【 その言葉はきっと 】
◆XZR4PorkUs




705 名前:その言葉はきっと1/5 ◆XZR4PorkUs 投稿日:2007/01/28(日) 15:14:59.40 ID:VEvHWiuS0
 暖かいようで冷たい風が気持ちよい。
 木の葉が色とりどりに彩られる季節。そして夕方という幻想的な時間。
 沢山の広葉樹の並ぶ並木道を進むため自転車のペダルを踏む足の速度が、思わずゆっくりになってしまうのも仕方ないといえるだろう。
 なにせ、世界はこんなにも美しいのだから。
「って、そんなわけねーっつうの」
 現実逃避終了。
 本当は風も鬱陶しいし、こんな時間から再び学校に行かなければならないと思えば、自然と足も重くなろうというものだ。
「面倒くせーなーもう」
 更にその理由が、月曜日が提出期限の課題を忘れたから取りに行くというのだからもう最悪だ。
 メールで友人が教えてくたからよかったものの、それがなければ気付かなかっただろう。
「朝か帰りかしらねーが、SHRのときに言うなよな・・・・・・」
 漸く近くに見えてきた学校に一瞥をくれて、いつもその時間寝ている自分を棚に上げて愚痴を呟く俺なのであった。

706 名前:その言葉はきっと2/5 ◆XZR4PorkUs 投稿日:2007/01/28(日) 15:16:02.30 ID:VEvHWiuS0
 教室の扉を開くと、そこは異世界でした。
 まさにそんな感じだった。
 開いた窓。そこから吹き込む風にたなびくカーテン。そして、窓際の席に存在する夕日の朱に染められた女性。
 神秘的で、幻想的で、何より綺麗で。時が止まったように感じた。
「え?」
 彼女が俺に気付いたのはすぐで、俺が眺めていたのはきっと数秒にも満たない短い間。
「えーっと、え? いつからいたのかな?」
 呆けたように立ったままの俺に、彼女は焦り始めた。そりゃそうだろう、長時間じっと見られていたと知ったら相手が誰であれ、びびる。
 その言葉で意識を回復させ、
「今来たとこだよ。てか、佐倉こそ何でこんな時間にいるんだよ」
 自分で言っていて思った、俺が言うか。
「課題・・・・・・。今日、提出しようと思ってやってたの」
「それって来週が期限だろ? 明日明後日と休みなんだし、別に学校でやることないじゃん。部活やってたっけ?」
「ううん。でも、もう少しだから」
 少し照れくさそうに、はにかみながら。

707 名前:その言葉はきっと3/5 ◆XZR4PorkUs 投稿日:2007/01/28(日) 15:16:35.61 ID:VEvHWiuS0
「ふぅん。俺はその課題を忘れて取りに来たんだけどな」
へぇ、と納得してくれた。どうやら体操服を盗みに来た変態とは思われなかったようで何よりだ。いや、マジでそんなことしないけどさ。
「んー、数学苦手だからさ、終わるまででいいから一緒にやってていいか? いくつかわかんない問題もあるだろうし」
 そういったのは何故だろう。今までほとんど話した事もなかったというのに、このまま帰ってしまうことが躊躇われた。
「私もそこまで得意じゃないけど、それでもよかったら」
 お許しがでたので隣の席に座り、俺も佐倉も黙々と解きはじめる。
 何の会話もなく、さっき言った教えてくれ発言はなんだったのかと思う。口実だからいいんだけどさ。
「ふぅ」
 小一時間経ったころだろうか、彼女がシャーペンを置いた。
「終わった?」
「うん、終わったよ。キミが来るまではボーっとしている時間のほうが長かったんだけど、一緒にやりはじめてからとってもはかどったよ」
「それは俺と早く別れたかったからか?」
「なっ! なんでそんなこというかな!?」
 まったくもー、とふくれてみせる。
「私はこれ提出して帰るけど、どうする?」
「じゃあ、俺も帰るかな」
 共に立ち上がって、職員室に向かう。すでに夕日は沈んでいた。
「今日はありがとう」
「ありがとうって、特に礼を言われるようなことはしてないんだけどな」
「そんなことないよ。とっても嬉しかった」
「よくわからんが、どういたしまして。じゃあ、またな」
「うん・・・・・・。うん、またね。本当に今日はありがとう」
「はいはいどういたしまして」
 職員室の前で別れる。
「またねっ!」
 最後の言葉に彼女のほうは向かず、手だけを振って応える。少し歩いてから、なんとなく振り返ったが、既に彼女の姿はなかった。

708 名前:その言葉はきっと4/5 ◆XZR4PorkUs 投稿日:2007/01/28(日) 15:16:58.53 ID:VEvHWiuS0
 月曜日。
 結局あれから家では昨日の夜まで全く手をつけず、焦ったのは多分いい思い出。今眠くなければ、という条件がつくのは当然のことだが。
 半分寝ながらSHRを受けていると、教室がちょっとどよめいた。目をこすりながら隣の席のやつに何があったのかを聞く。
「何があったん?」
「佐倉が転校したんだって」
「は?」
「テ・ン・コー。急だよなぁ」
 何? 転校ってどういうこと?意味わかんないんだけど。
 混乱のうちにSHRは終わりを告げた。
 机に再び突っ伏し、落ち着いて冷静に考えてみよう。考えることなど何もないのに、考えようとしているところが落ち着いていないことには気付かない振り。
「あー」
 そっか、だからか。
「だからあいつは昨日のうちに出しておきたかったのか」
 もうここに来ることがないことをわかっていたから。
「だからあいつはわざわざ学校でやっていたのか」
 最後に夕日で学校を目に焼き付けるために。
「だからあいつは最後にありがとうって言ったのか」
 最後の時を一緒に過ごした俺に。
「だから俺はあの時何も言えなかったのか」
 夕日に染まった彼女を美しく感じたから。
「だから俺は最後に振り返ってしまったのか」
 俺は昨日、彼女に恋をしてしまったからなのか。

709 名前:その言葉はきっと5/5 ◆XZR4PorkUs 投稿日:2007/01/28(日) 15:18:58.67 ID:VEvHWiuS0
 気付くと無性に腹が立ってきた。
 またね? お前どっかに行っちゃったじゃん。またなんてないじゃん。
 とりあえず意味なく机を殴りつけてみた。手が痛かった。でもそのおかげで、周囲の視線と冷静さをゲット。
 もう一度考えてみる。彼女が「またね」と言ったとき、嘘をつこうとしていたのだろうか?
 いや、そんなこと関係ないか。俺がどうかなのだ。
 俺は佐倉に嘘をつかせたくない。だから、きっと俺たちはまたいつか出会う。
 それだけでいいんじゃね?
 またねって言葉はきっと、嘘にはしないし、してやらない。
 遅い初恋、きっと叶えてやる。



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