【 姉と嘘 】
◆HdzsHptrSA




977 名前:姉と嘘5/1 ◆HdzsHptrSA 投稿日:2007/01/29(月) 00:19:05.64 ID:4F/9TclIO
「生きる意味なんて無くていいのかしらねえ」
僕の隣にいる姉さんがコーヒーを飲みながら、ふと呟いた。僕は適当に返答する。
「姉さんの場合、生きる意味は生きる意味を探すことだって、堂々巡りだろ」
姉さんは僕がわざと苦く入れたコーヒーの中を睨んだ。よっぽど苦いらしい。
「あんたはこのコーヒーのように苦いわよねえ」
そう言いながら椅子に横向きに座り、隣りにいる僕の肩に頭をぽんと置いた。
「誰のせいだか」
僕は邪険に振り払うふりをしながら姉を拒みはしなかった。
好きと言えば嘘になる、好きじゃないと言っても嘘になる。そんな関係だ。
「私はあんたのこと嫌いじゃないけどね」
僕は姉さんに心の内を読まれたような気がして、肩を突っぱねた。
姉さんの髪が僕の頬を撫でながら優しく香る。姉さんは立ち上がってこちらを見た。
「じゃあ、あんたの生きる意味って何よ」
憎たらしいほど愛らしい顔をして姉さんは僕に尋ねた。笑顔の姉さんが僕の……。
「……姉さん」


978 名前:姉と嘘5/2 ◆HdzsHptrSA 投稿日:2007/01/29(月) 00:21:52.49 ID:4F/9TclIO
僕は口を咄磋に塞いだ。口から零れ落ちた台詞が姉さんを困惑させる。
僕の口から言い訳という名の布巾が飛び出した。
「だって二人暮らしだし、姉さん、俺がいないと何もできないし……」
だが、もうすでに姉さんの心には拭き取れない染みとなっていたようだ。
「嘘でも嬉しいよ。あんたがそんなこと言ってくれるなんてねえ」
姉さんの顔はわずかに紅潮していた。都合のいい僕の見間違いかもしれないが、
姉さんが後ろを向いて朝日を浴びるように背伸びしたので分からなかった。
「気持ちいいもんね。朝ってのは」
その声は僅かに上擦っていた。またこれも僕の勘違いかもしれないが。
そこで僕は欲望に耐えきれず、こう尋ねた。
「もし……、嘘じゃなかったら?」
姉さんは手を後ろで重ねながら振り返りこう答えた。
「そん時はあんたが私の生きる意味だよ!」


979 名前:姉と嘘5/3 ◆HdzsHptrSA 投稿日:2007/01/29(月) 00:24:25.35 ID:4F/9TclIO
その顔は朝日に照らされ、輝いていた。その美しい姿に僕は思わず見初めていた。

今日の夕食はエビフライ。姉さんの大好物。
「ただいま、帰ったぞっ」
姉さんが5年前に死んだ父の真似をしながら三和土に上がった。
両親を亡くした悲しみはもうどこかに行ってしまった。
だから僕は母の真似をして姉を出迎える。
「あら早いのね」
振り返りながらそう言った。
姉さんと眼が合う。同時に僕らは笑い出した。
「じゃあご飯にしよっか」
僕は一通り笑った後で、姉さんに言った。
「そうだね」
姉さんはそう言いながら僕に笑顔を投げかけた。
「今日はどうだったの?」
「まあまあかな」
僕と姉さんはエビフライを頬張りながら今日の出来事を話した。
姉さんは大手出版社で働く25歳。僕は奨学金を受けて大学に通う21歳。


980 名前:姉と嘘5/4 ◆HdzsHptrSA 投稿日:2007/01/29(月) 00:25:08.22 ID:4F/9TclIO
姉さんだけを働かせいることに時々、罪悪感を覚えるが、
「あんたは家事をやってくれればいいのよ」
という姉さんの言葉に従って、学生兼主夫をやっている。
時々、このまま結婚してしまいたいと思うことさえある。
それぐらい楽しい暮らしなのだ。だから僕が卒業して就職した時に、
どうなるかという事は考えないようにしている。
「どうしたの、考えこんじゃって?」
僕はエビフライをくわえながら本心を言ってみた。エビフライを
くわえていたのは姉さんに届いて欲しくもあり、届いて欲しくも無かったからだ。
「ほのふらしはいふまへつふくの?」
姉さんは最初、何を言っているのか思案しているように首を傾げていたが、
理解に至ったのか。顔を背けた。
それが答えだと確信した僕は後悔した。


981 名前:姉と嘘5/5 ◆HdzsHptrSA 投稿日:2007/01/29(月) 00:25:42.82 ID:4F/9TclIO
その時、姉さんが動いた。
「あふたがのほむならいふまへも」
エビフライをくわえて姉さんが言った。内容はきっとこうだ。
あんたが望むならいつまでも。
僕は嘘でも嬉しかった。いや、嘘だからこそ、嬉しかった。
数年後、姉さんは結婚した。同じ会社の人とだった。
僕は姉さんと暮らした部屋で今も暮らしている。
もう姉さんを愛していないと言えば嘘になる……。



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