【 退廃の義士 】
◆4dU066pdho




54 :No.13 退廃の義士 (1/4) ◇4dU066pdho:07/02/04 22:49:43 ID:YvSIN2jt
退廃の義士

その少年は美しかった。どんなに素晴らしい彫刻家がどんなに素晴らしい石を使っても彼を表
現することはできないだろう。彼は自由だった。どんな道理も彼を縛ることはできない。望めば
空も飛べるだろうと本気で思っていたのだ。これは愛を求めて生きた少年と私の物語だ。
その奔放な少年に降りかかった不幸はこの偉大なローマ帝国の皇帝になったことだった。ヘラ
ガバルス帝は僅か十四歳でローマ帝国の皇帝に即位した。その政権は彼の母親と祖母が実権を握
っておりヘラガバルス帝は傀儡に過ぎなかった。この幼い皇帝は政治には無頓着で、ただただ望
むがままを行った。
少女のように華奢な容姿の少年は、姿だけではなく心も少女だった。彼は心と体の一致しない
ちぐはぐな自分の隙間を埋めようとしてか多くの男性と恋に落ちた。私はそんな彼を愛するよう
になってしまった。彼の愛する多くの男性の一人、それが私だった。
彼はどんな道理にも縛られることはなかった。公共浴場では誰の目も気にすることなく女風呂
に入ったし、娼館で娼婦の真似事をして男性客の相手をしたりもした。医師達を呼び集めては自
分の体に手術で女陰を作るよう迫ったこともあった。宴会に招待した客に大量の薔薇の花びらを
降らせ、彼らを窒息死させながら、すごくきれい、と少女の様に微笑むこともあった。

55 :No.13 退廃の義士 (2/4) ◇4dU066pdho:07/02/04 22:50:04 ID:YvSIN2jt
「僕は愛が欲しい。愛されたいんだ。でもそれは難しいことなんだ」
「アウレリウス(ヘラガバルス帝の本名)、君は多くの人々に愛されている。もちろん私も君
が愛しい」
「言葉に出すのは難しくないだろう。でもそこには愛は無いんだ。体中どこを探しても血と肉
しか無いんだ」
「望むなら私の体を切り開くといい。君への思いが血や肉に変わって溢れ出てくるだろう」
「僕がこんな体だからいけないのだろうか。母さんみたいな体だったら僕の探すものは簡単に
見つかったかも知れない」
「どんな体だろうが私は君が愛しいよ。悲しまないでくれ」
「あなたにはずっと僕の傍にいて欲しい。こうやって僕を哀れんで慰めて欲しい。そうじゃな
いと僕はどうにかなってしまいそうなんだ」
「あぁ、勿論だとも」
「僕のいびつな縫い目がどんどん解れていくんだ。僕はバラバラになってしまうんだ。だから
しっかり僕を抱きしめていて欲しいんだ」
私の後悔は、彼を愛したことではなく寵愛を失うことを恐れて、義をもって彼を諌めることが
できなかったことだ。少年の自由奔放な奇行は怒りを買い、彼は四年の治世、僅か十八歳で暗殺
されこの世を去った。
彼は本当の愛を知ることできただろうか。どこまでも自由であるが故の空虚さを埋めることが
できただろうか。
私は彼の死を嘆き悲しみながらも殉死することができず、迫害されていたキリスト教徒達の中
に身を隠した。今思うと私は彼の慰み者でしかなかっただろう。彼のちぐはぐな心の隙間を一時
的に埋めることしかできなかったと思う。彼の生涯は人を愛しむことを知るには過酷過ぎた。
もはや人を愛することも無いだろうと思った私は、彼に果たすことができなかった義に生涯を
捧げることにした。多くの人が人を愛しむことを知り、人に愛される喜びを味わえるよう願った。
私の義とは人に愛を説くことである。

56 :No.13 退廃の義士 (3/4) ◇4dU066pdho:07/02/04 22:50:25 ID:YvSIN2jt
 「だからね、お嬢さん。私は皇帝の結婚禁止政策に断固反対して多くの人たちを結婚させたん
だ。そのせいでこうやって地下牢に入れられてしまったわけだけども、これは私の義理なんだ。
今更この命なんて惜しくないしね」
 年老いたキリスト教の司祭は扉越しに盲目の少女に語りかけた。
 「君の目が見えなくなる前に何を見たのかは分からない。余程怖いものを見たのだろうね。私
の目に映ったアウレリウスも恐ろしい一面を持っていたよ。花を摘むように人の命を奪う人間だ
った。しかし、それは彼の一面に過ぎない。残忍で美しくて自由奔放で哀しげな人だった。私は
そんな彼を全て受け入れて愛した。道理を説くことができなかったことは今でも後悔しているん
だ。怖いものから目を背けてはいけないよ。しっかり見据えるんだ。そして、それがもし君の愛
しいものならばこそしっかりと義理を果たすんだ。でなければ私のように一生後悔することにな
るだろう」
 少女は頷いた。
 「恐ろしくなったらいつでも私のところに来るといい。この通りの身の上で私は退屈している
んだ。私が寝ていたらそこの牢番に頼めばいつでも叩き起こしてくれるだろう

57 :No.13 退廃の義士 (4/4) ◇4dU066pdho:07/02/04 22:50:49 ID:YvSIN2jt
 盲目の少女は最初は彼の話を聞くだけだったのだが、次第に自分のことも話すようになってい
った。彼女の話によると大好きな兄と母の性行為を偶然見てしまってから目が見えなくなってし
まったようだった。そして、そのことをとても思いつめていた。
 「お兄さんとお母さんを信用できなくなって、いや、お兄さんとお母さんを愛する自分の気持
ちが信用できなくなってしまったんだね。大丈夫、誰だって驚くものさ。私だってアウレリウス
を愛しいと思う自分の気持ちに気付いた時は慌てたよ。ずっと自分は同性愛者なんかではないと
思っていたのだからね」
 元同性愛者の司祭の言葉は不思議と説得力があった。
 「自分の気持ちに素直になるといい。お兄さんとお母さんの行為は許せないと思う気持ちも、
お兄さんとお母さんを愛してる気持ちも君の心の中に一緒になって入っているんだ。諌めるべき
か認めるべきかの答えは私は持っていない、だけど、どうしたいのかは君が知っているはずだよ」

 監獄に居たとき、看守の召使の娘は目が見えなかったが、監獄の彼を訪れては説教を聞いてい
た。あるとき娘の目が見えるようになった。この奇跡を信じた彼女の家族がキリスト教に転向し
たため、皇帝は怒って彼を処刑した。処刑の前日に彼がこの娘に宛てた手紙は「あなたのヴァレ
ンティヌスより」と署名されていた。
 ヴァレンティヌスは、恋人たちの守護聖人として信仰されてきた。また彼の殉教の日、二月十
四日は彼の名をとって、バレンタインデーとされている。
                                ウィキペティアより抜粋

 彼のヘラガバルス帝に果たせなかった義理は殉教によって果たされただろうか、少なくとも現
代のバレンタインデーは愛を語るに相応しいイベントとなって恋人たちに貢献している。

 完



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