【 いい国つくろう 】
◆BsiDcPBmpY




779 名前:いい国つくろう(1/5) ◆BsiDcPBmpY 投稿日:2007/01/28(日) 19:57:56.06 ID:m9kN9m6rO
「まーたやってるよ」

蕎麦屋できつね蕎麦をすすっていると、
カウンターの隣で煙草を吸っていた同僚がぼんやりとした声で呟いた。
同僚の視線を横目で追うと、何やらテレビに写っている映像が妙に賑やかだ。
禿げ親父、ポマード臭そうな親父が取っ組み合いながら罵りあい、
つり目と化粧がキツいおばさんと、目、頬、腹の垂れたおばさんがヒステリックな声で野次を飛ばしていた。
「国会かあ……」
私が同僚と同じくぼんやりした声で答え、丼のおつゆをすすった。
ダシの香ばしい匂いが、実に食欲をそそる。

780 名前:いい国つくろう(2/4)品評会用 ◆BsiDcPBmpY 投稿日:2007/01/28(日) 19:59:23.15 ID:m9kN9m6rO
政治家に“嘘がつけない薬”の日常的な服用が義務付けられて、半年が経とうとしていた。
この画期的な薬は、開発された当初こそ、
『これはこの国の政治を変える!』と期待されたものの、実際の効果の程は甚だ疑問である。
丁度その時期に選挙が重なったのだが、街道演説も政見放送も皆、
「いい国つくろう」
「他の候補者じゃ駄目だ、是非とも私に票を」
「政治献金うめえ」
などと当たり障りのないことしか言わないのだ。
私の印象に残っている唯一の候補者は、街道演説中に握手を求めた車椅子の知的障害者に対して、
「手ェ洗ってんだろうな、知障」と拡声器で駅前ロータリー中に声を響かせた人物だけである。因みに彼は三桁の得票もなく落選だった。
外交、軍事、突発的な災害の対応などについては、今となっては一般市民には完全に情報が伏せられている。
担当官が会見を開いても、
「ノーコメントで」
「問題はありません」
「トイレ行きたいんだけど」
と、全く要領を得ない。
とある会見中に、我々の知る権利はどこに行った、と叫んだ記者が、
後日入念に焼かれた上でコンクリート詰めのバラバラ死体となって、首都圏にある雪山に埋められていたのは有名な話である。

781 名前:いい国つくろう(3/4)品評会用 ◆BsiDcPBmpY 投稿日:2007/01/28(日) 19:59:47.45 ID:m9kN9m6rO
「バカで良かったよ。俺らみたいなドカタは政治家なんてなりたくてもなれないからな」

同僚が笑いながら言う。
私は丼に残った油揚げを一口で食べると、強く頷いた。

「そうだな。美味い蕎麦を、薬なんか飲まなくても美味いと言えるだけ、我々は幸せなのかもしれない」

互いにひとしきり笑い合うと、我々は勘定を払って店を出た。


「――やっぱり変わりませんでしたね」
白衣を着た青年が、頬杖をつきながら言う。
テーブルの向かいに座る、一心不乱に蕎麦をすすっていた白衣の老人はその言葉に顔をあげた。

「口にするのが嘘だろうが真実だろうが、事実は変わらんからな」
そう言って箸を止め、短く整えられた顎髭についたつゆをハンカチで拭き取る。
「じゃあ、何であんな薬作ったんですか?」
呆れ顔で聞く青年に、老人はニヤリと笑って答える。
「世の中が政治に誠実さを求めるのだから仕方がない。私は彼らの希望に応えたまでだ」
「そんな無責任な……」

青年はテレビに目を向ける。
罵詈雑言、ペットボトル諸々が飛び交う国会は、正に阿鼻叫喚の図である。

782 名前:いい国つくろう(4/4)品評会用 ◆BsiDcPBmpY 投稿日:2007/01/28(日) 20:00:16.43 ID:m9kN9m6rO
「大事なのは結果だよ、結果。そういう意味ではやはり嘘も方便だ。結果に至るまでの道程を進み易くする為のな。
 おい、親父。ここの蕎麦は相変わらずいつ食っても不味いな」
老人が厨房の店主に言うと、店主は苦笑して頭を下げる。
青年は首を横に振り、溜め息混じりに呟く。

「もう何年もこの店に通ってるじゃないですか……」

―了―



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