【 委員長の犬 】
◆mldFCEmIiM




194 名前:【品評会】委員長の犬 1/5 ◆mldFCEmIiM 投稿日:07/01/28 01:25:50 ID:EYwcwRU2
 空は雨模様。
 道路の端っこに小川ができる位の雨量で、傘を持ってない奴は朝の自分を呪っている事
だろう。けど、傘を持ってる俺は濡れる心配は無い。

 人通りの少ない裏道。
 道端に菅原ミホが深刻そうな表情で、傘もささずにしゃがみ込んでいた。
 菅原はいつもニコニコしているイメージで、何事も器用にこなす、うちのクラスの委員長だ。
 傘をさしていない事よりも、その普段見た事ない表情が気になった。
「あ、委員長。何してんの?」
 俺はできるだけフレンドリーに話かけてみた、が反応は無かった。
 聞こえてない? すぐ隣まで移動し、しゃがんだ上でもう一度呼んでみる。
「おーい」
「……あれ? 佐藤君だ。何してるの?」
「いや、それは俺が先に聞いたんだけどさ」
「そうなの? ごめん。ちょっとこの犬が可哀想で……さ」
 菅原はそう言うと目の前にあったダンボール箱を指差した。
 その中にいたのは、子犬だった。柴犬だろうか?

 俺は子犬と菅原が濡れないように傘を持ち直した。もちろん俺も濡れないようにしつつ。
「あ、ありがとう」
「いや、お礼言われる程の事はしてないと思うけど」
 俺がそう言うと、菅原は黙ったまま制服のブレザーの右のポケットに手を入れた。
 出て来たのは小さいビニールの袋だった。ジップロックだっけ?
「ちょっと、手出してくれる?」
 俺が左手を出すと、ビニール袋の中身が零される。ドッグフードだった。
「待って。もしかして、この犬に食わせろって事?」
「だめ?」
 その声のトーンは強く俺の良心に訴えかけてきた。しかし、
「ごめん俺、犬苦手」
 しょうがないのでダンボールの中にパラパラ落とした。

195 名前:【品評会】委員長の犬 2/5 ◆mldFCEmIiM 投稿日:07/01/28 01:26:33 ID:EYwcwRU2
 子犬がドッグフードを食べ終えるまで、俺と菅原は黙って眺めていた。
「どうすんの? この犬」
「佐藤君は、やっぱり飼えないよね……」 
 もし俺が犬が苦手でなければ、自ら率先して飼ってしまいそうな悲しげな目で俺を見る。
「ごめん。嫌いでは無いんだけど。アレルギーってやつでさ」

 結局、菅原の家も飼えないという事で、子犬は置いていく事にした。
 それにしても菅原なら、子犬の飼い主になってくれる人を探すぐらいする、と思ったんだけど。
 まあ、俺はこれ以上巻き込まれるの嫌だったから黙ってた。アレルギーってのも嘘だし。


 翌日の昼休み。快晴。
 校内に犬が入って来た、ということでちょっとした騒ぎになった。
 もちろん、昨日の子犬ではない。かなり大きい、目の血走った犬だった。

 生徒だけではなく、教師達もその犬に近づこうとしない。一階の昇降口前は騒然としていた。
 まあ、俺もその近づけない生徒の一人だったんだけど。
 そんな中、どこからともなく現われた菅原は、怯むそぶりも見せず犬に近づいて行った。
 ざわざわしていた生徒や教師が静かになった。聞こえるのは犬の喉を鳴らす声と、菅原の足音だけ。
 今にも菅原に襲いかかりそうな犬の様子に教師は止めに入ろうとする。その教師達を菅原が止める。
「大丈夫です」
 そう言うと、菅原は犬しゃがみ込み、ポケットに手を入れた。

 数分後。犬は大人しく外に連れて行かれた。
 誰も気付いてはいない、というか俺もよく見えなかったけど、たぶん菅原はポケットからドックフ
ードを出していた。昨日の子犬にでもあげるつもりだったのだろうか。

 教室に戻ると、俺より先に戻って来ていた菅原の周りに人が集まっていた。
「さすが、委員長。なんでも上手くこなすよねぇ」
「ミホ、犬大好きだしね。なんであんなに初対面の犬にも好かれるの?」


196 名前:【品評会】委員長の犬 3/5 ◆mldFCEmIiM 投稿日:07/01/28 01:26:59 ID:EYwcwRU2
「それにあんな大きい狂暴そうな犬、先生でも怖がってたのに」
 菅原はいつも通りニコニコして話していた。
 

「そういえばミホ、ココアは元気にしてる?」
 バレー部の横井がそう行った瞬間、菅原の表情が一瞬固まった気がした。
「もちろん! だって昨日もらったばっかりじゃない」
 しかしそう答えた菅原の表情は自然そのものだった。
 聞こえてきた話によると、ココアは柴犬の子犬らしい。
 横井の知り合いの飼っていた柴犬が産んだ子供で、飼い主が見つからなかったところを、菅原が引き
取った、という話だった。
 柴犬の子犬、か。

 その日の放課後。
 昨日の雨が嘘のように今日は晴れている。
 朝はなんとなく避けたが、子犬の捨てられていた道を通ってみる事にした。
 ダンボール箱は変わらず置いてあった。しかし、それを覆うように傘も置いてある。
 やはり子犬も箱の中にいた。さらに、山盛りのドッグフードの皿と水を入れた皿が置かれていた。


 次の日の朝。霧雨。
 菅原がえらく早い時間に学校に来ている事を知っていた俺は、その時間に合わせて家を出た。
 学校に着き、教室に向かうと案の定、菅原しかいなかった。
「あれ? 佐藤君」
 心底驚いたように菅原は言った。
「ちょっと、話があるんだけどさ」
「なに?」
 スマイルを見せながらそう聞いてくるこの菅原が、そんなことをしたとは思いたくないが。
「違ったら、ごめん。あの子犬捨てたのって……」
「ちょっと、こっち来て」

197 名前:【品評会】委員長の犬 4/5 ◆mldFCEmIiM 投稿日:07/01/28 01:27:38 ID:EYwcwRU2
 俺は『もしかして菅原じゃない?』と続けようとしたが、冷たい声と表情の菅原に遮られた。

 こっち、とは屋上続く階段だった。
 この階段は、ほとんど人がいることは無いし、朝早くとなればなおさらだ。
「それで、なんの話だったかな?」
 さっきの表情と声が嘘のような、正反対の態度で俺を見下ろしながら菅原は言った。
 それが俺に確信を持たせたわけだけど。
「あの子犬を捨てたのは菅原?」
「だったら?」
 また一変。さっきの冷たい表情と声。
「なんでそんな事をしたのか、ってこと。あれ、貰った犬なんでしょ?」
「キャラクターを続けるため」
 キャラクター? 俺が問う前に菅原は話を続けた。
「いつバレるか、とは思ってたけどね。まさか佐藤君に見つかるとは」
「なんの、話?」
「あれ? まだ分かってないの? 私は元々委員長ってキャラじゃないし。全部演技」
 別に俺はそんな話をしに来たわけじゃない。
「人なんて五、六割ハッタリで生きてるようなもんだろ?」
「そう言ってもらえて安心した」
 そう言って、菅原は教室に戻ろうとする。

「待て。俺が聞きたいのはその事じゃない」
「あれ? そうなの?」
 俺より下の段にいる菅原は驚いた表情を見せた。しかし、さっきとは違う。見せかけの表情。
「さっきも言ったけど。なんで、貰った犬を捨てた?」
「犬、嫌いだから」
 どうでも良さそうに菅原は答えた。
「いや、それは嘘だ。犬嫌いな奴がわざわざポケットにドッグフードは入れておかない」
「ああ、それ」
 不敵に微笑み菅原は俺を睨みつけた。

198 名前:【品評会】委員長の犬 5/5 ◆mldFCEmIiM 投稿日:07/01/28 01:32:31 ID:EYwcwRU2
「犬に好かれるキャラを演じるためよ。あの柴犬を貰ったのもそのため」

「昨日の帰り、あの道を通ったら餌と水が置いてあった。しかも一日分、っていう量じゃなかった」
「それがどうしたの?」
 俺の言葉に動じもしない。俺の予想だとここでうろたえるはずだったのだけど。
「す、菅原が置いたんだろ?」
「何を根拠にそんなことを」
 自身満々に『根拠なんてあるはず無い』という感じ菅原は言った。
「右のポケット」
 菅原のポケットに入っていたドッグフードと、置いてあったドッグフードが一緒だった事。

「もう逃げきれない、か」 
 そういう菅原は涙目になっている。あれ? 俺が泣かせた?
「そうよ。私は犬大好きよ。でも、うちのママも佐藤君と同じ犬アレルギーで犬がダメでね。なんと
なく、言いずらいじゃない?」
 罪悪感。俺、犬アレルギーじゃないんだけど。ただの犬嫌い。
「そ、そんな事もあるよね、うん。あ、あと俺、本当は犬アレルギーじゃないんだ……」
「……佐藤君。嘘、ついたんだ」
 さっき教室で見せた冷たさ以上に殺気を持った表情と声で菅原は言った。
「ご、ごめん」
「言葉だけじゃ信じられないわ。そうだ、一つお願い聞いてくれる、って言うのはどう?」
「ま、まあ一つだけなら」

「ホント? 冗談で言ったのに。じゃあ、一週間私の命令を聞く、っていうのは?」
 それは一つのお願いと言えるのだろうか。
「一週間、お前の犬になれってか?」
 俺が皮肉を込めてそう言うと、菅原は今まで見たことない満面の笑みで答えた。
「私、犬は大好きよ?」



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