【 モエテルハートに御用心 】
◆InwGZIAUcs




723 名前:モエテルハートに御用心(1/5) ◆InwGZIAUcs :2007/01/14(日) 16:37:30.24 ID:HC098nWU0
「んーどうしたものかしら」
 百年の恋にでも振られたかのようなクートを前に、コンスタンシアは首を傾げ困り果てていた。
 クートは膝をつき、ぽっきり折れた愛剣をじっと見つめている。意外と整った顔立ちも、今は顔中の筋肉が
緩んでいるようで、はっきり言って間抜け顔だ。
 コンスタンシアはとりあえず特注の巨大箒で頭を叩いてみた。
 華奢な体には不釣り合いなそれを棒きれのように振り降ろす。箒は当たり前のようにクートの頭に直撃し、
鈍い音を立てて彼の首は曲がったがこれといった反応はない。
 クートにさらなる喝を入れようとコンスタンシアは大きく深呼吸をした。
 両手で箒を掲げ、呪文を唱える。その詠唱に合わせ、コンスタンシアの長く細い金髪が舞い踊る。
――壊して壊して壊しちゃえ。ええっと、エクスプロージョン!
 爆発。単純な爆発がクートの家の中で起きた。
 轟音。耳を塞ぎたくなる程の音が彼らを突き抜ける。
 全てが終わった頃、家の屋根が無くなっていた。
「ふう。ああクート! 夜空が綺麗よ!」
 容赦なく吹き飛ばされた天井から美しく煌めく星海が窺える。
 コンスタンシアが視線を落とすと、先程と全く変らないクートがそこにいた。
 「はあ……」と小さく溜息をついた彼女は、クートの頭をもう一度箒で叩き、彼の家を後にした。

 一夜明け、ここは魔法道具を扱う高名な魔女の家。家主の名はドロシー。
 コンスタンシアは今そのドロシー宅にお邪魔をしていた。
「そういうことですの」
 ドロシーは紅茶を優雅に口元へと運んだ。机を挟んで同じく紅茶を啜るコンスタンシアは、
その仕草にちょっと憧れる。彼女はそれほど艶やかで美しい女性であった。
「うん。完全に生気が抜けきって、仕事になんていけないわ」
「そう、ちょっと待ってて下さいな。今クートにぴったりの魔法具をお持ち致しますわ」
 ドロシーは席を立つと、奥の方へ入っていった。
 コンスタンシアは紅茶をお皿に置き直し、座ったまま部屋を見回した。
 すると一枚の写真が目にとまる。そこには幼い頃のドロシーとクート、そしてコンスタンシアが写っていた。
 そう、この三人は苦楽を共にした幼馴染である。今現在、コンスタンシアとクートは二人で傭兵を営んでおり、
この家主であるドロシーは、代々受け継がれている魔法具店を経営していた。

724 名前:モエテルハートに御用心(2/5) ◆InwGZIAUcs :2007/01/14(日) 16:37:41.89 ID:HC098nWU0
「お待たせ様ですわ」
 戻ってきたドロシーの手には小さなマッチ箱が一つ。彼女はそれをコンスタンシアに差し出した。
「試作品ですので差し上げますわ」
「ええと、これは何に使う物なの?」
「はい、コレを使った人は燃える熱血漢へと大変身! お仕事でも大活躍間違いなしですわ!」
 コンスタンシアはまじまじとそれを眺めた。
「商品名は何にいたしましょう? ……『ハートを燃焼マッチ式』なんてどうかしら?」
 相変わらずのネーミングセンスにコンスタンシアは苦い笑みを浮かべた。
「よーし! じゃあ早速試してみるね!」
 コンスタンシアはあっという間に紅茶を飲み干すと、一目散に箒で飛び去っていった。
 空に溶けた彼女を見送ったドロシーは、こめかみを人差し指で押さえた。
「あら? 何か大事な事を忘れているような……うーん、まあそのうち思い出しますわ」
 そう自分にそう言い聞きかせるマイペースな彼女であった。

 ドロシーの家を発ち、クートの家を訪れたコンスタンシア。
 箒から降り、それをクルッと回して肩に掛ける。するとそこには、クートが昨日の夜と同じ格好で佇んでいた。
 流石にそこまで落ち込んでいると思っていなかったコンスタンシアは、彼のその異常な状態に冷や汗を流した。
(そういえばこの折れた剣って)
 クートの愛剣は、傭兵になった祝いに、ドロシーから貰った剣であること思い出した。
(ドロシーに貰った剣……そっかぁ、クートはドロシーが、その、す、す、好き……なのかな?)
 少しクートの事が気になるコンスタンシアにとって、それは大きな問題であった。
 すると、顔が赤くなって胸が苦しくなっている自分に気づき、彼女は首をぶんぶん振った。
「クート! 今火を点けてあげるからね! ええと確か……」
 説明書に書かれている通り、コンスタンシアは、ドロシーから貰ったマッチを擦り火をつける。そしてその火をクートの脳天に乗っけると、その火は彼の頭の中に吸い込まれていった。
「わーすごい……クートー? 気分はどうですかぁ?」
 コンスタンシアはクートの顔をのぞき込む。すると、彼は見上げるようにコンスタンシアを見つめた。
「コンスタンシア……」
「おおー、ようやく反応したね! ほら、新しい剣でも買いに行こう?」
「可愛い」

725 名前:モエテルハートに御用心(3/5) ◆InwGZIAUcs :2007/01/14(日) 16:37:52.97 ID:HC098nWU0
「うんうん、今度は折れない可愛い剣を……へ?」
「可愛いよコンスタンシア」
「え? え? クート?」
「萌だ! 魔女スタイルの美少女に不釣り合いな大きさの箒! ああ、可愛いよコンスタンシア!」
 ガバッと立ち上がったクートはコンスタンシアに思いっきり抱きついた。
「いや! クートしかっりして! 急にどうしたのよ!」
「俺はしっかりしているさ。さあ、街に新しい剣を買いに行こう! ほら、腕をしっかり組んでいてくれよコンスタンシア!」
 勢いをつけたクートは止まること知らない。
 有無を言わずクートは街へと降りていく。少し嫌がりながらも、幾分嬉しそうなコンスタンシアを連れて……。

(何なのよこの状態は!)
 顔を真っ赤にしてクートの腕を掴み歩くコンスタンシア。彼女は今自分がどこを歩いているのかさえ定かではない。
(でもちょっとだけ楽しむくらいいいよね……私だって年頃の女の子だしデートの一つや二つ)
「よし! ついたぞ」
 声に釣られ、コンスタンシアの見上げた位置には『武器屋』と大きく書かれた看板が物々しく飾ってあった。
 ガラッと扉を開けた先、そこには壁や至る所にあらゆる武器が置かれていた。
 カウンターには、その物騒な空気を全て無効化するように、綺麗でお淑やかそうな女性が微笑んでいる。
 次の瞬間コンスタンシアの掴んでいた腕は消え、隣にいたはずのクートはいつの間にかその女性の下へと近づいていた。
その勢いで、コンスタンシアは軽く躓き前のめりに倒れてしまう。
「萌! ああなんて綺麗な女性なんだろう? この店の空間はあなたという存在を、
ギャップで引き立てるために存在しているに違いない……とてもお美しい」
「はあ、どうも……」
 コンスタンシアは床に膝をついたまま目を疑った。
(クートは何を言ってるの? 私の事可愛いって言ったくせに――じゃなくて、あんな台詞言うような奴じゃなかったのに!)
 原因は分っていた。そう、今の彼はマッチの火で心が燃えているのだ。
 コンスタンシアは今だ店員の女性を口説いているクートを睨み付ける。
(燃えているのなら――消せばいいんだから!)
 コンスタンシアは立ち上がって、力の限り魔法の呪文を詠唱した。
――クートの馬鹿! 浮気者! ええっと、ついでに頭も冷やしておいで! ウォーターホール! ―― 
 水流。前触れ無く現れた途方もない水量がクートを押しつぶす。

726 名前:モエテルハートに御用心(4/5) ◆InwGZIAUcs :2007/01/14(日) 16:38:04.20 ID:HC098nWU0
 破壊。クートとついでに武器屋の床まで押しつぶした。
「クートのばかあああ!」
 馬鹿げた勢いの水を出すだけ出して、コンスタンシアは逃げるようにドアを蹴り飛ばし駆け出した。
「いってえ……冷たいし……ん? ここどこ?」
 正気になったクートだが、時は既に遅かった。
「……お客様?」
「はい?」
「お店の修理代」
 店員の女性もいくらか濡れていた。それでも彼女はにっこり微笑み、彼に弁償の請求をした。

 いつの間にかコンスタンシアが立っていたのは、ドロシーの家の前。
 彼女にとってドロシーは掛け替えのない幼馴染であると同時に、頼りがいのあるお姉さんなのだ。
 その時ドロシーは丁度お花に水をあげていた所で、しょんぼりと立っていたコンスタンシアにいち早く気付いた。
「あらあら、コンシアちゃん。どうしたの? 『ハートを燃焼マッチ式』は上手くいかなかったかしら?」
 コンスタンシアは事の次第を彼女に説明した。
「魔法のせいって解ってたんだけど……我慢出来なくて水の魔法でやっつけて来ちゃった。でもあいつ、やっぱり、ドロシーが――じゃなくてええと、ドロシーから貰った剣が好きみたいだから、やっぱりマッチじゃ根本的な解決にはならないよ……」
 聞き終えたドロシーは目を丸くしていた。
「そうですわ! 思い出しました! 私がプレゼントしたクートの剣には『がっかりの魔法』がかけってあったのです」
 ついで彼女はクスクスと笑い出した。
「『がっかりの魔法』?」
「そうそう、すっかり忘れていましたわ。『がっかりの魔法』は、物が壊れた時その物の大切さを忘れないようにするためにかけたですが……話しを聞く限りちょっと効き過ぎたようですわね」
 テヘッとドロシーは舌を出した。
「じゃあクートがあんなに落ち込んでいたのは」
「そう、私の魔法のせいだったって事ですわ」
 コンスタンシアは一気に気が抜け、少し安心している自分に気付く。
(クートがあんなに落ち込んでたのはドロシーが好きだからって訳じゃなかったんだ……ん? ひょっとして)
「ドロシー! ということは私とクート一から十まであなたに振り回されたってことにならないかな?」
「ふふふ」

727 名前:モエテルハートに御用心(5/5) ◆InwGZIAUcs :2007/01/14(日) 16:38:14.74 ID:HC098nWU0
「笑って誤魔化しても駄目!」
 興奮するコンスタンシアにドロシーは耳元で囁いた。
「でもね、クートが好きなのはきっとコンシアちゃんよ?」
 コンスタンシアの先程まであった勢いは一気に沈静した。代わりに顔が茹でられたように赤くなる。
「わ、わ、私はあんなの好きじゃないよ! ただ、こんなに近くにいるのに好きなって貰えないのが悔しいだけだもん」
「あらそうなの? じゃあ私が頂いてしましょう」
 そう言ってドロシーは不意に道を歩き出した。
 その先にコンスタンシアが目をやると、何やらげっそりとしたクートがとぼとぼこちらに歩いてくるのが見えた。
 慌ててドロシーを追いかけるが、同時に彼女も走り始める。
「ねぇ! ドロシー! ドロシーもクートが好きなの?」
「あらあら? ドロシーも? ってことは――」
「え? いや、その、なんでもない!」
 揚げ足を取られて声を詰まらせるコンスタンシアスと微笑を浮かべるドロシーは、クートのとこに辿り着いた。
 そんな二人をクートは亡霊のような眼差しで見つめ、崩れ、呟いた。
「どうしよう……店を壊した代わりに、俺、武器屋のお姉さんが『私と付き合って』だって……」 
 場が凍り、寒風が虚しく通り過ぎていく。
「あらあら、これは予想外の結末ですわね」
 ドロシーの呟きに今度はコンスタンシアが崩れ落ちた。

 後日談。
 コンスタンシア曰く、「ドロシーの魔法実験に付き合わされるのはウンザリだけど、しばらくお世話になります」
 クート曰く、「帰って来てくれよコンスタンシア! 一人じゃ傭兵の仕事入ってこないし……」
 ドロシー曰く、「あらあら、いらっしゃいコンシアちゃん。そうそう面白い物があるのよ? 恋人を別れさせる
不思議な――え? いらない? 残念ね」
 武器屋の店員女性曰く、「私熱しやすく冷めやすいんだぁ」
 
「モエナイハートに御用心……ですわ」
「ドロシー何か言った?」
「いいえー。ひ・と・り・ご・と」




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