541 名前:ある部屋の偶像 ◆NIKKO.Rzcc 投稿日:2007/01/27(土) 20:55:23.92 ID:mP+BURBOO
「指切りげんまん、嘘吐いたら“針千本”飲ます!! 指切ったっ!!」
僕はもうこの世界が信じられなくなっていた。
嘘を嘘とせず、嘘が嘘とされない世界。その中でのうのうと暮らしている自分が疎ましくすらある。
「……“だから”?」
ようやく「我が家」と認識出来るようになったワンルームに西日が差し込む。
こんな時代の中で「今まで嘘を吐いた事がない」なんて奴が居たら、そいつは間違いなく百戦練磨の大嘘吐きだ。
「……“だから”?」
掛けられた声を受け流し、僕はマグカップに手を伸ばす。
珈琲はとうに干からびて、埃と共に底にこびり着いていた。
「つまりさ」と、口を開く。
「つまり……嘘の定義をどこに置くか、だろ?」
姿の見えないパートナーはいぶかし気に僕を睨む。
542 名前:ある部屋の偶像 ◆NIKKO.Rzcc 投稿日:2007/01/27(土) 20:56:03.93 ID:mP+BURBOO
「嘘はバレなきゃ、嘘じゃねぇじゃん?」
これは間違っていない、と思う。
発見されていない星に名前が着いていないのと同じ様に。「嘘が嘘とされない」とはそういう意味だ。
「“そんな自分が疎ましい”んじゃなかったっけ?」
「……」
それは違う。
それとこれはまた別の話だ。
「別? 違うよね? 同じだもん」
止めてくれ。
違うんだ。
僕は嘘が嫌いで、でもバレさえしなければ嘘じゃなくて……そして、不幸にもそんな現状が間違っていると気付いてしまって―――
543 名前:ある部屋の偶像 ◆NIKKO.Rzcc 投稿日:2007/01/27(土) 20:56:37.61 ID:mP+BURBOO
「もう疲れちゃったんでしょ……?」
―――自分だけ正直に生きるのが怖かったんだ。
「偽善者」と呼ばれる事が耐えられなかった。
「大丈夫だよ……」
だから僕は嘘を吐いた。「自分」にも「他人」にも。
時代よりも何よりも、そんな自分が気に食わなかった。
「ありがとう……」
こんな僕を見捨てずに居てくれたパートナーへ。
「嘘吐き」で「偽善者」で言い訳ばかりの「僕自身」へ。
「……行こっか?」
僕は小さく頷いて、汚い、ようやく「我が家」と認識出来るようになったワンルームを後にする。
544 名前:ある部屋の偶像 ◆NIKKO.Rzcc 投稿日:2007/01/27(土) 20:58:44.21 ID:mP+BURBOO
「大丈夫?」
「……大丈夫」
外の風は冷たくて、少しだけ僕の髪を揺らした。
「もしもし、お袋? あのさ……俺……」
「……」
「……人を殺してしまいました……」
頬を伝う涙は少しだけ暖かくて、少しだけ笑った。
―fin―