【 三十一の嘘 】
◆4OMOOSXhCo




439 名前:【品評会】三十一の嘘 1/4 ◆4OMOOSXhCo 投稿日:2007/01/27(土) 08:11:05.19 ID:sUBrF8cs0

 ひとつの嘘のためには、三十の嘘を用意しなさい。それが誰の言葉であったかは知らないが、彼女は僕によくそう言っていた。
『そうしないとね、嘘なんかすぐにバレちゃうんだよ』
 それこそ嘘だ出鱈目だ、とそれを聞いた当初の僕はそう思っていたのだが、しかしそれは出鱈目などではないようだった。
 実際に彼女は僕の嘘を全て見抜いた。小さな嘘でも大きな嘘でも、全て見抜いた。
『君の嘘はね、私が全部見抜いてあげる。だから、君も私の嘘を見抜けるようになりなさい』
 あながち嘘でもないような口調で、彼女はそう言うのだった。
 そんな彼女と僕が別れたのは、今から三ヶ月前。
 向こうからの『醒めた』。その一言で終わった恋。
 僕が二十歳の春――二年と半年に及んだ僕の恋は終わったのだった。

「ただいま……いや、お邪魔します」
 就職してからは一人暮らしだったので、実家を訪れるのは久々だった。玄関の懐かしい匂いに溜息が出る。
 壁に掛けられた日捲りは、捲る気がなくなったのか、一週間前――六月の末でストップしていた。
「……あら。いらっしゃいな」
「どうもどうも」
 台所から聞こえる母の言葉を受け流し、靴を揃えて家に上がる。
 短い廊下を通り、とりあえず居間へと入る。卓袱台。みかん。何となく、懐かしい。
「少し片付いたと思わない?」
 いつの間にか現れた母が、ハンドタオルで手を拭きながら僕に言う。
「んー、まあ片付いたかもね。前より綺麗になってる」
 言うと、母はそうでしょうと笑んで卓袱台を挟んだ僕の向かいに座る。
 自然、二人で卓袱台を囲むような形になる。

440 名前:【品評会】三十一の嘘 2/4 ◆4OMOOSXhCo 投稿日:2007/01/27(土) 08:11:51.12 ID:sUBrF8cs0
「懐かしいな」
「そうでしょう」
「そういえば、日捲り捲ってないじゃん。この家はまだ六月なんだ?」
 ああ、と母は笑う。
「今まではあんたが捲ってたからね……何だか今更やる気にならなくて」
「来年からは日捲りじゃないの買えばいいんじゃない?」
 そうだね、と母は笑った。
「そういえば……あんた、彼女さんから手紙来てたよ。このメールの時代に手紙とは珍しいね」
「……へえ?」
 まだ母には言ってない。僕が彼女と別れた事。言えばお節介な母のこと、理由を詮索してくるに違いない。振られたなんて言えっこない。
 嘘を言うにも、三十の嘘など用意できっこない。――ひとつの嘘のためには、三十の嘘を用意しなさい、だなんて。
「はい、これ。本当、珍しいね。こんな封筒お母さんでも使わないよ」
 言葉と共に、母はテレビの上から封書を手に取り、僕に差し出した。それは、よくある薄茶色をした封筒。かざりっけも何もあったもんじゃない。
 一枚貼られた切手は、少しだけ歪んでいた。そして、僕の宛名も――少しばかり雑だった。
「いいよ、見るなら見て。お母さん、やる事あるから」
 言って、母はまた居間から出て行く。
 ……言葉に、甘える事にした。僕は封筒を破く。
 中には、二枚手紙が入っているだけだった。一体何の用なのだろう。


441 名前:【品評会】三十一の嘘 3/4 ◆4OMOOSXhCo 投稿日:2007/01/27(土) 08:12:17.32 ID:sUBrF8cs0
 と、僕はその一枚目を手に取る。
『不器用で、臆病者で、誰にでも優しすぎて、意地悪で、真面目すぎて――』
 そこには……僕を振った理由が延々と書き綴ってあった。
 その数、丁度、三十の。
 そして、もう一枚の、真ん中に。
『決して、病気で君に迷惑を掛けたくなかったから振った訳じゃ、ないよ』
 その部分は少し、文字が滲んでいた。
 不意に、言葉が脳裏に浮かぶ。

 ――ひとつの嘘のためには、三十の嘘を用意しなさい。

「母さん。――この手紙」
 僕は台所に向けて、声を上げた。
「いつ……来てた?」
「えーっとね……四月くらいだね。あんたが一人暮らし始めてすぐだから」

442 名前:【品評会】三十一の嘘 4/4 ◆4OMOOSXhCo 投稿日:2007/01/27(土) 08:13:00.70 ID:sUBrF8cs0
 ――そして。
 今、僕は彼女の家にいる。
 彼女の母は、何も言わず僕を招き入れてくれた。
「あの子も喜んでると思うわ。あの子、最期まで貴方のことが気に掛かってたみたいだから」
「……失礼します」
 彼女の写真に向かう。
「三十の嘘を……君は、吐けたんだ」
 彼女は、僕がその三十もの嘘を全て見抜く事を期待していたのかもしれない。
 いつか彼女が僕に向けて、そうしたように。
 そんな嘘はお見通しだと、僕が傍に居てくれる事を望んだのかもしれない。
「……ごめんな」
 写真の前で手を合わす僕は、嘘を見抜けず彼女を見捨てた、正直村の村人だった。

 



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