【 友情メイン 】
◆9IieNe9xZI




39 :No.10 友情メイン (1/5) ◇9IieNe9xZI:07/02/04 14:04:47 ID:y3+3VKtp
「はい兄さん、これあげる」
 雪乃がチョコを渡す。彼女は僕より一つ年下で、高校一年生だ。栗色のショート
ヘアに大きな目、いつも輝いて見える表情がとても魅力的だった。彼女には化粧な
んて必要ない。
「おおサンキュ」
「本命じゃないんだから、勘違いしちゃだめだよ?」
 雪乃がそう言って笑った。
 妹にチョコをもらえるとは、じつに幸せなことだ。それが学校中の男が惚れてし
まうような美人で、しかも義理の妹とくればもう幸せすぎて死んでもいい。
「はい、高志さんにも」
「え、ああ。ありがとう、雪乃ちゃん」
 それが自分の妹なら、の話だが。
 裕之と僕にチョコを渡すと、雪乃は部屋を出て行った。
「あいつも素直じゃねーな、まったく」
 にやけた顔で裕之が言う。こいつは殺されてもいい。
 雪乃が我が幼馴染の家に来たのは五年前、僕が中学校に上がる頃だ。裕之の親父
さんが再婚した人の連れ子だった。内気な子供だったのに、すっかりこの家になじ
んでいる。
「今年もこれ一個だけとは、我ながら情けない」
「贅沢いうな」
 僕としては、このチョコには他の女の子からもらう百個よりも価値がある。
 いってきまーす、という声が階下から聞こえた。
 雪乃がどこかへ行くようだ。
 その後裕之のお袋さんが来て、戸締りに気をつけてちょうだいね、と言い残して
出かけた。商店街の福引きで温泉旅行が当たったということで、今日は帰らないそ
うだ。何年かぶりの夫婦旅行らしい。
 家が静かになったな、と思いながら裕之がゲームに興じるのをぼんやり見ていた
時、恐ろしい事実に気づいた。
 今夜この家は、裕之と雪乃の二人だけになってしまう。

40 :No.10 友情メイン (2/5) ◇9IieNe9xZI:07/02/04 14:05:13 ID:y3+3VKtp
 僕は焦った。
 なぜなら雪乃は裕之が好きなのだ。兄貴としてじゃなく、男として。
 僕は一度雪乃に告白したことがあった。その時に彼女の口から聞いた理由が、お
兄ちゃんが好きだから付き合えないというものだった。真剣に好きだそうだ。
 血のつながらない年頃の男女が、バレンタインの夜に二人きり。間違いが起こる
可能性は高い。裕之の理性などあてにならない。こいつは据え膳を出されたら、た
めらいもなく食べそうな性格だ。
「裕之、ちょっといいか」
「あん? どした」
 裕之はゲームに熱中している。僕は彼が握っているコントローラーを取り上げ、
ポテトチップスの袋に入れてシェイクした。
「何すんだコラ。油まみれじゃねえか」
「いいから聞け」
 どすのきいた声のおかげか、裕之は黙った。
「今日は家にお前と雪乃ちゃん、二人だけということだな」
 念のため確認する。
「それがどうした」
「よしわかった、今日は泊まらせてもらう」
「何でそうなる」
「お前の許可はいらん。そうだ布団出しとくか」
 勝手知ったる幼馴染の部屋、僕は押入れを漁る。
 二人きりにさえしなければ何も起きまい。トイレにだってついて行ってやる。決
して雪乃を取られるのが悔しいからではない。親友が人の道を踏み外すのを見たく
ないだけだ。
 布団をしき終わって、暇つぶしにゲームでもしようかとコントローラーを持つ。
手が油まみれになったのでティッシュで拭いていると、裕之が言った。
「なあ、高志」
「どうした、急に恐い顔して」
 ごみ箱にティッシュを捨てて、僕は聞いた。

41 :No.10 友情メイン (3/5) ◇9IieNe9xZI:07/02/04 14:05:38 ID:y3+3VKtp
「お前、雪乃を好きか」
 僕はごくりと唾を飲んだ。雪乃に告白した事は教えていないから、裕之とその話を
するのは初めてだった。いつから気づいていたんだろうか。
 前にこいつと真面目な話をしたのはいつだったか、覚えていない。ちゃんとした
話なんてしたことが無いかもしれない。ただの腐れ縁だからそんな関係でいいと
思っていたし、裕之もそうだろうと思い込んでいた。
 二人ともしばらく口を閉じた。テレビから機械的なBGMが流れている。
 裕之が笑った。
「やっぱりか。誤解すんな、俺は応援したいと思ってるよ。妹が誰かと付き合うな
ら、お前以外は許せそうにないからな」
 急にそんなことを言われてもなんだか照れる。
 そして裕之は言った。
「お前にだけは話しておく。実は、俺と雪乃は血がつながってるんだ」
「えっ」
 初耳だ。
「と言っても半分だけどさ。今の母さんと浮気して出来たって、だいぶ前に親父か
ら聞いた。本当の妹なんだから可愛がってやれって。勝手だよな」
「そのこと、雪乃ちゃんは知ってるのか」
「雪乃には今まで言えなかった。自分が浮気で出来たって知るのは、子供心に嫌な
もんだろ」
 裕之はうつむいていた。
 確かにそうかもしれない。自分が許されない存在だとか、子供ならそんな風に感
じてしまっても不思議じゃない。
 なんてことだ、実の兄を好きになってしまうなんて。
「けどあいつももう高校生だ、きっと受け止められる。今夜、俺から話すよ。静か
な場所で色々考えたいと思うだろうから、親父達は旅行に行くふりをして知り合い
の家に泊まってる。何かあったらすぐに駆けつけられる様に」
 そういうことなら邪魔者がいない方がいい。僕は考えて、立ち上がった。

42 :No.10 友情メイン (4/5) ◇9IieNe9xZI:07/02/04 14:06:03 ID:y3+3VKtp
 玄関で靴を履いている時、裕之は言った。
「なあ、明日は暇だろ。三人でどっか行こうぜ」
 こいつなりに気をつかっているのだろうが、僕は首を振った。
「いや、雪乃ちゃんも相当ショックを受けるだろうし、そっとしといてやった方が
いいんじゃないかな。お前、ちゃんと側にいてやるんだぞ」
「あーそうか。なるほど、そうかもな。うん、さすが高志だ」
 無言でお互いの右拳をぶつけ合ってから、玄関の扉を開けようとノブに手を
かけた。しかし僕が押すより先に扉が開く。
「ただいまー」
 雪乃だ。僕は手を引っ張られてよろけた。
「高志さん、ごめん」
 大丈夫、と言おうとしたとき彼女の後ろに人影が見えた。男だった。そいつは坊
主頭で、学生服を着ていた。
「あ、兄さん。紹介するね。同じクラスの藤田君」
 僕と裕之は顔を見合わせた。雪乃が家に男を連れてきたという話は聞いたことがない。
 裕之が咳払いをしてから訊ねた。
「あー、雪乃、そいつはもしかして彼氏か」
 え、と言ってから、雪乃は頬を染めてうつむいた。いや、小さく頷いたと言うべきか。
 僕達はがっくりと崩れ落ちて床に手と膝をつく。
「おい裕之、彼氏がいるなんて聞いてないぞ」
「俺もだ、ちくしょう」
「ちょっと待て」
 何かおかしいと思い、僕は立ち上がった。
「なんでお前までがっかりしてる」
 裕之は答えない。
「……実の兄妹というのは嘘か」
 裕之は僕を見上げ、皆の前で叫んだ。
「だってせっかく雪乃といちゃいちゃできると思ったのに邪魔するんだもん!」

43 :No.10 友情メイン (5/5) ◇9IieNe9xZI:07/02/04 14:06:26 ID:y3+3VKtp
 その夜は四人で食卓を囲んだ。
 藤田は野球部で頑張っているというだけあって、さわやかな好青年だった。裕之
に紹介するために連れてきたと雪乃は言った。裕之達の親父さんは、娘には親馬鹿
な人だ。会わせるとショックで寝込みかねないので、いない時を狙ったそうだ。あ
とは藤田に手料理をプレゼントしたかったとか、そんな事も言っていたような。
 緊張するので一緒にいてくれと裕之に頼まれ、僕も同席することになった。
「付き合ってる奴がいるんなら隠すなよなー」
 僕の渾身のローキックで顔面を腫らした裕之が言った。
「言おうとは思ってたのよ」
 雪乃が顔を赤くする。
「てめーも、雪乃泣かしたらぶっ殺すぞ」
 裕之が藤田に向かって凄んだ。
「大丈夫っす。泣かせたりしません」
 藤田が真面目に答えた。
 僕はハンバーグをほお張りながら彼らを眺めていた。
 何だか気が抜けて仕方ない。
 考えてみれば僕が雪乃に告白したのは中二の時で、三年も前だった。まだ彼女が
裕之をお兄ちゃんと呼んでいた頃だ。ちなみに裕之は告白のシーンを偶然見て
しまったと白状した。その日からチャンスを狙っていたのだろう。こいつは簡単に
諦めるような奴ではないので今後も注意が必要だ。
 三年あれば人は変わる。
 それにひきかえ。
 成長しないのは僕達だけかと、幼馴染を見て僕はため息をつくのだった。

 おしまい



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