【 不祥事 】
◆dx10HbTEQg




921 名前:不祥事(1/4) ◆dx10HbTEQg 投稿日:2007/01/28(日) 23:26:28.70 ID:lth/aBQv0
 ジフは顔を茶色い肌を真っ青にして震えていた。何度も謝罪を繰り返すが周囲の温度は下がるばかりで、誰も許してくれそうにない。
 嘘を言ったつもりはなかったのだ。実際、嘘なんかではない。本当のことだ。
 信用されるに足る証拠なんてどこにもないけれど。
「いいか、ジフ。お前の発見を疑っているわけじゃない」
 嘘だ、と彼は思った。疑っているわけじゃないのなら、そんなにも視線が冷たいわけがない。
 幹部を集めた会議が開かれたのは、この事態が会社にとって一大事に他ならないからだ。会議室の中央でジフが縮こまっているのは、彼がとてつもない
大失態を犯したからに他ならないからだ。
 甲殻類を思わせる四本の腕で机を勢い良く叩き、社長は彼を睨んだ。カマキリのような大きな目玉が、ジフを射抜くかのようにぎょろりと回転した。
「だがその物質はこの星には存在しませんだと? ふざけるな!」
 背が欲しい。
 それは、ドイハ星人たちの悲願であった。平均身長は百センチ前後。どんなに食べても、どんなに頑張っても、百五十六センチ以上にはならない。
 おそらく生物としての限界がそれなのであろうが、彼らは現状に甘んずることはできなかった。
 背丈は高ければ高いほうが良いという価値観は、ドイハ星においても地球と同じだった。
「この会社が潰れたらどうしてくれる。すでに各方面への発表は済ませてしまっているのだぞ!」
 “身長を伸ばす特効薬の存在を発見した。早期に発売に踏み切れるようにする予定である” 
 その特効薬の名は、ギュウニュウ。ウシと呼ばれる生物から搾り取るらしく、地球人は毎日のように飲む習慣を持っている。
 ギュウニュウはカルシウムという成分を含むが故に、地球人の背を伸ばす効果を持つらしい。故に、地球人の平均身長は百七十センチにも及ぶという。
「ですが……私はただ、発見したと報告しただけじゃないですか。詳しくも聞かずに勝手に舞い上がっていたのは――」
「舞い上がっていた、だと? そうだ、その通りだ。そんな物質が本当に存在するのなら、舞い上がって何が悪い」
 ジフは地球人の食生活にこそ身長を伸ばす秘訣があると信じ、常日頃から調査を行ってきていた。他のドイハ星人は特に地球に興味や関心を抱いてはい
ない。地球よりも高度な文明を持つ彼らは、その星から得られるものなどないと信じていた。途方もなく離れた場所の文化を調べるなど時間の無駄としか考
えていなかったのだ。
 だから、その成果を誰彼構わずに自慢したくなってしまったのも、仕方が無かったのだと言えた。
 彼にとっても、事態がこんなにも急に進展するなどということは予想外だったのだ。
「う、嘘じゃないんです。本当にギュウニュウは存在するんです!」
 問題は、ただ一つ。それが最大にして最悪の関門だった。
 ドイハ星にウシはおろか、地球でいう哺乳類に相当する生物が皆無なのだ。
 生物が排泄物以外の液体を排出し、しかもそれが背を伸ばす。信じられないことだった。

922 名前:不祥事(2/4) ◆dx10HbTEQg 投稿日:2007/01/28(日) 23:26:43.45 ID:lth/aBQv0
「こうなったら、地球へ密航してギュウニュウを手に入れるしかない。そうだろう? ジフ。行ってくれるか?」
 宇宙への進出を疾うに果たした彼らは、しかし地球との接触はほとんどしていない。地球の環境はドイハ星人の生命をじわじわと蝕むのだ。短時間ならば
ともかくとして、長時間滞在するのは命取りとなる。
 つまり、社長の提案――の形を取った命令は、ジフに死を強制しているのと同意義であった。
 彼の死と引き換えに、事態の回復を狙っているのは明らかであった。全ての責任を擦り付け、ジフをスケープゴートに据える気なのだ。
「お前の発見が嘘でないのなら、地球へ行きギュウニュウとやらを手に入れて来い」
 彼を取り囲む幹部達の目が、再びぎょろりと回転した。
 ジフに逃げ場はなかった。



 地球へ降り立ったジフは、翻訳機の調整をすべく辺りを見渡した。言語を扱う種族の体に接続することで、その土地の言葉が扱えるようになるドイハ星の
文明の利器だ。
 同時に、タイマーをセットする。地球時間にして三十分が、滞在の限度だ。何の収穫もないままに戻れるはずもないから、意味のない行為とも言えたが。
「……まずいな」
 彼の調査によるとウシは牧場にいるものである。しかし、地球人との接触を避けようと行動した結果、工場らしき場所に着陸してしまったのだ。
 軽自動車ほどの宇宙船は、テレポーテーションを可能とするため距離は大した問題ではない。だがどこに牧場があるのかが分からない。
 下手をすると地球人に見咎められ、ギュウニュウどころではなくなってしまう。
 どうしたものか、と彼はとりあえず宇宙船から降りた。都合よく一人きりで居る、しかもギュウニュウを持った地球人はいないものか。
「まあ、どうとでもなれだ。どうせ死ぬしかないのなら、何がどうなろうと構わないじゃないか」
 本当は死にたくなどないのだが、そうでも思わないと足が竦んでしまって本当にどうにもならなくなってしまう。怖くない怖くないと全力で自分を騙しながら、
ジフは思い切って数ある扉の内一つをを開けた。
「――あ」
 人がいた。二人の地球人が、冷えて薄暗い倉庫の中で佇んでいる。
 壮年の男は何かに思い悩んでいる様子で、ジフに気付かない。その男の腕には、無邪気な微笑みを湛えた小さな少女が抱えられていた。
 残り時間は後二十五分。当たって砕けろとばかりに、ジフは男に襲い掛かって無理やり翻訳機を接続した。
「初めまして。私はジフです」
 出来る限りさわやかに微笑んだつもりであったが、地球人の男には全く通用しなかった。何か気味の悪い、巨大な生物が突然目の前に現れたのだ。怯え
るなという方に無理がある。

924 名前:不祥事(3/4) ◆dx10HbTEQg 投稿日:2007/01/28(日) 23:27:09.95 ID:lth/aBQv0
 守るように少女を抱きしめ、じりじりと後ずさる男に、めげずにジフは笑いかける。微笑みは円滑な取引を結ぶためには欠かせないものなのだ。
「私はあなたに害を与えるつもりはありません。本当です。ただ、お願いがあってきたのです」
 その必死さを感じ取ってくれたのだろうか、少しばかり正気を取り戻したらしい男が、ぎこちなく微笑んだ。それは殺さないで欲しいために作られたものであっ
たのだが、ジフは上手くコミュニケーションが取れたと勘違いした。
 互いに表情を本心から偽りながら、対峙する。
「え、ええと、君、は」
「我が星では食糧難が続き、全生物が絶滅の危機に追いやられているのです。どうか、食料を分けてくださいませんか?」
 震え上がる男に向かって、ジフは畳み掛けた。これが失敗すれば、もはや後は無い。残り時間は着々と減っている。
 会社の危機と自分の命のためなどという個人的な理由では、叶えられる可能性は低いだろう。地球へと向かう途中に考えた嘘を並べ立てる。
「主食はギュウニュウなのです。少しでも構いませんから、お願いします。ギュウニュウを下さい」
 ぺこぺことお辞儀をしながら、必死になって頼み込む。そのたびに、ひっ、と男が身を引いていることにも気付かない。
 ドイハ星の飢餓による惨状、見返りの用意、地球人への期待。よくぞこれほどに思いついたと自画自賛したくなる程の嘘だ。
「そ、それなら……」
 ジフの言葉が一瞬途切れた隙を狙って、男は言葉を発した。
 背後にある茶色い箱を指し示して、ジフに告げる。倉庫一杯に積み上げられたそれは、百以上に及ぶものと思われた。
「このダンボールの中に入っています。全部そうです」
「嘘……」
 なんと都合のいい! 信じられない面持ちでジフが思わず呟くと、はっきり男は頷いた。嘘では、ないらしい。
 これだけあるのならば、少しくらい分けてもらってもいいだろう。
 そう頼み込むと、男は信じられないような事を口走った。
「全部持っていってくださって構いません」
「全部!」
 それはいくらなんでも、とジフは目を瞠った。文字通りに瞳が飛び出る。
 ドイハ星の技術を使えば、荷を小さくして宇宙船に持ち込むのは容易い。だから運搬では何ら問題はなかったが、いくらなんでも地球人に悪い気がしたのだ。
 そんな彼の心中を察したのか、男は安心させるように微笑む。大分落ち着いたようで、余裕が生まれてきている。
「ドイハ星という存在を私は知りませんが、地球と友好関係を結ぶいい機会ではないでしょうか。世界のためになることでしたら、協力は惜しみませんよ」
 友好関係など絶対に結ばれないだろうし、地球のためにもなることもない。少しばかり良心は痛んだが、それ以上の歓喜の念に罪悪感は打ち消された。
 製品化するにもギュウニュウの成分調査をするにも、申し分のない量。これならば社長を始めとした幹部たちも、文句は言わないだろう。
 命拾いをした安堵に浸っていると、タイマーが時を知らせた。残り時間、十五分。

925 名前:不祥事(4/4) ◆dx10HbTEQg 投稿日:2007/01/28(日) 23:27:26.35 ID:lth/aBQv0
 懐中電灯に似た道具で山積みのギュウニュウに光を当て、小さくする。宇宙船への積み込み作業は地球人が手伝ってくれた。
 その親切さに、ジフの瞳には涙さえ浮かんだ。地球人と本格的に交流する提案を故郷でしたら、皆はどんな反応をするだろうか。こんな素晴らしい生物は、
ドイハ星にも存在しないと思った。
 残り時間五分。別れを惜しみながら、ジフは地球を飛び立った。
 何度も何度も感謝の言葉を告げながら。



 命拾いをした安堵に浸りながら、男は宇宙船の消えた場所を呆けたように眺めていた。
 今の出来事は夢だったのだろうか。急に不安になって倉庫に戻ると、大量の在庫は確かになくなっていた。
 じわじわと、何かがこみ上げてくる。それは微笑みを形取って、男の顔を占領した。
「ああ、よかった……」
 牛乳はなくなった。証拠はなくなったのだ。
 会社が危機に陥っていることに変わりはないが、確固とした証拠を掴まれてしまえばもはや取り返しはつかなかったのだ。
「これで立ち入り検査を乗り越えられる」
 なあ、ペコ?
 愛娘に対するような眼差しで、腕に抱いた会社のマスコットキャラクターに男は微笑んだ。人形は、相変わらずの無邪気な微笑を湛えている。
 一人と一体の足の間をネズミが駆け抜け、ちゅうと鳴いた。





<いっちごさっけえどっぺん甘酒沸いたら飲んどくれ辛酒沸いたら飲んどくれ つけながしょんだら噛んどくれ>



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