【 レプリカゾク 】
◆zS3MCsRvy2




913 名前:レプリカゾク1-5 ◆zS3MCsRvy2 投稿日:2007/01/28(日) 23:17:12.63 ID:wd8HryBt0
 ザ・普通でおなじみであります、佐藤の姓を授かった佐藤進こと俺は、バイトからの帰路を急いでいたところ、自分の部屋の前に誰かがいることに気がついた。
 そのとき声をかけてしまったことで、五分後の俺はひどく後悔することになる。
「どうです、ここはひとつ、この義妹めをレンタルされてみては?」
 童顔の少女は、屈託の無い笑みを浮かべながら、とんでもない妄言を口走った。
 少女の名前は優。バリバリ初対面。なのに、現在話してる場所が四畳半の俺の部屋、というのはどういうことなのだろうか。俺の悩みも露知らない優は、自身のことをレンタル家族の派遣員と名乗った。
 レンタル家族といえば、単身赴任のお父さんや、独り身の寂しい老人などをターゲットに、最近話題となりつつある職業のことである。
 レンタル家族の派遣員は、依頼主が望む理想の即席家族を演じ、短期もしくは長期間、一つ屋根の下で寝食を共にする。
 俺はこの手の方面の話題に明るくないが、大まかな流れはこれで間違いない。
 ただ問題点の一つに、現役小中高生を派遣員として起用していることがあり、国で議論となることもしばしば。
「どうですか、新井さん」
 俺は彼女に名前を尋ねられたとき、新井という偽名を使った。
「レンタル家族……悪い話ではないな」俺はコップをテーブルに置いて告げた。「帰れ」
「エー!」
「うち今お金ないネ」俺はアポストロフィーをずらして、微妙に小馬鹿にした口調で喋る。
「それならご安心を」気を害した様子もなく、優の顔は、パァーと光度を増して華やいだ。「ただいまお試し期間中でして、なんと一週間無料なのでーす!」
「ふーん……で?」俺は鼻の穴をほじる。
「え゛」優は日本語という壁を超越した、素っ頓狂な声を上げた。「む、無料ですよーぅ?」
「んー、別に家族とかいらないしなあ」俺はケツの穴を掻く。
「な、何故?」
「フ……いくらアンタでも、そいつぁ言えねぇよ。大人の事情って奴さ。話したらお嬢ちゃんにも危害が及んじまう……」
 ぶっちゃけ何も無い。
「つーわけで、とりあえずそのお茶飲んだら帰れや」
「ヤダ!」
「なんとーっ!?」今度は俺が驚かされる番だった。「ヤダではない! 出て行け!」
 少女の矮躯を小脇に抱えて玄関まで運んでいくが、じたばた暴れるものだから、もつれ合って玄関に倒れてしまう。
 ちょうど俺が優を押し倒すような形になった。優は「いや! やめて!」と服を乱して叫んでいた。俺は「く、くそっ、大人しくしやがれ!」と鼻息を荒くして言った。お隣さんが白い目で玄関前を通過した。
「ふふふ……これでもう後戻りはできなくなりましたね……」優は腹黒い声で言って、ほくそ笑んだ。
 そして、嬉々と部屋に上がると、カレンダーに期日の赤丸を書きはじめる。
 その光景を目の当たりにした俺は、もう滅んじゃえよこんな世界、などと全力で呪いながら気を失った。

915 名前:レプリカゾク2-5 ◆zS3MCsRvy2 投稿日:2007/01/28(日) 23:18:33.45 ID:wd8HryBt0
「本日付で義妹となります優です。よろしくお願いしますね、新井さん」朝食の席で優は恭しく礼をした。
「……お前、まるで家族する気ねぇな?」
「はい?」優はまるで気づいていない。首をかしげている。苗字で呼び合う家族って、どんなだ。
しかし、この優とかいうメスは「ご飯冷めちゃいますよ?」とすっかり、この部屋の一員のつもりらしい。家主としてここらで釘の一本でも打っておく必要があるだろう。うん、なんたって家主だし。
「いいかあコラ、よく聞け、このメスガキャあ。耳かっぽじってよく聞けやあ」ドスを利かせて、無理やり威厳をかもし出す。「飯はうまく作れ、俺より早く寝るな、常に綺麗でいろ!」
「はい、飯はうまく作ります! 新井さんより早く寝ません! 常に綺麗でいます!」
「たいした自信家さんやんけー! アアーン!? アアーン!?」
「ご飯食べないなら片付けますよ」
「ああーん。食べる食べるー」
 こうして俺たちの期限付き家族関係は幕を開けた。
 それからの俺を駆け足で語ろう。
 寝転がっていると掃除だから邪魔だとどけられ。料理を手伝おうとすれば邪魔だとどけられ。生きていると邪魔だとどけられ。……どけられてばっかだけど、俺生きてる意味あんのかな。
 優は妹というより、母親寄りだった。そんな態度が生意気だったから、弄り続けた。一日にスカートをめくり五十回の記録を打ち立てた。晩飯を抜かれた。チクショウ。
 けれど、これはいったい何なのか。空気がどこか温かい。夏とはまた違った趣がある。
 そういえば、こうして家族というものを身近に感じるのはいつ振りだろう、と思い返してみると、それは物心がつく前後のことだ。親父とのわずかばかりの時間。とても楽しいとは言いがたかったが、独りではなかった。
 ――もう少しばかり、この時間に浸っていたい。
「………?」
 はてさて。夢を見ていた気がするが、思い出せない。隣に座っていた優が、俺が目を覚ましたことに気づいたらしく、やんわりと笑みを湛えた。
「新井さん、夕食は何食べたいですか?」
夕食。……そうか、もうそんな時間か。お腹減ったんだ。だからこんなにも、俺は泣きそうになっている。
「に、にく……、肉だ、肉をよこせ……、俺の肉体は血肉を所望している、そう肉だ肉さえあれば……!」俺は禁断症状にもがき苦しんだ。
 優は苦笑いをして頷いてくれた。それでまた泣き出しそうになる。嗚呼、畜生、腹が減ったなあ……。
 最近は曜日感覚が希薄になる。加速するはずのない砂時計が、スピードを上げていく。俺は盲目になっていた。そういう時は決まって、結末に近づくにつれ宿題が山積みとなるのだ。
「それじゃあ、買出し行ってきます」財布を持った優は元気よく外に飛び出していった。
 しかし、それから十分と経たないうちに、ドアがノックされた。異様に早い。世界新も夢ではない。
 忘れ物でもしたのだろう、と思った俺は注意を怠り、ドアの向こうにいる人物を確かめることも無く扉を開放した。
 そしてこの日、俺は優という少女を初めて知ることになった。
 夕食の席。ヒレカツだった。やわらかい。そして団欒。優が笑っている。温かい。だからもう俺は限界だった。これ以上、演じることができなかった。
「そうそう夕方さ、優が居ないときだ、客が来たんだ」俺は箸を置いて、切り出した。「お前、施設から逃げ出したんだってな」

226 名前:レプリカゾク3-5 ◆zS3MCsRvy2 投稿日:07/01/28 23:27:53 ID:KP84/EK1
 優は児童養護施設の児童だった。そこで虐めを受けたらしい。んで先週、ついに耐え切れなくて脱走。当てがあるはずも無い優はレンタル家族派遣員を装って、俺の部屋に転がり込んできたのだという。
「怒ってます?」すべてを告白した優は恐る恐る訊いてきた。
「………」
 驚いたことに、俺は怒っているみたいだ。不自然な苛立ちを覚えている。
 これまでの人生で、騙されることはしょっちゅうあった。
 だから、今回も笑って許せば済むことで、四畳半に渦巻く気まずい雰囲気も吹き飛ぶというのに。
 そうしようと心に決めて、口をついて出た言葉は裏腹。
「信じても、どうせ奪われるとわかってたよ」俺の言葉で、優の顔がいっそう歪み、蒼く翳る。
「あ、あの」
「もう寝ろ」俺は優が何か言い出す前に、電気を消した。
 夜も更けて午前一時。ぼーっ、と窓を通して長方形の星空を呆けながら見つめていた。
 まさか、自分が先ほどみたいな未成年の主張をする思春期ガイだったとは……。びっくらこいた。
 自己の枠を大きく逸脱した行為に頭を抱えていると、目の前の毛布がもぞもぞと動き出す。
「あの、新井さん」優は背をこちらに向けて、半べその声で呼びかける。「新井さん新井さん新井さん新井さん……」
 ……新井うるさい!
「はい、佐藤ですが」本名で応対。
「あっ、偽名! 偽名来た!」ごろりと優がこちらを向く。泣きそうな笑顔だった。「あのですねぇ、佐藤なんて世界七大都市伝説ですよ。現存する訳ないじゃないですか」
 どんだけ幻獣化されてんだよ、佐藤。
「んで……、なんの前フリだ」俺は黙秘を諦めて、話を振ってやった。
「悪魔の証明」優は意味不明な単語を持ち出してきた。「知ってます?」
「知らん」即答する。
「えーと、あるものをあると証明することはできるけど、無いものを無いと証明するのは不可能なんだそうですよ」優の脈絡の無い声が帳の皮相に綴られていく。「どういう意味です?」
「お前が訊くなよ!」
「嘘です嘘。つまり見えないけど、何処かにあるかもしれない……ってことで。それって可能性じゃないですか。掛け替えないものだと思うんです。無いものが本当に無いとするなら、きっと耐えられません」
 語り終えたらしい。優は大きく息継ぎをした。「意味不明なこと語ってすいませんでした。寝ますね」
「その前に一つ質問」俺は何気なく頭に浮かんだことを訊ねた。「なんで俺?」
 数秒間の沈黙の後。
「ただの一目惚れです」優は恥ずかしげも無く、そんなことを口にした。
 その五分後には、健やかな寝息が周期的に流れてきた。どこまでもマイペースな奴だった。
 俺はといえば、意味不明の応酬に少々戸惑っていた。
「……類は友を呼ぶか」自然と零れた呟きは瞬く間に霧散し、俺は視線を窓のほうに移した。

227 名前:レプリカゾク4-5 ◆zS3MCsRvy2 投稿日:07/01/28 23:28:44 ID:KP84/EK1
 朝。目覚めると優の姿は無かった。代わりに、俺の体には優の使ってた毛布がかけられていた。それだけでわかった。
 カレンダーを見ると今日の日付に赤丸が踊っている。今日は、レンタル家族の返却日だったのだ。

 『新井さんへ』
 意外としっかりとした文字でしたためられた封筒が、テーブルの上にぽつんと鎮座している。中を検めると、詫びの言葉が延々と綴られた手紙と紙幣が数枚入っていた。
 新井。
 俺がよく使う偽名。
 嘘を表す、“a lie”とかけた言葉遊び。
 奇しくも、今回の擬似家族には持って来いだったわけだ。
 新井と偽妹が過ごした、奇妙な一週間生活。
 嘘偽りで繋ぎ止められた、偽者同士の絆。
 ある筈も無いのに。
 だけど、無いということは、何者にも切断できないということでもある。皮肉にも、無線だからこそ持ち得た、絆の強度。無いけど、何処かにあるかもしれない可能性。
 関係ないと割りきっていたはずなのに。それでも嘘をつかれると裏切られた気がするのは、脆かろうと、知覚できる他者との繋がりを欲する証拠だ。
 ……なるほど。
「…………はああぁ」
 レンタル家族が問題となったもう一つの理由。今なら、誰よりも親身に理解できる。
 それは家族という温もりを知ってしまうことで起こる。
 ――依存症。
「ぁぁぁぁぁ……」
 ようは、とんでもない寂しがり屋だったのだ、俺は。
 大発見……というのは嘘で、直視してやれなかったけど、お前はいつも目障りだったから。気づいてたよ、とっくの前に。
「…………ぁ」
 ごめんな。また俺のせいで、一人ぼっちになっちまったわ。
 深く息を吸い込む。
「――――ッ!!」
 いつぶりだろう。俺は誰かに遠慮することなく、声を張り上げて泣いた。
 そして、夢を見た。
 題名。
 佐藤進のこれまでの歩み――。

228 名前:レプリカゾク5-5 ◆zS3MCsRvy2 投稿日:07/01/28 23:29:44 ID:KP84/EK1
 初めてつけられた名前は人殺し。
 母親が俺の出産がきっかけで亡くなったため、父親にはそう呼ばれた。
 彼は情緒不安定だった。唐突に切れて、罵ったかと思うと俺に平謝りした。自殺もまた突然のことだった。
 残された俺はというと、児童養護施設――通称、孤児院――に高校卒業まで収容されることになる。
 目立たなければ、普通に生きることはできるだろう。そんな驕りが甘えを生み、ミス犯した。
 或る日のこと。ポークカレーにゴミと羽虫が混入された。
 どうやら知らず知らずのうちに、彼らの敷いたタブーを踏んでしまったらしい。
 攻撃の始まり。
 誰かが犯した罪の在り処は、常に多数派の証言に預けられた。
『あの子がやった』、『私も見てた』、『信じられない』
 などなど。
『死ねば?』
 三文字!?
 キツイね。
 勿論、素敵なオプションとして暴力がついてきた。虐待の基本は、跡を残さぬように、やさしく。少年少女の純粋な悪意は、何にも勝って恐ろしい。
 当時、賢しいガキだった俺は妙に冷静に分析して、結論に達した。
 孤児院は、友達を作るところではなかったということだ。
 退所の日。二度と辿ることはないであろう並木道を闊歩する俺は、施設を一度だけ振り返った。
 子供たちの入った大きな段ボール箱には、こう銘打たれていた。
 ――子猫拾ってください。

 目を覚ますと、空はすでに茜色に染まっていた。とろけきった思考、辺りの騒音とは相反し、心は異様に静まり返っている。背後に気配を感じた。
 毎日鏡の前で見かける顔。寂しがり屋の俺をコケにする、ソイツの空虚な眼差しは、相変わらずどうせ無駄だと斜に構えている。
 ……なんだか知らないけどさあ。
「何も知らないガキのくせに、知った風して気取ってんじゃねえよ!!」
 目覚めの悪さも加担し、無性に頭にきていた。
 おし、と決意を固める。
 誤りは謝って正さねば。
 あなたに、伝えたいことがあります。
 封筒を引っ掴むと、俺は部屋を飛び出した。




998 名前: ◆BNSK/DqMrY 投稿日:2007/01/29(月) 00:35:51.14 ID:jB4+HTnw0
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