【 手のひらのダンス・ホール 】
◆/7C0zzoEsE




879 名前:ダンス・ホール (1/5) ◆/7C0zzoEsE 投稿日:2007/01/28(日) 22:42:57.62 ID:6KrU3YQv0
 嘘の名人が死んだ。
 彼の嘘は誰も喜ばせることが無く、
その口先一つで食い扶持を稼いでいた。つまりは詐欺師。 
 目が覚めると、そこは赤、もしくは黒で染められた世界。
不気味な泣き声。亡者達の悲鳴の聖歌。
何一つ違い無い、本当の地獄絵図であった。
 信仰心とはまるで結びつかない彼は、
死後の世界に納得し難く、今の自分の状況に目を疑った。
「生前では、ろくな事をしておらんの、お主は」
 山ほどある大男の、大地を揺るがすような声で我にかえる。
腹の奥底まで響き渡り、男は身震いしていた。
「一般人を騙して、金を奪い取るなどの数々の非道。
その罪許され難き。貴様の舌、引っこ抜いてやろう」
 ご丁寧にも大男の冠には『閻魔大王』と記されていて、男の深層心理に絶望を与える。
手を仰ぐと、体中真っ赤な異形が現れた。
 彼はこれを知っている。現世では鬼と伝えられていた。
「赤鬼、この男の処分を任せる」
 体中真っ赤な鬼は勢い良く返事すると、
どこからともなくペンチに似たものを取り出す。
詐欺師の腕を掴んで、閻魔の前から引きずり去った。

 何分ほどか歩き続けて、詐欺師が話しかける。
「赤鬼さん、赤鬼さん。一体どこへ行くのですか」
「お前の舌を引っこ抜きに行くのよ」 
「死んでいるのに、痛いのですか」
「さあな、処された奴は喋れないからな」
 だが目一杯に涙を浮かべているな、と赤鬼は笑った。
 詐欺師はどこか虚ろな目をしながら、歩き続けた。
彼の視界に何か奇妙な物体が映る。何かが忙しそうに歩き回っている。
それを見て、どこか懐かしさを覚える。

880 名前:品評回用 手のひらのダンス・ホール (2/5) ◆/7C0zzoEsE 投稿日:2007/01/28(日) 22:43:40.60 ID:6KrU3YQv0
「赤鬼さん、あれは何ですか?」
 赤鬼は鬱陶しそうに返事する。
「あれは、生前に悪事を行った亡者よ。生前の罪の
償いのために、地獄で雑用でもしているんだろう」
「興味深いですね、少し眺めてきても良いですか」
 赤鬼が拒否しようとした瞬間、どこからか音楽が流れた。
陽気な音では決してなく、耳をつんざくような、それ。
 鬼は下着に手を突っ込み、携帯を取り出した。
 片手で二本の指を立てる。鬼は、二分の時間を男に与えた。
同時に、逃げたら殺す、とも言った。
 詐欺師は、物珍しそうに景色を眺め、亡者と会話し、地獄を堪能する。
そうしている間に、鬼は携帯を閉じて、また詐欺師を呼び戻す。
「どなたからだったんです?」
「お袋からだ……」
 言った後すぐに、口に手を当て後悔する。どこか、人間臭い赤鬼だった。
鬼は行くぞと叫んで、男を連れて再び歩き続ける。
 しばらくすると、辺り一面血にまみれた場所が現れた。
赤鬼は男を座らせて言葉をかける。
「さあ、何か言っておきたい事はあるか」
 詐欺師はほんの一瞬顔を青くして、顎を引いた。
目線を下に落として、何か考えふける。
「舌を引っこ抜かれるのは、一向にかまわないのですがね……」
 彼は赤鬼と視線を合わせた。彼は続ける。
「ただ、私にもお袋がいましてね。私の歌が大好きなのですよ。
なにせ、目が見えないものですから。
あの世で会えても歌えないのは、どうにも親不孝でね。
それがたまらなく悲しいのですよ」

881 名前:品評回用 手のひらのダンス・ホール (3/5) ◆/7C0zzoEsE 投稿日:2007/01/28(日) 22:44:22.22 ID:6KrU3YQv0
 明後日の方向を見つめながら男が言い終えた。
赤鬼はしばらく彼を睨んでいた。
彼の持つ、ペンチが震えているかと思うと、
急にぶわっと泣き出した。大粒の涙を流しながら、
来た道を戻り、閻魔に懇願した。
「閻魔様、閻魔大王様。私にはこの男の舌を引く抜くことができません。
ええ、どうしてもできません。本当に申し訳ありません」
 閻魔が問い詰めても、彼は断固として首を横に振るので、
赤鬼はどこかへ引き下げられていく。
 彼は、詐欺師に一言呟いた。
「お袋さんを大切にな」
詐欺師は、胸に手を当てお辞儀した。

 間もなく全身真っ青の鬼が呼び出された。
またか、と詐欺師はため息をつく。
「青鬼よ、この男の舌引っこ抜いてまいれ」
 閻魔が命令すると、青鬼は同じように男を引っ張って歩いた。
赤鬼の時よりもやや乱暴に。
 歩く途中鬼が言った。
「赤鬼は、情に流されて諦めたらしいがな。
鬼にそんなものを期待するな。俺にはろくな家族もいないからな。
貴様みたいに可愛くないもの、興味もわかんわ」
 詐欺師はどこか違和感を感じたが、何も言わずについていく。
先程と同じ場所に辿りつくと、青鬼が嬉しそうに口元を歪めて言う。
「さあ、お前の舌に別れの挨拶でもあるか?」
 詐欺師はここぞとばかりに話し出した。
「舌に何の未練もありませんがね……」

882 名前:品評回用 手のひらのダンス・ホール (4/5) ◆/7C0zzoEsE 投稿日:2007/01/28(日) 22:44:44.10 ID:6KrU3YQv0
 青鬼が不審そうな顔をする。
「私は馬鹿な猫を一匹飼っておりましてね、
私がいないと何も出来ないような奴なのですよ。
あいつが私の墓の前で泣いているのを想像しますとね……。
化けて出てでも、別れの言葉を言えないと心残りなのですよ」
 男が言い切ると、鬼は呆気にとられたような顔をした。
次第に表情は崩れていき、大粒の涙を目に浮かべて呟く。
「俺もさ……生前に猫、飼っていたんだよ」
 そう泣き崩れて、閻魔の元へ舞い戻った。
閻魔は呆れ果てていた。

「貴様は、口先一つでたぶらかしていく。かくなる上は、
わしが自ら引っこ抜いてやるわ!」
 閻魔が詐欺師の舌に手をかけた。
彼が目を瞑って観念したかのように思われた、その時。
「閻魔様! その男を処してはなりませぬ」
 小柄な亡者が閻魔の前に飛び出て行く。
「今度は何じゃ」
 閻魔が面倒そうに声をかける。
「その男が、悪質に金を稼いでいた者のみに
詐欺を働いていた事が分かりました。獄法百八条、
『懲悪のための悪事は保留』に属していると思われます」
 甲高い声で、亡者が言い切った。
「もう一度転生させる事で執行猶予を与えましょう。
後の処理は私に」
 閻魔は歯軋りをしながら、
「勝手にせい」
 と、詐欺師を投げ出す。
彼の前から去っていく詐欺師を見つめながら呟いた。
「あの男は地獄でも持て余すわい……」

883 名前:品評回用 手のひらのダンス・ホール (5/5) ◆/7C0zzoEsE 投稿日:2007/01/28(日) 22:45:10.11 ID:6KrU3YQv0
 二人は光の指す方へ近づいていく。
「いやあ。酷い目にあった。持つべきは悪友だよな」
 詐欺師が伸びをしつつ、話しかけた。
傍には先程の亡者が、彼と並んで歩いていた。
詐欺師は、目尻に皺を寄せて続ける。
「お前の姿を見たときは驚いたよ、ろくなことしなかったとは
聞いていたが、まさか地獄にいるなんてな」
「全く、冗談じゃないよ」
 彼らは兄弟が如く、楽しそうに歩いてた。
「舌を抜かれるなんてたまったもんじゃないよな」
「全く、生前は義賊だったなんて言っちゃって。
ただ単に、脱税して懐の暖かい所を狙ってただけじゃないか。
稼ぎは私欲の為にしか使わないくせに。
証拠を色々、隠蔽するのも楽じゃないのに」
 すまないな、と詐欺師は礼を言った。

 地獄の出口の案内を終えて、別れを告げる。
詐欺師は何歩か歩き、後ろを向き直したとき。
「しかし……。地獄の住人に嘘つく男なんて、後にも先にも君だけじゃないか」
 亡者が、そう言葉を漏らした。
 詐欺師はぺろっと、舌を出す。
「これさえあれば、どこでも、誰でも、騙してやるよ」
 そう言いながら、手を振って、光に向かい歩き続けた。    


                   (了)



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