【 僕だけしか知らない 】
◆OVO.ENeryY




31 :No.8 僕だけしか知らない (1/3) ◇OVO.ENeryY:07/02/04 02:50:19 ID:U4UVSXof
 朝起きてびっくりした。話には聞いていたが、実際体験してみると突然のことで混乱してしまった。
 ようやく、待ち望んでいた精通が来たのだ。
 本来なら真っ先に同居人に知らせなければならないところだが、彼女に知られたら面倒なので教えない。
 もちろん彼女は初潮が来たことを僕に教えてくれた。そうするよう刷り込まれているからだ。
 僕は彼女とは違う。それだけではなく、他の誰とも僕は違う。
 僕らは生まれるとすぐに保育器に入れられた。そこである程度成長するまで教育が行われる。
 本来行われる教育の内容を、僕は詳しく知らない。僕だけがその教育を受けていないからだ。
 おそらく、毎日同じ仕事をこなし、二人部屋でペアになった男女が子供を作り、死んでいく。
 ただそのためにだけ生きるという教育を受けるのだろう。
 僕の入った保育器は、偶然にも他とは違うもので、誰かが改造したものだ。
 これが処理されずに済んだのは、高度な隠ぺい工作が行われたからに違いない。
 地球と呼ばれる巨大な球体があり、その球体の表面を掘り下げて作られた空間で僕らは生活をしている、そう教えられた。
 地球の表面は、どうやら快適でない空間が多すぎたらしい。そのせいで争い事というものが絶えなかったのだそうだ。
 人と人とが傷つけ合うということらしいが、なぜそんなことをするのか詳しく教えてもらえなかった。
 これを作った人にはわからなかったのだろう。そんなことをする理由など、僕にも想像できなかった。
 ただ、この空間から地球の表面に脱出する方法があるということを、徹底的に教え込まれた。
 時間という単位が本来なら存在するのだが、ここにはその概念というものがないらしい。
 だから精通をきっかけに、その脱出を図ってほしい、ということだった。
 僕は当然脱出することだけを考えて生きてきた。そう教えられたからだ。
 でも同居人はどうする。彼女も連れて行くべきなのだろうか。
 ペアになった男女のどちらかが死亡、もしくは障害が起きた場合、残った方も処理される。つまり殺されるということなのだろう。
 僕が一人でここから脱出できたら、余った同居人は処理されるだろう。それだけが頭に引っかかっていた。
 でも僕は、彼女に黙って出て行くと決めていた。
 彼女はきっと僕を脱出させないように、通常の生活に戻るよう止めるだろう。それは厄介なことだと判断したのだ。
 僕は毎日少しずつ残しておいた栄養剤をポケットに詰めて、彼女に気づかれぬようにこっそりとドアを開けた。


32 :No.8 僕だけしか知らない (2/3) ◇OVO.ENeryY:07/02/04 02:50:38 ID:U4UVSXof
 廊下は一定方向に進む人の流れで埋め尽くされていた。仕事場へ向かっているのだ。とても割り込めるような隙がない、そんな気がする。
 脱出するための出口は、この流れの逆方向にある。そう教えられた。
 僕は違反覚悟で無理やり進んだ。両腕を前に突き出して、人の波を掻き分けて進んだ。
 思っていたよりも早く監視ロボットがやってきた。通常は胸のランプが緑に光っているが、今は赤い。これは緊急確保を意味していた。
 人々はそのロボットの周辺は避けて歩く。赤く光ったら近づかないように刷り込まれているのだ。
 こうなると僕は不利だ。僕が人の波を掻き分けて何とか進んでいるのに対し、ロボットはモーゼのように人の流れを消してやってくる。
 後ろを振り返る余裕などない。ただバチバチという、聞いたこともない音が近づいてくるのはわかる。
 僕の前に人の波が消えると同時に、誰かが肩をつかんだ。僕は反射的に振り返った。
 ロボットの左手が振り上げられていた。その手には、なにやら棒状のものが握られていて、その先端からは無数の閃光が飛び散っている。
 本能的に、これはやばいと判断した。そのおかげで、完全に振り下ろされる前にその腕を捕まえることができた。
 それでも状況はほとんど変わらない。力に圧倒的差があるのだ。
 僕が両腕で押さえるロボットの左腕が、徐々に僕の方へ近づいてくる。
 この棒に触れたら終わりだ。今まであの保育器に入ってきた人達は、これをしのげたのだろうか。だとしたら、すごい。
 足を使ってなんとかしようと考えていたが、その瞬間、なぜかロボットが僕に倒れかかってきた。すごく重い。
 棒を持った左手は僕に当たることなく、床に叩き付けられた。
 その左手を見て、僕は反射的に目をつぶる。しかし、左手が襲い掛かってくることはなかった。
 僕はゆっくりと目を開けた。左手は何者かの足でつぶされ、さきほどまでバチバチと恐怖の音をさせていた忌々しい棒も、今は沈黙している。
 その足が、そのままロボットを僕の上から転がすようにして肩を蹴り上げる。僕は重さから開放された。
 足が僕の前から消えたと思ったら、今度はロボットの顔面に落下してきた。
 そのまま両足で何度もジャンプしてつぶすと、やがて胸の赤いランプは消えた。


33 :No.8 僕だけしか知らない (3/3) ◇OVO.ENeryY:07/02/04 02:50:58 ID:U4UVSXof
 僕は突然の出来事に唖然としたが、とにかく立ち上がった。
 ロボットを沈黙させた足が、変形した頭から離れる。足の持ち主は同居人だった。
 彼女は無言で僕の目を見る。
「なんで助けてくれたの?」
「あなたが処理されたら、私も処理されます。あなたを守るのが私の仕事です」
 彼女は即答した。
 そして僕は数回瞬きをした。
「僕はここから脱出する。君にも来てほしいんだ」
「ここから脱出するという意味が不明です」
 当然だ。彼女はなにも知らないのだ。それに説明しても無駄だろう。
「わかった。とにかく、僕について来てくれないか?」
「あなたを守るのが私の仕事です。あなたも私を守るのが仕事です。仕事場に行って仕事をするのも、私達の仕事です」
「わかってるよ」
 いつのまにか人の流れが消えていた。これは急がなければならない。きっと監視ロボットが何人もやってくるのだ。
 僕はすでに沈黙している棒を手に取った。
 壊れてはいたものの、多少ひるませるくらいの攻撃には使えるだろう。
「このままだと僕らは処理される。仕事がまっとうできなくなるということだよ」
「どうやらそのようです」
「だから、とにかく僕について来てくれ」
「わかりました」
 彼女の返答に対し、僕は少し頷いて答える。
 そして僕らは出口のある方へ向かって走り出した。走ることは初めてだったが、なんとかうまくできた。
 この先何があるかわからない。そう教えられた。
 でもきっと地球の表面では、あの保育器に入っていた先輩が、何かをしているのだろう。
 何をしているのかは、教えられていない。
 そして僕が何をすべきかは、僕だけしか知らない。
                 

 完



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