【 夢占いのその後に 】
◆rZOJWTUT.c




15 名前:夢占いのその後に(1/3) ◆rZOJWTUT.c 投稿日:2007/01/14(日) 22:11:44.68 ID:zv11sjy20
 夢の中で、部屋が盛大の燃えていた。
 夢だと分かったのは、その部屋の中にいても全く熱くなかったからだ。私は、燃え盛る炎を眺めながら、ただぼおっと立ち尽くしていた。
 炎はカーテンを焼き、家具を焼き、テーブルを焼き、お気に入りのぬいぐるみを灰にしていった。
 そのうち、自分の身体に火が移り、指先から少しずつ溶け出した。
 私は熱くもなく、痛くもなく、ただ溶けていく身体を眺めている。肉の焼ける音はリアルに聞こえるのに、匂いも感じない。
 体が溶けて、崩れ落ちる。その途端、目が覚めた。
 ドサッという鈍い音がして、私は布団と一緒にベッドから転げ落ちた。腰から落ちたらしく、腰骨が痛い。
「うーん」
 弱弱しい声を上げ、私はのそのそと起き上がった。時計の針は六時半前、目覚ましが鳴る直前に起きたみたいだった。
 目覚ましのスイッチを切り、朝の準備をする。
「あの夢、何だったんだろう?」
 何故か、夢の内容ははっきりと覚えていた。妙にリアルだけど、全く現実味のない夢。私は、自分の指先を見た。
 相変わらず血の気のない指だが、やけどの跡も何もない。当たり前か、と一息つくと、私はさっさと準備を終え、会社に向かった。
「それ、きっといい夢よ」
 同僚の木田京子が得意気にそう言った。昼休み、夢の話を話題にしたことに少しだけ後悔しながら、私は木田の話を頷きながら聞いていた。
「火の夢はね、いくつか意味があるんだけど、百合子の場合はいい夢のはずよ」
 なんでも、火を消す夢はよくなくて、火事を見物する夢はよいそうだ。
「他に、黒い煙が上ってたら病気になるとか。そもそも夢占いっていうのがね……」
 興味を引いた話は最初だけで、後は京子のうんちく話が延々続く。おかげさまでまたつまらない知識が増えたと、私は苦々しい気持ちをこらえながら、昼休み中京子の話に付き合っていた。
「いい夢、ねぇ」
 バカバカしいとは思ったが、悪い気はしない。そういう訳で、またしても同じ夢を見たときは、わざと消そうとしなかった。
 昨日と同じような光景、家具、テーブル、ぬいぐるみが次々と焼け落ちていく。
 指先が燃え出したとき、チクリと痛みが走った。
「いたっ」
 熱くはなかったが、炎が身体を包むごとに端々がチクチク痛む。そして、体が崩れ落ちた瞬間、私はまた目が覚めた。

16 名前:夢占いのその後に(2/3) ◆rZOJWTUT.c 投稿日:2007/01/14(日) 22:12:45.50 ID:zv11sjy20
「ねえ、信じられないかなぁ」
 二、三日同じ夢を見たところで、恋人が出来た。たまたま道端で出会った昔の同級生は、知らない間にたくましくなっていた。
 数回会って、身体を重ねて、自分でも驚くほど自然に付き合うようになったことに、例の夢が一役かってくれたような気がした。
「信じるよ、百合子の夢に感謝しないとな」
 隣で私がつぶやくのを、浩はにこにこと聞いていた。もしあの時火を消そうとしていたら、今どうなっていたのか。
 そんなことを考えながら、浩の隣で眠る。
 火事の夢を見たのは、それから一年後だった。
 燃えているのは知らない家、私は外でその家をボーっと眺めている。隣で浩がおろおろしているが、私は大丈夫、と一言言うと、そのまま火事を見物していた。
 目の前の家は見る見る崩れ落ち、あっという間にボロボロの消し炭と化してしまった。
 炎が立ち上る轟音が止むと、パチンという小さな音がところどころから響いてきた。そして、一本の柱から一筋の黒煙が立ち上り始めた。
――黒い煙が上ってたら病気になるとか――
 ふいに京子の言葉が甦った。
 思わずその柱に駆け寄る。その時、パチンという音がして、火の粉が飛んできた。
「熱い!」
 腹に当たった瞬間、すさまじい痛みに襲われた。
 目が覚めると、全身に脂汗をかいていた。思わず腹を触る。何事もないことにほっと胸をなで下ろしたところで、急に吐き気をもよおした。
「九ヶ月ですね」
 次の日に医者からそう聞いた。浩はそれを知って、急いで結婚式を挙げようと言い出した。
 子供が生まれるまでの間、浩の実家に住むことになり、浩の両親に挨拶に行くことになった。
「ここ……」
 着いた家は、夢で見た家と全く同じだった。黒煙を上げていた柱には、小さなお守りが飾ってある。
「これ、俺が生まれたときに買ったお守りなんだ」
 浩は照れくさそうにそう言った。
 浩の両親は、努めて私に気を使ってくれた。どうやら孫が生まれるのがよっぽど嬉しかったのだろうと思っていたが、私自身も気に入ってくれたみたいだった。
 式はできるだけ早いほうがいいという浩の提案で、両親への挨拶もそこそこ、二週間後に結婚式を挙げることになった。
 私の両親はすでに二人とも他界していたので、細かいことは全て浩に任せることにした。

17 名前:夢占いのその後に(3/3) ◆rZOJWTUT.c 投稿日:2007/01/14(日) 22:13:54.72 ID:zv11sjy20
 火が轟音を立てて家を焼いている。
 私はそれをただボーっと見ていた。
 サイレンの音が鳴り、消防車がやってくる。
 私は、必死になって消防隊員を止めた。
「止めて! 消さないで!」
 それでも水は勢いよく家に降り注ぐ。
次第に火は消え、半壊の家からはブスブスという音とともに黒煙が立ち上り始めた。
 私は大声を上げて、まだ炎が残っている家の中へ駆け込んだ。
 体中が熱い。
「赤ちゃんが、赤ちゃんが……」
 これだけの黒煙が上って、自分が病気になったら――
 肌の焼ける音がして、すさまじい痛みに襲われる。
 だがそんなことはどうでも良かった。
 私は火が消えそうなところに行って、火を起こそうとした。
 黒煙は、容赦なく立ち上る。
 私はそのまま意識を失った。

「奥様は、突然火の中に飛び込んでいって、そのまま……」
 消防隊員から事情を聞いた横山浩は、燃え尽きた家の前で泣き伏した。
 火事の原因は不明、結婚式の前日の出来事だった。

―― 了 ――



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