【 わりと普通な日 】
◆/7C0zzoEsE




937 名前:わりと普通な日 (1/3) ◆/7C0zzoEsE 投稿日:2007/01/28(日) 23:31:24.84 ID:6KrU3YQv0

「すいません、今何時ですか?」
 そう私に訊いてきた男は、同年代ほどだった。
コンビニの中だったので、
私は自分で見れば良いじゃないですか、と言った。
すぐに手を口に当てて、後悔する。
 彼は似合わないサングラスをつけて、
皮肉混じりに笑っていた。
「ごめんなさい、気がつかなくて」
「いや、いいんだよ」
 彼は私に気を遣って言う。
「別に気にしてないからね、でも、
お詫びの代わりとは言わないけど、何か美味しそうな昼食
選んでくれないかな?」
 少し呆気にとられたが、
「分かりました」
 とだけ言い、弁当のコーナーに目をやった。
あれが良いか、これが良いか。
そうこう悩んでいる間も、彼はずっと私の方を向いている様だった。
 うららかな昼下がり。
視界に入るのは、若者と覇気の無い店員。
今の客はそれだけ。静けさが私達を包んでいた。
 しかし、予期せぬ来客により、それは破られる。

938 名前:わりと普通な日 (2/3) ◆/7C0zzoEsE 投稿日:2007/01/28(日) 23:31:58.64 ID:6KrU3YQv0

 男は手に銃を持っていた。
店員はしゃがみ込み、若者も釣られて隠れた。
 私だけが、堂々と立ち尽くしている姿だった。
「おい! お前達、動くなよ! 金を出せ!」
 喧しい声を、店内に響き渡らせて、
男達はひっ、とか弱い声をあげる。
「そこの、そこの女と……お前! こっちに来い! 人質だ」
 私がため息をつくと同時に、若者は言った。
「ど、どなたでしょうか。私は目が見えないので……よく分かりません」
 まあ、なんと可哀相な。そのような事で、強盗が思い直すとでも思うのだろうか。
「うるさい、早く来い!」
 ほとんど予想通りに、強盗が彼の首根っこを掴み叫ぶ。
店員はレジの影ですくみあがっている。
 私だけが、ぼーっと眺めていた。
「女! 手を上げろ、あともう少し恐がったらどうなんだ」
 ええ、いちいち叫ばないでも分かるのに。
茶番劇も終りかな。私は早くお弁当を買いたいのだ。
「あの……それ」
「何だ!」
「改造でもしてるんですか? 恐くないんですけど、普通のモデルガンは」
え、と誰かの声が聞こえた。犯人は顔を真っ赤にしている。

939 名前:わりと普通な日 (3/3) ◆/7C0zzoEsE 投稿日:2007/01/28(日) 23:32:19.82 ID:6KrU3YQv0
 そもそも、叫びながらも声が震えている素人が、
そう簡単に本物を手にできるはずも無い。
そして、安々と人に向けられるものでも無い。
 言葉にならない声をあげているので、
景気付けに一発殴り飛ばしてやった。
 私のか弱いお手手が、屈強な男の顎にめり込む。
見事にノックアウトした後には、再び静寂が戻ってきた。
「あの――」
「は……ひゃい!」
 ずっと隠れていた店員に声をかける。
「早く警察、呼んで下さい」
「わ、分かりました!」
 手はずを整えると、両手を払った。
少し痺れている。本気で殴ったのは久しぶりだ。
 盲目の男が私に話しかけてきた。
「いや、何が起こったのかわからないけど、君ってすごいんだね」
「はい、昼食」
 私は彼の手に、ドッグフード小型犬用を手渡した。
彼は苦虫をかみ殺したような目で私を見る。
「それを見て、ありがとう、と感謝する真似が出来る。
それほど狡猾になってからナンパしてください。
銃を持ってる男……何も言ってないのに隠れるのって、可笑しいですよね」

 私は、食パンと牛乳を購入して、
呆けているチワワ達から背を向けた 
      
            (了)



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