【 笑うのは僕で悪いのは誰だ 】
◆/7C0zzoEsE




34 名前:品評会用 笑うのは僕で悪いのは誰だ(1/5) ◆/7C0zzoEsE 投稿日:2007/01/14(日) 22:34:23.73 ID:EkQremMo0
朝、あまりの寒さに目が覚めた。猫の様に丸くなって、毛布にくるまっている。
これが無いと凍死していてもおかしくない。家の中なのに着込んでいるのはお笑い種。
 安い家賃だけがとり得のアパートに住み、狭い部屋に家族はひしめきあい寝ていた。
日当たりも悪い。下手すると、外の方が暖かい時もある。 
 今日は、学校も休み。温かな暖房器具に当たる事もできない。

 しばらくすると、母と弟も目を覚ました。
朝食にと、もらい物の蜜柑を差し出す。
「お父さんは?」
僕が母に聞くと、
「仕事を探しているか、酔っ払って倒れているかのどっちかでしょう」
と豪快に笑い飛ばした。
 大したことで無くても、元気に笑う。
笑う門には福来るらしいうが、母が言うに幸せな一家であるためのコツらしい。
しかし笑う度に白い息を吐くというのはどうだ、笑い事にならない。
 父も無理をしていなければ良いが。
 どこかで生活保護という言葉を聞いた。
今度また調べてみよう。法律など、母に分かる筈も無いのだ。
「お母さん、寒いよ」
まだ幼い弟が、母にすがりつく。
「そうね、私はお腹が空いたわ」

 家が貧乏なのは今に始まったことじゃない。
日雇いの父が稼いでくる給料など、それほど当てにできるものでは無い。
母はパートで朝から晩まで働き、僕も新聞配達で、雀の涙ほどのお小遣いをもらう。 
 毎日が危なっかしい、綱渡りのような。
真っ赤な家計簿を手に持ちため息をついた。
家事炊事の大半は僕に任せられている。今月はどうやりくりしようか。
 こんな僕を、周囲の大人達は年齢に相応せず大人びていると言う。
それは褒め言葉、それとも皮肉だろうか。

35 名前:品評会用 笑うのは僕で悪いのは誰だ(2/5) ◆/7C0zzoEsE 投稿日:2007/01/14(日) 22:34:52.90 ID:EkQremMo0
今何より心配なのは、弟の成長である。
僕がどれほど飢えても構わない。ただ弟を不憫な目に合わせたくなかった。
毎日を辛いと思って欲しくない。だから僕も無理に明るく振舞う。
 もっと大きくなると、級友から苛められるかもしれない。
新作のゲームを遊ぶ事もできず、夕べのテレビ番組の話に参加することも叶わない。
そうして、周りから浮いていくのは必然。そんな時にどれ程、毅然とした態度をとっていられるか。
 また、何か野放図に走ることが無ければいいのだが。
万引きのような窃盗を行い、卑しくは生きて欲しくない。
しかし、それを僕達は制し、説教する術を持たないのだ。
何故かと言うと――。
「ちょっと、ちょっと翔太!」
 母が、ボーっとしていた僕を揺らす。
何故か寒さが無くなっていた。いや、熱い。昼前とはいえ、あまりに明るい。
 母の目が血走っている。手には濡れたハンカチを持っていた。
「神様の思し召しだよ、ほら! 早く!」
「え……何? まさか」
 ばっ、と窓から外を見ると、近所一帯が酷い火事になっていた。
僕の目に入るのは、家の前で途方にくれる人たち。
 見ると、まだ火は完全に燃え広がっているわけでなく。
野次馬もそれほど、集まっていなかった。血が凍るようで、それでいて疼く。
「駄目……、だよ。犯罪、だって」
「どうせ燃えて無くなるんだ。そんなの勿体無いじゃんな。
 消えて無くなる位なら、私達が貰っても悪くない。そうよね」
 分かっている、どうせ断れるわけが無いのだ。その言葉を免罪符にして。
弟が何も分からずといった目で、僕を見ている。見ちゃ駄目だ。
 覚悟を決める。ここからは、時間との勝負だ。僕は駆け出した。
「へまするんじゃないよ、無茶もしちゃ駄目だよ」
 母の声が聞こえた。狂っているよと、僕は豪快に笑い飛ばした。

36 名前:品評会用 笑うのは僕で悪いのは誰だ(3/5) ◆/7C0zzoEsE 投稿日:2007/01/14(日) 22:35:15.56 ID:EkQremMo0
父の仕事を手伝ったと言えば聞こえがいいが、所詮は犯罪。
火事を見つければ、そこが職場。どこへでも飛んでいった。
次第に慣れていく自分が嫌だったが、確かに多くの利益を得られる。
 今日は父がいない。多少の不安はつき物。
大丈夫。今まで誰にも見つかったことは、ない。
 金が必要なんだ。弟の為に。火事場泥棒にも僕はなろう。

 何軒かが火の犠牲になっていた。見たところでは、どれも家の周りが燃え盛っているだけ。
まるで人為的な何かが働いているかと思うほど、絶好の火事場だった。
 その中でも、僕が目をつけたのは一際目立っている豪宅。
表で、家主と思われる老夫婦は、案外平然としていた。
火災保険にでも入っているのだろうか。余裕があるんだな、と少し嫉妬し。
あなた達の財産を、しっかりと頂きます。誰の目にもつかないように、裏口に回った。
 子供特有の身軽さを武器に、柵をよじ登る。
窓は開いていた、好都合。熱さと煙に不快感を覚えたが、大きな問題では無い。
 家の中に忍び込むと、なるべく姿勢を低くして、濡れたハンカチを口に当てた。
急がなければ、命の保障は無い。周りを見渡した。
 家の中は、そこまで燃え広がっていない。
タンスや引き出しなど、それらしいものをあさる。
 宝石や、札束。なるべく小さくて、高価なものを探す。
これは、予想以上の収穫になりそうだ。僕は下着の中に、金目のものを入れて隠した。
 拓也、お兄ちゃんみたいになるなよ。母さん、今夜はご馳走です。
 ふと、サイレンが鳴っているのに気がついた。僕はその場を足早に離れる。
さあ、後は抜け出すだけ。来た道を引き返そうとすると、窓の付近が火に包まれた。
――しまった、引き際を見誤った。
 落ち着いて、他の退路を探す。深呼吸はできない。
そうこうしているうちにも、周囲は火に包まれて。
恐い、獣のように火が襲いかかってくる。
 タンスが僕の上にもたれかかってきた。天罰、そんな言葉が脳裏によぎる。
一巻の終わり、僕は強く目を瞑ってしゃがむ。次に起こる痛みを予想して。

37 名前:品評会用 笑うのは僕で悪いのは誰だ(4/5) ◆/7C0zzoEsE 投稿日:2007/01/14(日) 22:35:31.45 ID:EkQremMo0
 鈍い音が響いた。しかし、何も起こっていない。
何かに守られている、気配。体中を黒尽くめにした……男が僕の盾になってくれた。
 迂闊、気がつかなかった。いやしかし、どう見ても消防隊員とは思えない。
同業者か、僕はピンときた。しかし、何故助けてくれる。
顔まで覆面のような物を被って、誰かと特定もできない。
何故だか、もう熱くは無い。温かだった。何故かどこか懐かしい。
 ため息と思われるものをついて、男は何かを取り出した。
それは、警報機のようで。ビーッ! ビーッ! と大きな音をたてて鳴り響いた。
ああ、これで救助が来る。意識が朦朧とし始めていたが、ここで倒れるわけにはいかなかった。
もう一仕事がある……。こうなるのも、想定内……。


「庭に忍びこんで冒険ごっこをしていたら、回りが、火事に、なってました。
 人がいるような気がしたので、前に見たテレビ番組のように助けに入ろうと思って……」
嗚咽をあげながらも、僕はしっかりと答える。
 ピシッと、平手打ちの音が響いた。
「この子ったら、もう馬鹿!」
「まあまあ、お母さん落ち着いて」
 母の芝居は、神がかっている。僕のも相当だと思ったが。
辺りはすでに野次馬で溢れていたが、その目を気にせず大声で泣いた。フリをした。
「本当にご迷惑をかけて申し訳ありません……あのこの後この子をどうしましょう」
「いえいえ、何の怪我も無さそうですし、後に話を聞かせてもらうことになるかもしれませんが、
 今日の処はご帰宅なさってくださって結構ですよ」
 警官と思われる中年男性が、優しくそう言う。まさか下着を剥ぐわけも無い。
母は礼を言い僕の手を引っ張った。僕はと言うと、唯の塩水を拭いつつ。例の男性を見つめていた。
 彼は警官に保護、いや捕獲されている。僕は、ありがとう、と消えるような声で呟いた。
彼もこっちを見つめているような、そんな気がした。

38 名前:品評会用 笑うのは僕で悪いのは誰だ(5/5) ◆/7C0zzoEsE 投稿日:2007/01/14(日) 22:35:48.99 ID:EkQremMo0
 その晩に笑いが尽きることはなかった。
「あはは! あんた凄いわよ、ほら! これざっと三百万はあるわよ」
「もう、こんなことしないからね」
 弟が、良く分からないながらも笑い、僕に抱きついてくる。
「拓也にやらせたりしたら、もう絶縁だからね!」
「わかってるわよ、わー本当すごいわ。何買おうかしら」
 これで、何日持つだろうか。先のことを考えると、目の前が真っ暗になる。
それでも。それでも、今日は臨時収入に溺れて笑い飛ばそう。
「あ! ねえ、車なんて欲しいわよね、便利じゃない?」
「もう乗ってるじゃないか、とっても立派な奴に」
 母が不思議そうな顔をして、尋ねる。
「何のこと?」
「真っ赤な家計簿、火の車」
 そして、大爆笑。弟もつられて笑う。
何かを吹き飛ばすような思いで、笑い続ける。何かから逃げるように。
不安で仕方無い。父さん、早く帰って来て。大好きなお酒を買っておいたよ。

 この後に、子供を救った最悪の放火魔が、一時有名になる。
そして、その男の家族構成などが発覚していく上で、
より一層ドラマ性を帯びてくるニュースは、茶の間を沸かすことになる。
 僕達が好奇の目で見られる種が増えることになるが、
そんなことテレビも新聞も無い今の僕達には知る由も無かった。

 寂しい我が家も、笑いだけは尽きない。       (了)



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