【 三分の締め、物語の締め、心は 】
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210 名前:三分の締め、物語の締め、心は  1−4 :2007/01/06(土) 22:28:34.58 ID:2AM9tz3V0
「兄よ、聞きたいことがある」
 可愛らしい顔に無表情を浮かべて、真奈が冬間の部屋にどかどかと入っていった。真奈の手にはDVDケースが握られている。もちろん中身は入っている。
「なあに? お兄ちゃんにご相談ですか?」
「相変わらず気持ち悪いな、兄は」
 嫌悪も呆れもない真顔でそう言われて、冬間はがっくりとうなだれた。真奈は我が物顔で冬間のベッドに腰をかけると、付近にあったスナック菓子に手を伸ばす。遠慮の欠片もない。
 冬間が兄で真奈が妹だったが、同い年だった。つまりは双子で、ただ兄妹愛は兄が妹に送るばかりだった。
 冬間は、よく出来たフランス人形がソフトビニール人形ほどにも霞む美貌を誇る妹を、これでもか! これでもか! というほど溺愛していた。
 しかし真奈はそんな兄の偏愛など何処吹く風のマイペースで、冬間は報われない。それでも真奈は決して冬間を邪険に扱ったりはしなかったので、なんだかんだいって冬間は現状に満足していた。
 真奈はDVDケースを冬間に放り投げると、牛乳が飲みたいと菓子の油で汚れた指をなめながら言った。冬間はかいがいしくも頷いて、すぐさま真奈の所望したものを部屋に運び込んだ。
「先程借りたDVDなのだがな、なかなかよかったぞ。年甲斐もなく興奮してしまった」
「うん、僕も真奈に気に入ってもらえて嬉しいよ。それで、どんなところが気に入ったの?」
「そうだな、うん、例えば変身器具をスプーンと間違えたところとか、戦闘機を釣っているのがバレバレなところとか、最後怪獣がなぜか一発で死んだところとか、他には……」
「もういいよ。うん、もういい。なんか悲しくなってきた……」
 真奈がなぜ、と言いたげな顔をする。冬間が貸したDVDには、初代ウルトラマンの全話が録画されていた。先日部屋にきて「暇」といった真奈に、じゃあと貸したのだ。
 冬間は一般的に、オタクと呼ばれる人種だった。更に細分化するとすれば、特撮ヲタとカテゴライズされる。部屋の中には関連グッズが所狭しと並べられている。

211 名前:2−4 :2007/01/06(土) 22:29:04.73 ID:2AM9tz3V0
「先程見た作品のヒーローはこれか。ん、順番揃っているのか……。ほう、次はコレか。なかなかサイケデリックなデザインだ」
「セブンを馬鹿にすると泣くぞ」
「む? ウルトラの母? まさか、これがここにいる全員を生んだというのか? なるほど流石、ウルトラの名を冠するだけはあるな」
「ちゃう。生んだちゃう。ていうか、手にとったものをぽいぽい投げ捨てないでくれる。もうホントに泣きそう」
 もし今の真奈がしている行動を他の誰かがトレースしたら、冬間は鈍器を持ち出してしたたかに殴りつけてドラム缶に詰め、
 水を流し込んでことことと煮込み、更にクリームシチューのルーでも放り込んで美味しくいただいていたところだ。
 初期生産の希少品も中にはある。しかしそれでも冬間が怒らないのは、真奈とソフビ人形の間にある不等号が真奈の方に大きく口を開いているからだった。
 叱って真奈に嫌われるくらいなら、冬間は喜んでシチューになる道を選ぶ。
 そんな溺愛がたたって、真奈はいささか性格に難のある娘になってしまっていた。よくいえばわがまま、悪く言えば傍若無人。偏屈な喋り方も、その片鱗だ。
 ただ、冬間は真奈のそんな振る舞いが、自分の前だけだということに気付いていない。
「ああ、そうだ。聞きたいことがあったんだ」
 真奈は手に持っていたソフビ人形を棚に戻すと、振り返って眉を寄せた。
 冬間は可愛らしい妹の渋い顔に見惚れながら、真奈の乱雑な戻し方でドミノよろしく倒れ落下した戦士たちの無残に涙した。
「戦士の戦闘アルゴリズムのパターンを解析したんだが、どうにも無駄が多い。3分内で常に最適な行動を取れば、もっと楽に倒せるとわたしは考える。締めに繰り出す技をはじめから乱発すれば負ける道理などないだろう」
「あー……」
 冬間は真奈の真面目な表情に、納得したような声をあげた。特撮をはじめて観るような人や、理解を示さない人間がよく口にする言葉だったからだ。
 冬間は待ってました、と言わんばかりの表情になる。冬間のような人間は、自分の好きな分野についての質問や疑問を投げかけられると、途端に水を得た魚になる。厄介な人種だ。
 当然真奈も、そのことを長年の付き合いから熟知していた。冬間が話をはじめる前から、心なしか嫌そうな顔をする。


212 名前:3−4 :2007/01/06(土) 22:29:37.15 ID:2AM9tz3V0
「いいかい、真奈? 彼等が一見無駄に見える行動を取るのは、お・や・く・そ・く、なんだよ」
「……」
「お・や・く・そ・く、なの。わかってく」
 おやくそく、の一字一字にあわせて人差し指を動かす冬間の行動に、真奈が顔をひくつかせる。誰が見ても苛々する気持ち悪い冬間だった。
「な・ぜ・は・じ・め・に・う・た・な・い・ん・だ」
「いた、いたいっ! やめ、はべっ! ぐえ、あわびっ! ぐ、たわばっ!」
 馬乗りになって冬間をぼっこぼこにする真奈。しばらく殴り続けた後、真奈はそのまま股の間に冬間をはさんだまま思案顔になる。ぐったりとしながらも、冬間は幸せそうな顔をしている。
「おやくそく……約束? ということは、なにか怪獣との間に協定が結ばれているということか? しかし、かなり早い段階で光線を発することもあった。それに協定がそんなに都合よく結べるものか? どういうことだ?」
「答えは君の心の中に」
 再び殴られる冬間。どうもマゾヒストの気がある冬間は、時々こうやって余計なことを言って真奈を煽る。
 真奈も加減しているとはいえ何発も拳打を喰らってはれ上がった冬間の顔は、目をそむけたくなるようなものだった。
「真面目に答えないとこの部屋に火をつけるぞ」
「ソーリーソーリーアイム総理ー」
 立ち上がろうとした真奈の太腿を抱え込んで、冬間はごめんなさいごめんなさいと泣き叫んだ。以前誤って真奈の下着を頭にかぶった時に、部屋を水浸しにされた時のトラウマが蘇ったのだ。
 真奈は深く溜め息をついて、自分の足を抱える兄の手を払った。顔を赤らめながら、助平が、と実の兄を罵る真奈。
 黒いタートルネックに黒いミニスカート。更に黒ストッキングと黒づくめの真奈は、当然の如く黒い下着をはいていた。それを言及した冬間に、もう一発拳が飛んだ。

213 名前:4−4 :2007/01/06(土) 22:30:07.90 ID:2AM9tz3V0
「わたしが納得できる説明を要求する」
「はひ……」
「で、何故だ」
「えっとね……。ウルトラマンシリーズっていうのは、ある意味巨人と怪獣のプロレスみたいなものなんだ。最初は小技でちまちまやって、最後に大技を出して僕達を興奮させる。
 真奈だって、変身したウルトラマンがいきなりスペシウム光線を撃って怪獣倒しちゃったら、興醒めでしょ?」
「たしかに……一理ある」
「それにそうやってちゃんと弱らせておかないと、避けられちゃうかもだしね。3分近くかけて攻撃して、最後にどーん、ってね。これでみんなイチコロさ」
 後、他にも細かな設定が色々あるけどね、と付け足しの話を長々とする冬間を無視して、真奈ははっとした顔になる。人差し指を口に当てて、再び難しい顔になる
「ふむ……だが、しかし迷惑な話だな。あれだけの質量どうしが格闘戦を行えば、都市はほぼ壊滅だ。毎回されては国が傾くというもの」
「うん、まあ……。でも、その辺りはさっき僕が言ったお・や・く・そ・く」
 がっごっ、といい音が冬間の部屋に響く。棚に並べられた戦士たちが、彼等のスキンシップを見て自分たちと怪獣の攻防を思い出し、遠い目をしていた。
「はあ……。しかし兄も、いい加減懲りたらどうか。毎度兄は気持ちが悪い」
「それほどでもないと自負してる」
「まったく……。だがまあ、勉強になった。たしかにいきなり大技をぶつけていっても、確かに望んだ成果は得られにくいだろう」
「うん、そゆこと。あ、そうだ。セブンも見る? 実はこれが結構名作でさあ、お兄ちゃんこれが一番好きなんだよね。アイスラッガーとか考えた人天才だよね」
 冬間が腕だけを伸ばして、DVDケースを手探りで見つけ出す。しかし真奈は心ここにあらずといった感じで、難しい顔をしてぶつぶつとなにかを呟いていた。
「まあ、とにかく感謝する。思わぬ方法論を聞き得ることが出来た。これでわたしの悩みも解消というものだ」
「へ?」
「いや……しかし、攻撃の方法がわからない」
「ん? なんか倒したいものでもあるの?」
「あ、ああ。いや、その……」
 真奈が珍しく顔を赤らめ、俯いている。尋常でない様子に、冬間は息を飲んだ。
「あ、兄を……」
 3分どころの話ではない、17年間にも及ぶ攻撃の締めをとうとう喰らった冬間は、あっけなくも妹のたった一言でのされてしまったのだった。
 結局この落ちも、3分の攻防の締めに同じ、所謂おやくそくなのだった。



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