【 五月雨病 】
◆hemq0QmgO2




277 名前:五月雨病(品評会作品)1/2 ◆hemq0QmgO2 投稿日:2007/01/07(日) 15:53:25.53 ID:2Mvl/19jO
 あ、あ、雨。五月の雨。俺はアパートのベランダで呆けていた。片隅で中型の蛙が雨宿りしている。
なんだか下品な女に似てるな。文句ある? が口癖の女だ。特に文句は無い。でも
仲良しにはなれない気がする。気がする、だけだけど。とりあえずしゃがみ込んで顔を凝視してみた。
 うーん、むう。あれ? うーん。よく見るとそんなに悪くない。これはむしろイケてるかもしれない。
ええい、ままよ、仲良しになるか。仲良しになった。正直、俺は下品な女が好きなんだ。蛙が迷惑そうに
「はあ、人間様はいつも一方的に決めるから困るよ。マジで」
と言った気がした。もちろん、気がしただけだ。蛙は基本的に日本語を喋らない。
 一方的で悪いね。俺は少し嫌な気分なんだ。小汚い蛙と積極的に交流するくらいね。
そうだ。暇そうだし、ちょっと俺の話を聞けよ。大丈夫、そんなに長い話じゃない。三分も掛からないさ。

 今日みたいに遠慮がちな五月の雨はなんだか嫌いだ。左脳を麻痺させる匂いがする。雨みたいに。
雨は先週この部屋から居なくなった女の名前だ。名字が雨宮だから雨。下の名前は知らない。
 可愛らしい雨。いや、可愛いらしかった雨。君が居ないととても寂しい。嘘だ。本当はそんなに寂しくない。
正直、俺は雨のことをよく知らない。というより、よくわからなかった。ただ一緒に居ただけだ。
 自分の名前も知らない男がこんなことを吐かしたら、普通の女の子はどう思うのだろう。
悲しんだり怒ったりするのだろうか。笑ったり泣いたりその他諸々、するのだろうか。
雨は違った。俺が何を言っても雨はいつもの雨、とても静かな目としていた。
だから、俺は雨を普通じゃない女の子だと思っていた。でも、雨は普通の女の子だった。
 当然のように他の男の所に行きやがった。畜生め。雨の腸を引き裂いてやりたくなったが、出来なかった。
そのかわり、元気で、とかありがとう、とかバカみたいなことを言って優しく抱きしめたが、駄目だった。
どうもしっくり来なかった。俺も雨もイライラして、一刻も早く互いのことを忘れたくなっていた。
 二人とも嘘つきだから駄目なんだ。そこまで君に執着していない、と正直に言えば良かったんだ。
無駄に気を遣ったり、ガキみたいに自分の綺麗な所だけ見せようとしたり、本当に不毛で馬鹿げてる。
だから最後に駄目になる。自分も相手も嫌になり、忘れたくなる。俺は忘れられないけど。

278 名前:五月雨病(品評会作品)2/2 ◆hemq0QmgO2 投稿日:2007/01/07(日) 15:57:00.53 ID:2Mvl/19jO
 じめじめした空気と性器のぬめぬめ、蛙のぬめぬめ。雨が降る度に雨を思い出す。さっぱりしない日が続く。

「とても退屈な三分間をありがとう。なんというか、君は駄目な奴だなあ。ふざけた色男だよ、まったく」
蛙が言った。透き通った良い声だ。うっ、反吐を吐きたい。ストレンジな蛙はさらに続ける。
「まあストイックな関係を望むその姿勢は嫌いじゃないよ。でも人間様はそんなにシンプルじゃないだろ?
無理なんだよ。絶望的に汚いからね。ましてや君は限りなく最低に近い。蛙みたいには生きられないのさ」
 俺は激昂した。反吐を吐きたい。蛙の交尾、卵。なんて酷い気分全部酷い全て酷い雨は小降り。
「黙れ! そんなことはお前なんかに言われるまでもなくわかってるんだ!
蛙のくせに偉そうなこと吐かしやがって。たった三分でお前に俺の何がわかるんだ。叩き殺すぞ、糞蛙め!」
「やってみなよ。一応教えてやるけど、君の目の前にいる蛙は何一つ喋っていない。
薬で遊ぶのも程々にしておけよ。だいたい」
ぐちゃっ、あるいはどぅちゃっ。あ、あとウぇっ、ぼたぼた、うゲぇっ。うう、ああ。


 最低の景色を洗い流したら少し落ち着いた。痛い幻聴だった。限りなく最低に近い俺、か。はは。
蛙の死骸は燃やしてみた。ライターオイルを掛けて。嫌な匂いがしたけど気分は悪くない。全然悪くない。
なんだっけ、蛙みたいに生きる? はっ、ありえないんだけど。見ろよこれ。超つまんねえよ。マジで。
 ウイスキーとレキソタン八錠とレンドルミン八錠とかまぼことジャイアントコーンと
バニラアイスと胃液の混合物は得体の知れない味と形をしていた。悪くない。何もかもがさっきよりは良い。
 雨、止んだかな。雨、元気かな。病んでないかな。見やがれ糞蛙、いや幻聴め。これが人間の美徳だ。
顔を洗って鏡を見つめる。悪くない顔だ。幻聴は幻聴。蛙なんて餓鬼でも殺すさ。
俺は限りなく最低に近いままでいい。永遠にごちゃごちゃ考える。人間だもの。もう何も聴こえない。
いや、五月雨の音が聴こえる。(了)



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