。じゃ、俺はもう帰るぞ。じゃあな」
 言うと同時に振り向いてダッシュ、しようとしたら清美に腕をつかまれた。
「待った! せっかく外に出てきたんだから、このままどっか遊びに行こうよ」
「傘持ってないんだよ、俺は」
「天気予報ぐらい見てきなさいよ。昼頃からにわか雨が降るかもって言ってたわよ」
「見たけど、ちょっと話し合うだけだろうからすぐ終わると思ったんだよ」
 実際に来てみれば話し合いにもならなかったし。
「しようがないわねえ。私の傘に入れてあげるから、どっか行きましょ」
「拒否権は」
「『雄ちゃん』ってクラス中に広めたら、面白いと思わない?」
 清美の目つきが獲物を見る猫みたいになっていた。脅迫かよ。
「ぐっ……わかったよ。付き合えばいいんだろ、付き合えば」
「じゃ、話が円満にまとまったところで、傘持って」
「はいはい」

71 :No.16 嘘と付き合い (4/4) ◇E8CfKHuf.6:07/02/04 22:57:33 ID:YvSIN2jt
 受け取った傘を右手で天に掲げる。清美に傘をささせると、傘の高さと俺の頭の高さ
が同じぐらいになるからな。俺と清美が二人とも傘の恩恵に預かるには、って。
「この傘小さくないか」
「女性用だからね。そりゃあ、男物よりは小振りよ」
「これで二人とも入るって難しいぞ」
「そ……」
 一瞬何か言いかけた口が閉じた。わずかな間、そして清美の顔にイタズラっぽい笑み
が浮かんだ。
「雄ちゃんにごほうびあげようっ」
 いたずらっぽく言ったかと思うと、俺の余ってた左腕をロックした。そのまま腕を組
む形になる。
「これなら二人とも傘に入れるよね」
「ちょ、お前っ」
「……ふーん。もしかしてドキドキした?」
「そんなわけあるか。いきなり腕に攻撃されたから、少しびっくりしただけだ」
 そう、少し驚いただけだ。そのうち心臓も落ち着くだろう。
「ま、協力してくれた義理もあるし、今日はこのカッコで付き合ってあげるわよ。これ
で貸し借りナシね」
「うわ、そんな身勝手な。それにクラスの連中に見られたらどうするんだ」
 間違いなく誤解されるぞ。
「藤堂クンへの言い訳に信憑性が出るからいいじゃない」
 あいつはもう諦めただろうから、今さらそんなこと気にしなくてもいいと思うんだが。
 まあ、どう文句を言っても無駄だろう。こいつが「してあげる」という表現を使うと、
俺がどんなに断っても無駄だってことは身に染みてる。散々前例があるからな。
 今日はもう、こいつに付き合うしかないだろう。
「ほらあ、突っ立ってないで。行くよ、雄ちゃん」
「雄ちゃんはやめろ」


 <了>



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