【 火の芽生え 】
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602 名前:火の芽生え 1-5 :2007/01/13(土) 23:12:11.38 ID:h6CZ8Ncb0
 退屈な午後の授業中だった。皆一様に、退屈そうな顔をしている。眠いんだろうな、と思いながら、心の中で賛同する。
 気まぐれに、人差し指と親指を擦り合わせてみる。しばらくすると、そこから炎が上がった。その炎を手のひらに転がして、可愛らしい大きさにする。
 手のひらの上で、不断にその形状を変化させる火。じっと眺めていると不安定な気分になって、それがまた心地いい。授業中、よくこうやって時間を潰した。
 僕には今、悩みがあった。何処の大学へ行くか、ということなどは些細な悩みで、もっと、人生の根幹に関わる悩みだった。
 火を自在に操るこの力。一体この能力、なんの役に立てることができるんだろう?

 練気術という技術が一般世間に公になってから、約半世紀。人類の生活水準はより向上し、そして安定した。
 木火土金水の力を、人体から発生させる。物理法則を完全に無視したこの術は、偶然発見されたオーパーツによって実現している。
 気石、という名の鉱石が、50年前にどこぞの海の底で見つかった。たしか、正式名称はミラクルストーン。誰だ、見つけた奴。
 練気。大層な名前がついているが、その仕組みは酷く簡単なものだった。ただ、石を持って力のイメージを膨らませればいい。
 まあ、持つといってもほとんどの人間は直接体に埋め込んでいる。僕もだ。気石は、小指の第一間接ほどの大きさで効果を発揮するため、人体に埋め込んでもさほど問題はない。
 手を握り締めて、火を消す。熱は感じない。これも石のなせる力の一つなのだろう。現在全ての先進国家で研究が進められているが、力の解明には何一つ至っていない。
 オーパーツである気石を手に入れること、それら自体は比較的簡単なことだった。海の底には、まだまだ気石は眠っている。多少の金を積めば、入手はたやすい。
 しかし、「適格者」という言葉がある。それは僕達のような気石の力を使える人間を示して使う言葉で、つまりは石に認められなければ力は発揮できないということだ。
 適格者になれるものはかなり少ない。選考基準は不明。気石に尋ねれば快く教えてくれるかもしれないが、所詮相手はただの石。何故選ばれたのかなど知る由はない。
 ただ、選ばれれば、その時点で平穏だった人生は急激に転換する。適格者は、力は、いつの時代も恐れと疎みの対象なのだ。
 と思っていたが、現実は割合と優しかった。結構皆、この一昔前のファンタジーのようになってしまった世界と人間を、愛してくれているようだった。
 ありがたいことだが、ううむ。それでも、特別な目で見られていることに、違いはない。そう、例えば。
 あなたは、その力をなんの役に立てていますか、なんて。期待と羨望。適格者には、応える義務があると思う。
「ちーちゃん、帰ろー」
 放課後、帰り支度をしていると声をかけられた。背の低い小柄な女の子が、手提げ鞄を肩にかけて微笑んでいた。こくりと頷いて、連れ立って教室を出る。

603 名前:閉鎖まであと 9日と 21時間 :2007/01/13(土) 23:12:42.66 ID:h6CZ8Ncb0
 彼女は幼馴染で、山田という名前で、普通の人間だ。力を手にしてしまったときは、彼女との疎遠もいたし方がないかと思っていたが、そうはならなかった。
 彼女は優しい子だった。日常において迫害はされないといっても、時々冷たい視線を感じることはある。それでも彼女は、僕といてくれる。
 ふと気がつくと、ほおに冷たい感触があった。見上げると、雪だった。隣で山田が腕を抱いている。
「はー、やっぱ寒いねー。わたし冬嫌い。夏が好き」
 自転車小屋に向いながらの会話。へえ、そうなんだ、とそれだけの話なのだが、この口上は僕に火をおこすよう暗にねだっているのだ。
 手のひらに大きめの火を発生させると、山田はおおと感嘆を漏らす。火に手をかざして笑顔になる山田。なんども繰り返してきたやり取りだが、悪い気はしない。
「ちーちゃんって便利だよねー。あー、あったかいー……。幼馴染が適格者でラッキーだったよー」
 楽しそうに笑っている。悪意の欠片もない、いつもの山田。でも僕には、山田の言葉に少し胸が痛む。
 便利。とはいっても、火はこの程度のことにしか役立たない。水や木、金や土の力ような、人類規模での貢献は、火である僕にはのぞめない。
 木を生やし命をはぐくむことも、水の無い地に川を作ることも、強固な金属を代償なしに精製することも、疲弊した大地に息を吹き込むことも、火には出来ない
 これが、僕の悩み。適格者として選ばれたが、使い道がわからないのだ。僕の頭が悪いだけなのだろうか。ううむ。
 火。原始の人間がはじめて使った力。現代では、さほど重要性はない。強大な火力など、危険なだけでしかない。
 火力発電、という使い道も昔はあったと聞く。だが、今ではほぼ全ての電力が原子力によってまかなわれている。環境への害を考慮すれば、むしろ逆効果だ。
 それに火の適合者自体が、かなりの少数だと聞く。全世界をあわせても、国に一人居るかいないからしい。先駆者も身近にいない。参考になるものが、何一つない。
「どーしたー? 疲れたの?」
 色々と考えるうちに、暗澹とした表情になっていたらしい。表情を取り繕ってなんでもないよと返すが、しかし山田は眉根を少し寄せた。
「また石のことを考えてたんでしょ。……わたしが言うのもなんだけど、別に気負う必要なんかないんだよ? ちーちゃんはちーちゃん。適格者だけど、ちーちゃんなんだよー」
 力のなかったときと同じように生きればいい、と山田は言いたいのだと思う。確かにそれは一理ある。でも、だ。
「選ばれたって事は、何かしないことがあるんだと思うんだよ。何かわからないけど……でも、選んでくれたからには、それに応えなくちゃいけないと思うんだ」
「……そっか。うん、ちーちゃんがそれでいいなら、いいよ。なんか主人公みたいで、ちょっと格好いいかもねー、今の」
 破顔一笑。毒気のない山田の笑顔を見ていると、とりあえずは当面、このままでいいかななんて思えてくる。使命も大切だが、彼女はもっと大切だった。
 そんな矢先の、ことだった。

604 名前:閉鎖まであと 9日と 21時間 :2007/01/13(土) 23:13:26.30 ID:h6CZ8Ncb0
 自転車で登校している僕と山田は、必然的に下校も自転車だ。軽い雑談を交わしながら、自宅への道を下ってゆく。
 人気のない、近道にといつも通る工場跡地についたところで、異変は起きた。突然僕の自転車が動かなくなったのだ。
「なっ!?」
 急停止した自転車から振り落とされて、地面に尻餅をつく。すぐ隣を走っていた山田が、自転車を止めて振り返った。
「どしたー、大丈夫かい? って、なにこれ……うわあっ!?」
 自転車のタイヤには、太い鉄と木が何重にも絡まっていた。まずい、と思い跳ね起きるが、既に手遅れだった。水に絡め取られた山田が、引き寄せられ離れていく。
 襲撃? 適格者を襲う人たちがいることは知っている。神の意向に反するだとか、摂理を乱すものだとか、難癖をつけて襲ってくる人たちだ。
 今まで襲われたことがないかと問われれば、あると答える。でも、今回はどうも事情が違うらしい。襲撃者に、適格者がいる。それも、何人も。
「杉村ちひろ君、ですね? はじめまして」
「……はじめまして」
 リーダー格と思しき男が、慇懃な口調で話し掛けてきた。男の傍らには、球体の水があった。その中には、山田が捕らえられている。
 水の男の後ろには、三人の男が構えを取っていた。自転車への攻撃を鑑みるに、内二人は木と金の適格者だろう。くそっ、山田……。
「なにが目的ですか? 山田を放してください!」
「いいでしょう。放します。ただ、わたしたちの条件を飲んでくれれば、ですが」
「……なんですか」
「素直ですねえ。気に入りましたよ」
 水の男がくつくつと笑んでいる。水牢の中で、山田がじたばたともがいていた。どうやら水の壁を作り出して、中に山田を閉じ込めているらしい。すぐに死ぬことはないだろう、安心する。
「我々はペンタクルと名乗っている、そう……簡潔に言えばテロリストですね。特に力の強いものたちを集めて、この世界に大きな傷跡を残してやろうと思っているのですよ」
「傷跡、って」
「例えば破壊、例えば虐殺。我々は世界の混沌を望んでいます。ただ……恥ずかしながら人が足りなくてですね。ペンタクルと名乗っているものの、いるのは4人。火が、足りないのです。そう、あなたが」
「僕……、ですか?」
「ええ、火の適格者、杉村ちひろさん。あなたが必要だ。……火の適格者というのは本当に希少でしてね。探せば簡単に見つかると思っていましたが……ずいぶん時間がかかりましたよ」
 改めて襲撃者たちを見渡してみる。水の男はどうやら日本人。しかし、他の三人は外国人だった。人種は判明しないが、黒人も白人もいる。破壊願望を持つ人たちが徒党を組んだ、というところらしい。
 あなたが必要、か。彼等は悪い人間だ、とはわかっている。それなのに心揺れる。必要、僕が? 僕が、要る?

605 名前:閉鎖まであと 9日と 21時間 :2007/01/13(土) 23:13:57.58 ID:h6CZ8Ncb0
「火は強い。おそらく五大属性の中で、最強を誇るでしょう。私はそう考えています。木を焼き払い、土を焦土と化し、金属を溶かし、水を蒸発させる。その強力さ故に、気石も使い手を選ぶのでしょう」
「……」
「あなたの力を我々に貸してください。あなたがいれば我々の願いの達成は、より確実、円滑に実現されるでしょう。あなたの業火で、下等なものの世界を消し炭にてやろうではないですか!」
 水の男は興奮しているらしく、饒舌になっていた。水の男が機嫌取りのような口上を並べている間も、僕はあることを考えていた。何故、火の適格者がこれほどまでに少ないのだろうか。
 水の男の言葉。最強を誇る、火。故に使い手を選ぶ。たしかに火は強い。単純な威力だけなら、どの属性にだって打ち勝つことが出来るだろう。その自信は、ある。
 でも、役立たずな力だ。人類に貢献することも出来ない、中途半端な力だ。焼き払うことしか能のない、無駄な力だ。
 では何故、こうも火の適格者は少ない? 役立たずだから? さまざまな人種を仲間に持つ彼等が、ついに見つけられなかった火の適格者。
「さあ、どうしますか? このまま我々に協力し、世界の終焉を共に楽しむか。それともここで、この女性ごと八つ裂きにされるか。好きなほうを選んで……」
 水の男が、薄い唇を片方だけ持ち上げて笑っている。見ただけで悪人だとわかる、邪まな笑み。その表情を見ていて、ふと、頭をよぎるものがあった。
 何故この50年もの間、彼等のような人間が世に姿を現さなかったんだ――?
「ああ、そうか。そういうことか……」
「は? なにが――」
 男の言葉が終る前に、僕は渾身の力を込めて手を前に押しかざす。次の瞬間には、水の男の後ろに待機していた男たちの足許から火柱が噴出し、一瞬にして彼等を炭化させた。
 水の男にも熱が伝わり、服に火がついた。慌てて水を操って火を消す男。その隙に山田を助け出す。山田も熱にあてられて、ぐったりとしていた。
「ごめんね、山田。もうちょっと、上手く助ければよかった……」
 苦しそうにしながらも、山田は親指を突き出した。どうやら命に別状はなさそうだと判断して、安全な場所に寝かせてやる。戻ると、水の男がようやく体勢を立て直したところだった。
「こンのォォ……! 連中を集めるのに、どれだけの時間がかかったと思ってる! 絶対に殺してやるからな!」
「わかりましたよ。どうして火の適格者が少ないのか。それは、あなたたちみたいな人がいるからなんだ」
「死ねェェッ!」
 水の男が手をかざすと、何もない空間から濁流のような水が現われて、津波のように押し寄せてくる。先程と同じように、僕も手をかざして火炎を起こす。
 火の壁。絶えることなく噴火し続けるそれは濁流を難なく消し去り、そしてそのまま男を消し炭にした。断末魔の叫びもない、一瞬のことだった。

606 名前: ◆JscYoialj. :2007/01/13(土) 23:14:40.13 ID:h6CZ8Ncb0
 火が役目を終えて、空に消えていく。ふう、と息をついてその場に座り込む。力を使いすぎた反動で、全身に気だるさが残る。
「凄かったね、今の。うわー、なんかここあったかいー」
 気付くと、山田が隣に座っていた。すぐ足許の地面が、融解して溶岩になっている。言われてみれば、一帯はむわんとした空気になっている。 
「……選ばれたから、応えたのかい?」
 溶岩に目を向けたまま、山田がぼそりといった。どこか悲しみを孕んだ響きの声だったので、僕もなんだか悲しくなった。
 殺すことはなかったかもしれない。きっと彼等は殺されてしかるべき存在だっただろうけれど、それでも、僕が殺してもいいというわけじゃない。
 迷いなく彼等を殺した自分。それは多分、使命だったからだ。火の適格者たる杉村ちひろの、適格者たる命の使い方。
「ちーちゃんはさ、優しいから火の適格者なんだよ。気石でずるしようとする人がいたら、ちーちゃんやっつけて、ってことなんだよ、きっと」
 そうかもね、と相槌を打つ。山田は自分から言うことで、わたしは気にしてないよ、といいたいのだろう。その心遣いが嬉しくて、僕はまた悲しくなった。
 火は、他の力を全て凌駕する力を持っている。だからきっと、適格者と人間の調停者として在るべきなのだ。気石の力を使う適格者から、人間を守るために。
 でも、違う。僕が欲しかったのは、こんな力じゃない。こんな、何もかも焼き消してしまう能力なんかじゃ、ない。僕は……。
「そんな顔しないでよ、ちーちゃん!」
「うわっ!?」
 山田が首に手を回して、抱きしめてきた。急な密着に気が動転して、あうあうと馬鹿みたいな声をあげてしまう。
 山田の体は暖かだった。火なんかよりずっと熱くて、やけどしてしまいそうなほどだ。顔が焼けるように熱い。
「ちーちゃん知ってる? 主人公ってさ、大体火を使うんだよ。いや、皆が皆じゃないけど、その、なんていうか、そんな感じ」
 どうやら山田も、気が動転しているらしかった。自分から抱きついておいて、となんだかおかしくなる。 
「だから、その……。ちーちゃん、自分の力を嫌いになっちゃ、嫌だよ。わたし、ちーちゃん……の火、好きだから」
 最後のほうが、口ごもってしまっていて聞き取れなかった。え、なに? と聞き返すと、山田はなんでもないよと離れていった。
 山田は立って、空を見上げている。両腕を広げて、嬉しそうに微笑んでいる。その時、気付いた。この一帯だけ、雪が降っていない。
「ちーちゃんといると、あったかいよ。それだけでいいんだー。わたしは、それだけで嬉しい。それに……」
「……それに?」
「ちーちゃんは、わたしの物語の主人公だから!」
 山田が、飛び込むようにして僕の胸に突っ込んできた。受け止めきれず、押し倒されたようになってしまう。華奢な山田の体は熱くて、暖かかった。
 僕の胸に、僕の胸に埋め込まれた気石に、優して、暖かい火がともった。
 きせき、僕を選んでくれて、ありがとう。



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