【 それがVIPクオリティ! 】
◆Vwj/sTkJAw




633 名前:それがVIPクオリティ!1/5 ◆Vwj/sTkJAw 投稿日:2007/01/20(土) 02:04:16.98 ID:KHjNwPB70
 夏休みボケの治らない頭に午後の授業は地獄だ。
 それが自習ともなれば尚更だった。本来ならば古文のババァが淡々と読み上げる声を子守唄に高鼾と決め込むところなのに、教室は「それなんて幼稚園?」ってな具合に無政府状態だった。
 バカどもめ──俺は胸中で呟いて、無理やり机に突っ伏した。視界が塞がれば苛立ちも多少は消える。
 胸ポケットの携帯が身をよじった。見ると、メールが着信していた。
『ギルティやるやつちょっとこい』

 駅前のゲーセンは今時珍しいほど薄暗く、タバコ臭く、そして喧しかった。それでもキャラの男前な声ははっきり聞こえてくるから不思議だ。
 ゲームをしているときは何も考えない。余計なことは考えず、ただ反応だけをする。世界レベルのピアニストにだって負けない高速打鍵で俺はアッサリと対戦相手を屠ってみせた。
「うは、十連勝」
「おま、ちょ、やりすぎ」
 後ろからやたらにはしゃいだ声が降ってくる。俺は意味もなくボタンを連打しながら後ろの二人へと向き直る。
「おけ、次は手加減する」
「酷い自演を見た」
 もちろん手加減なんてするつもりはない。連コインしてきたバカに俺は十一回目の敗北を贈呈してやった。
「内藤てらつよす」
「フヒヒ、サーセン。向こう弱すぎ。連コとかテラバカス」
「……誰がバカだ、中坊」
 ゲーセンの喧騒の中で、けれどその声は、やたらとはっきりと聞こえた。
 どうやら相手は高校生で、しかもドキュンらしかった。

「あー……」
 薄汚れた商店街の路地裏で、俺たちは揃ってしゃがみこんでいた。一発だけ殴られた腹が腹筋五十回したときより痛い。
「で、でも小遣い前でよかった。五百円しか持ってなくて」
「ばっか、お前、俺は二万もやられたんだぞ」
 荒巻が汗を拭きながらニヤつく。長岡はその腹をペチペチと叩いている。くすぐったいのか気持ちがいいのか、ますます荒巻は鼻息を荒くした。
 もちろん、俺の財布も羽より軽かった。もうゲーセンに戻ったって虚しいだけだし、何よりさっきのドキュン兄弟と再び鉢合わせする可能性は否定できない。
「よし、スレ立てようぜ」
「どんな?」
「たった今カツアゲされたんだが」
「うはおけ!」

634 名前:それがVIPクオリティ!2/5 ◆Vwj/sTkJAw 投稿日:2007/01/20(土) 02:05:13.79 ID:KHjNwPB70
 内藤、長岡、荒巻──と、それはもちろん偽名みたいなものだ。
 俺たちはVIPで知り合った。脳みそも蕩けそうな夏の日の夜、「住所が近かったらラーメン」スレで俺は勇気を出してオフへと赴いた。
 引き篭もってMMOに興じるのも飽きていたし、ちょうどおっぱいスレを覗いてムラムラしているときでもあった。
 日がな一日VIPに張り付く中学二年の夏休みを不毛だとは思わないが、ともかく刺激が欲しかった。
 けれども、行ってみればそこには、同い年の冴えない野郎が二人だけ。
 目つきの悪い長岡と、小デブの荒巻だ。正直がっかりしながらも、気付けば毎日顔をあわせるようになっていた。
 学校に親しい友人もおらず、ゲームとネットくらいしかやることがないという点で、俺たちは似たもの同士だった。

 台風が近づいてきているらしいという情報をゲットし、俺たちは長岡の家に上がりこんだ。
 こいつの家はなかなかに金持ちで、家庭用ハードなら何でも揃っているし、両親が留守がちな長岡の家は明日の休校を見越して泊り込むのに最適だった。
 とりあえず長岡と荒巻にギルティを基礎から教え込んでやる。
「ロマキャンは考えるな! 感じるんだ! 一日百回素振りしろ! 236をミスったら即死と思え!」
「あるあ……ねーよ!」
 一時間ほどで飽きて、俺たちは各々漫画に手をつけた。外の雲行きはますます怪しくなり、これはもう、明日の休校は確実だった。
「こないだ、「妹が風呂に入った」ってスレ立てたんだ」
「ちょ、あれお前だったのか」
「か、カーチャンに説教ギガワロス」
 安価を募ったら「一緒に風呂に入る」とあったので突撃したところ、丁度初潮を迎えたらしい妹の股間からは赤黒い血液が流れ出していて、その場面を親に目撃され、母親からはありがたい説教三時間拝聴コースを喰らったという──それはそういう顛末だった。
「あれは釣りだと思ったんだが。まさかここに鬼才降臨とは」
「い、妹うぷしろよ」
「しねデブ。氏ねじゃなくて死ね」
 学校が違う俺たちは、VIPがなければこうしてこんな風に遊ぶこともなかった。
 あそこは確かに便所の落書き以下の場所だが、それでもそんな場所が一番居心地がいいってことを、俺たちは知っている。
 前向きな明るい未来とか。
 希望に満ち溢れた青春とか。
 そういうの、押し付けられるのだけは勘弁な。

635 名前:それがVIPクオリティ!3/5 ◆Vwj/sTkJAw 投稿日:2007/01/20(土) 02:05:46.13 ID:KHjNwPB70
「お、きたきた」
 突然に水滴が窓枠を激しく叩き始める。嵐というのは、どうしてこうも気分が昂ぶるのだろう。大雨や暴風が強ければ強いほど、そこに自分を投げ出したくなるのは俺だけだろうか。
 それから夕飯にカップ麺を食い、また少しゲームをした。雨は勢いをさらに増して、ヤフーのニュースでは警戒を呼びかけていた。
「よし、外行こうぜ!」
「はぁ? 日本語でおけ」
「ブーンするんだよ!」
 俺は嫌がる二人を無理やり連れ出した。なるほど、確かに外は台風真っ只中で、暗黒の中を痛いほどの雨が横殴りに叩きつけてくる。
 瞬く間に俺たちはチンコの裏側までぐっしょりになった。
「よし、いくぞ! ブーーーーーーーーーーーーーン!」
 最初はぐずっていた二人も、どうしようもないほどに濡れ鼠になって両手を広げ走り回っているうちにハイになってきたらしい。
 全く、アドレナリンは完全無害な最強麻薬だぜ。
 俺たちは暴風雨に乗り、どこまでも駆けた。ホライゾンがいつも笑顔でいられる理由がなんとなくわかった。
 ブーンしているときは、何もかも忘れることが出来る。
 住宅街を抜けたところに川が流れていて、そこにかかる橋の上で俺たちはぐるぐると旋回しながらブーンを叫んだ。
「おい、あれ見ろよ!」
 長岡が欄干から暗闇を指差した。水かさが増して濁流が荒れ狂う真ん中に、一つのダンボールが浮かんでいる。
「ぬこか?」
 真っ白い小ぬこは、雨に震えながらぼんやりと滲むように浮かんでいた。
 かろうじて白い体毛が外灯の明かりを反射していたが、流れていく先にそんな明かりはない。
 俺たちはダンボールを追いかけ、土手のあぜ道を併走した。
「おい、どうすんだよ!」
「どうするったって……」
「む、無理だよ……可哀相だけど。別に死ぬわけじゃないし……」
 荒巻が気弱な声で言ってくる。
 そのとき、一条の電撃のような名案が浮かんだ。
「よし! スレ立てる!」
 携帯をポケットから取り出す俺に、長岡が怒声を投げてくる。
「バカかお前! ぶっ壊れるぞ!」
「俺はAUだ。心配するな!」
 むしろ問題は、この時間に携帯からスレが立つか──ということだ。

636 名前:それがVIPクオリティ!4/5 ◆Vwj/sTkJAw 投稿日:2007/01/20(土) 02:06:32.29 ID:KHjNwPB70
 俺は祈るような気持ちでスレタイと本文を書き込む。
「題 「目の前でぬこが流されてるんだが」
    川でダンボールに乗ったぬこが流されている。追跡中。どうしたらいい? 
    安価>10                            」
 果たして──スレは。
「立った! クララが立った!」
 思わず叫ぶ。便所の落書きたちの中に、その文字列は確かにあった。
 台風で暇人が多いせいだろう。すぐにレスは帰ってきた。
・2 ぬこかわいそす
・4 このスレ定期的に立つNE!
・7 その発想はなかったわ
 そして──
・10 飛び込んで助ける
「バカじゃねーの! できるわけねーだろ!」
「あ、安価なんか無視しろよ。どうせ何の意味もないんだし」
 確かに安価に意味はない。強制力も執行力も何もない。不都合だったら再安価することだって出来るし、最初から黙殺したって構わない。
 けれど──けれど。
 ここはVIPで、安価スレだ。
 俺はシャツを脱ぎ、長岡に投げつけた。
「おい、ふざけんな! あんな猫になんでそんなにこだわるんだよ!」
「別にぬこにこだわってるわけじゃねーよ」
 川は真っ暗で、けれど音がその圧力を嫌になるほど実感させてくれる。
 圧倒的な不安を前に、けれど俺を後押しする果てしの無い力があった。
「それが──VIPクオリティだからな!」
 安価スレを立てたなら、俺は再安価なんてみっともないことはしないぜ。
 たかだか三ヶ月しかいないVIPでも、それくらいのことはわかる。
 だから俺は、妹との仲が壊れるだろうと知って、あの日も風呂へといったんだ。ここまで致命的になるとは思ってなかったけど、でも俺は、何も後悔しちゃいない。
 今度も、俺は何も後悔しない。土手を駆け下り、氾濫する川の中へと俺は飛び込んだ。
 濁流はあっという間に方向感覚を奪い去った。左右どころか上下すらあやふやなままで手を伸ばす。
 ぬこのダンボールにたどり着けたのは、奇跡といって大げさではなかった。

637 名前:それがVIPクオリティ!5/5 ◆Vwj/sTkJAw 投稿日:2007/01/20(土) 02:07:22.33 ID:KHjNwPB70
 しかし、俺はそこから全く動くことが出来なかった。もがいてももがいても水底が足首を掴んでいるようで、陸地は遥か水平線の向こうにあるようだった。
 昼間はバカみたいに暑いくせに、水は限りなく冷たかった。手足が痺れ、ついに水底の怪物がその大口を空けているような気がした。
「内藤! 次の安価が決まったぞ!」
 身体を殴りつけてくる水流の中で、安価、という単語だけが聞こえた。
「次の安価は──お前も生きて帰る、だ!」
 たまに。ほんとうに、たまに。
 VIPでは奇跡が起こる。
「おっしゃあ!」
 再び、力が後押ししてくれた。あれほど動かなかった足が、いまは嘘のように水を叩く。
 ぬこの弱々しい鳴き声が、水音に巻かれながらもはっきりと聞こえた。

 家に戻ったとき、スレはすでに落ちていた。結局、長岡の言った安価が本当にそうだったのか、俺にはわからない。
 けれどあのとき、確かにもらった力のおかげで、いま俺とぬこは暖かいシャワーを浴びることができている。
 これがヌクモリティってやつか、なんて思いながら。
 三人と一匹は、一枚の毛布でぐっすりと眠った。
 明るい未来とか、希望満ちた青春とか、俺たちが欲しいのはそんなクソの役にも立たないテンプレじゃない。
 たった一つのスレやレスが、誰かと分かち合えることだけが──嬉しいんだ。

 起きると十時を回っていた。
 嵐はとっくに過ぎ去ったらしかった。
 台風一過の青空をまぶしく見上げながら、荒巻がぽつりと呟く。
「が、がっこうは……?」
「……アーッ!」
 ニャーと鳴く暢気なぬこが恨めしかった。

<了>



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