【 恋する惑星 】
◆YaXMiQltls




117 名前:恋する惑星(1/5) ◆YaXMiQltls :2007/01/06(土) 05:58:45.80 ID:A11U1LRR0
 キョウヘイかっこいいよキョウヘイ。久しぶりに生で見るとますますかっこいい。クリスマ
スまでには告るつもりだったのに、チキってできないまま年が明けちゃって、あたし超ブルー。
今ごろトモコは彼氏と初詣か。いいなあ。
 年末に死んだタカシの葬式は、時期が時期だったから、三箇日を置いて行われた。クラスメ
イトは全員参加。学級長が追悼文を読んで、女子は一斉に泣き崩れる。――あんたたち、タカ
シと大して話したこともないくせに、その涙はどこから出てくるの? なんか気持ち悪い。追
悼文がベタで阿呆くさくて、あたしは斜め前のキョウヘイを見つめていた。うん、こうやって
好きな男子に見惚れている方が、不謹慎だけどよっぽど健全だよ。ふいに視線を感じて前を向
くと、遺影のタカシがあたしに微笑んだように思えた。タカシの死をまったく悲しんでいない
あたしに。
 中学のころ、あたしはもっと真面目だった。みんなが夢中になってた色恋沙汰には目もくれ
ず、将来のために勉強に励んでいた。成績はクラスで二位で、一位はタカシだった。まあタカ
シは嫉妬するのもおこがましいくらいに異次元の存在だったから、あたしは素直にタカシを尊
敬していた。そのうち成績が落ちたあたしとタカシが同じ高校へ行くと知って、あたしが「も
っと上を狙えばいいのにどうして?」と尋ねると、タカシは「近いから」と即答した。タカシ
は天才過ぎて高校なんてどこだってよかったのだ。
                   ※
 いくら晴れと言っても、一月の空は寒い。ママのお使いでコンビニに来た帰り道で「カオ
リ!」とあたしを呼ぶ声に振り向くと、キョウヘイだった。ママグッジョブ!
「あれ、何やってんの?」平静を装ったあたしの精一杯の返事。
「これからシンヤの家行って勉強すんの」
「シンヤの? あいつ受験しないでしょ?」
「進学することにしたんだよ。さすがに今年は諦めてるみたいだけど」
「ふ〜ん。じゃあクラスで進学しないのはあたしだけか」
 あたしは卒業したらフリーターになる。今のバイト先でお金を貯めて、その間に将来のこと
やお金の使い道を考えていく。高校の、あるいは中学や大学のある時期に、たまたま同じ年に
生まれたというだけで育った環境も持っている思想もまったく違う人々が、将来設計を無理や
り決めなくてはならない。そんなのは絶対におかしいとあたしは思うから、あたしはあたしの
進路に誇りを持っている。

118 名前:恋する惑星(2/5) ◆YaXMiQltls :2007/01/06(土) 06:00:09.47 ID:A11U1LRR0
「そういえばあんた大晦日のルミちゃんの誘い断ったんだって?」
「あーあの日はシンヤと二年参り行く予定だったから」
「シンヤシンヤって、あんたたちホモじゃないの?」
「うんそうだよ。あっ、ちょっと待って。――塚田恭平は坂口慎也を愛しています、世界中の
誰よりも」
 キョウヘイが「タッチ」のシーンを再現するみたいに、わざわざあたしの前まで走ってから
振り返って真剣な顔で言うから、あたしは南ちゃんになった気分で超うれしかった。
 キョウヘイとは同じ写真部で、最初はバカなチャラ男としか思ってなかったけど、いつのま
にか好きになっていた。けれどもう、ザ・友達みたいな間柄だったから、あたしはいまだに気
持ちを伝えられずにいる。イケメンでひょうきんなキョウヘイはかなり人気があって、あたし
の知る限りでも十人以上に告られているのに、その全部を断っている。あたしはそれを、あた
しに気があるからだと都合よく思ったこともあるけれど、キョウヘイがあたしにソレ系の素振
りを見せたことは一度もない。
 ――うっかり妄想にトリップして、あたしは笑うのを忘れていた。
「おい笑えよ、なんか本気みたくなったじゃん」
「はあ? ただでさえ寒いのがますます寒くなったんだから」ごめんキョウヘイ。
「相変わらずひでーなー。つーか本当に寒いな。コーヒーでも飲んでかね?」
 えっ誘ってる? ねえキョウヘイが誘ってるよ。あたしは「ちょっとなら」と、わざとめん
どくさそうに答えた。自販機でコーヒーを買って、あたしたちは近くの公園のブランコに座っ
た。
「カオリってタカシと同じ中学だったよな?」
「うん中三のとき同じクラスだった」
 当たり前だけど、最近クラスメイトと話していると、話題は自然とタカシのものになる。く
そタカシめ。あたしの恋路を邪魔しやがって。
「あいつ、中学のときどんなやつだった?」
                   ※
 中三の夏、あたしは夏休みの宿題の作文で、校内スピーチコンテストのクラス代表に選ばれ
た。「私の大切なもの」というテーマで書いた作文を、制限時間の三分で読めるように手直し
して、コンテストに先立ってリハーサルとしてクラスで朗読した。

119 名前:恋する惑星(3/5) ◆YaXMiQltls :2007/01/06(土) 06:00:59.31 ID:A11U1LRR0
「私の大切なものは両親です。私は一人っ子なので、甘やかされて育てられました。けれど私
は、それを両親の愛情を一身に注がれてきたのだと解釈して、誇りに思うことにしています。
そう思ったきっかけの出来事をこれから話します。小学校の低学年の頃のことです。私の両親
は、私が何かを欲しがると、それをすぐに買ってくれました。かわいい鉛筆や、それにつける
かわいいキャップなど、今思えばどうでもいいものばかりでしたが、その頃の私は本気でそれ
らを欲しがり、買い物に行くたびに両親におねだりをしたのでした。私はそれを自慢げに学校
に持っていきました。彼女たちの決め台詞は『一つちょうだい』でした。いくつもの鉛筆のう
ち一つくらいもらっても私に何の差障りもないと、最初は思っていたのかもしれません。私自
身もそのように捉えて『いいよ、一つあげる』と言ってしまったのがすべての始まりだったよ
うに思います。『○○ちゃんにはあげたのに、どうして私にはくれないの』それからはずっと
その繰り返しでした。彼女たちはわたしを『友達をえこひいきする嫌な奴』と捉え出したので
す。そこからいじめは、あっというまにエスカレートしていきました。私の靴やランドセルが
なくなるのは日常茶飯事で、ひどいときは直接暴力を振るわれることもありました。私はその
ことを両親には言うことができませんでした。けれど私が何も言わなくても両親は気づいてく
れたのでした。『学校で何かあった?』そう聞かれたときに、私は泣きながら事の顛末をすべ
て両親に話しました。その涙は『気づいてくれた』といううれし涙でした。彼らはすぐに行動
をとってくれました。学校へ抗議をしたのです。けれどいじめは収まるどころか、もっと陰湿
なものになっていきました。けれど家族を信頼した私はもう『話したくない』と思うことはあ
りませんでした。その日学校であったことをすべて両親に話すようにしました。結論から言え
ば、転校という形で私へのいじめはなくなりました。両親は私のために、住み慣れた家を離れ、
この街へ引っ越すことを決めてくれたのです。親が子どものために、ここまでしてくれたこと
を私は感謝してします。だから両親は、私の本当に大切な宝物なのです。いつまでも、お幸せ
でいてください。」
 原稿用紙で二枚半。「家族」や「いじめ」というキーワードが功を奏したのか、盛大な拍手
が起こった。先生が感想を求めると、タカシが手を挙げてこう言い放った。
「三分で言い切れることなんて、本当に大切なものじゃない。そんなの嘘かでまかせだ。」
 ――図星だった。作文はほとんどでたらめだった。いじめはシカト程度だったし、そんなこ
とするのは一部の子だけで、あたしは気にもしてなかった。その程度で親に相談するわけもな
く、転校は親の転勤によるものだった。つまり作文は、真実でも理想でもなく、ただウケを狙

120 名前:恋する惑星(4/5) ◆YaXMiQltls :2007/01/06(土) 06:02:21.63 ID:A11U1LRR0
ってそれっぽく書いただけの、一夜漬けのフィクションだった。
                   ※
 コンテストの日、あたしは仮病で学校を休んだ。病院に行くと言って出かけた公園のブラン
コに、同じく学校をサボったタカシが座っていた。
「あ〜、サボりだ〜」あたしの声にタカシは驚いたみたいだった。
「おまえこそ、今日コンクールだろ」
 あたしはタカシの横のブランコに座って、思い切り地面を蹴った。
「どうでもよくなっちゃったんだよね。タカシの言うとおり、あれでたらめだから。タカシの
一言で目覚めたって言うか、全部がくだらなく見えちゃったんだ、あたしの人生。今ごろさ、
体育館でみんながスピーチしているよ。三分間に偽善を押し込めて。三分で必死に『私の大切
なもの』を語ってる。それは間違ってないよ。でもあたし、タカシの言うこともわかっちゃっ
たんだよね」
 ブランコは限界まで揺れて、あたしは空だけを見るように努めた。
「要は時間の価値みたいなことなんでしょ? 大切なものをたった三分で語るなんてけしか
らん、みたいな。時は金なりって言うけれど、時間はお金のように、同じ価値のものと交換す
ることはできない。でもだったら、時間の価値って何なんだろう? 三分でできることって何
なんだろう?……やだ、あたし何語ってるんだろ」
 止まったままのブランコから、タカシがあたしを見上げて微笑んだ。恥ずかしくて、あたし
はすぐに目をそらした。
「なあ、ゴダールの『はなればなれに』っていう映画知ってる? その中にさ、一分間何も喋
らない場面があるんだ。一分間沈黙しようってことで、カフェみたいなところで、主人公三人
がただ黙って座ってるんだ。でも俺そこで感動して泣いたんだ。なんでかわかんないけど。…
…ねえ、三分間黙ってみようよ。まあつまりお前うるせーから黙れよって言いたいんだけど」
 何それ!? ってタカシを見るとタカシも私を見つめてて、ちょっとドキっとして思わず反
論を飲み込んでしまった。それを見てタカシは腕時計に目をやる。それからの三分間はとても
長かった。小さな雲の大群が太陽を通り越して、世界が明暗を行き来した。そのときほど日光
の暖かさを感じたことはなかった。太陽が雲に隠れる時間が少し長いと、あたしは懸命にブラ
ンコをこいだ。ギシギシという錆びた鉄の音が、空気の歯車を動かして雲に届いているような
気がした。そんなあたしを見てタカシもブランコをこぎ始めた。タカシのブランコを持つ手は

121 名前:恋する惑星(5/5) ◆YaXMiQltls :2007/01/06(土) 06:03:18.75 ID:A11U1LRR0
思ったより骨ばっていて、引き締まった腕の筋肉がブランコをこぐたびに、日光に反射して躍
動していた。
                   ※
 ――同じブランコで、キョウヘイはあたしの話を真剣に聞いていた。缶コーヒーはすっかり
空になって、おまけに太陽は雲に隠れていた。「寒いから帰ろう」と立ち上がったあたしに、
キョウヘイはブランコに座ったままこう言った。
「三分間、黙ってみようか?」
「えっ?」
「黙祷だよ、タカシへの。よしはじめ!」
 勝手に黙祷を始めたキョウヘイは、両手を顔の前で合わせて、目をつむった。あたしはずっ
とキョウヘイを見ていた。合わせた手の指の長さに驚嘆してから、そこにかかるさらさらの前
髪に目がいって、つむった目から垂れる長い睫毛の先からすっとのびる高い鼻の下の薄い唇の
下の……美術館の彫刻を鑑賞するような速度で足先までたどり着いても、黙祷の三分は終わら
なかった。――空を見上げて、あたしは笑う。あたしはタカシの選択を祝福するよ。きっとタ
カシもそれを望んでいるから、不謹慎だとしても、あたしとタカシには健全なことだと思う。
そうだよね、タカシ?
 あの日タカシと見上げた空は、何も変わらずに穏やかなままだよ。あたしはタカシとの三分
とタカシの言葉を思い出す。「三分で言い切れることなんて、本当に大切なものじゃない。」本
当にその通り。あたしはキョウヘイを見ながらそう思うよ。あたしがキョウヘイを語るには、
一晩あってもまだ足りないもん。あたしとキョウヘイのくだらない時間は全部平等で、どこか
をかいつまんで話すことなんてできない。一つ一つのキョウヘイの笑顔が、一つ一つのキョウ
ヘイの言葉が、あたしの中で「好き」に変わっていったの。ねえ、タカシはこんなふうにして
誰かを好きになったことがあった?
 雲に隠れていた太陽が顔を出して、世界とあたしの顔を照らす。そしてあたしは啓示を受け
る。ああそうか、そうだよね。タカシを見上げて笑っているあたしを、黙祷を終えたキョウヘ
イが不思議そうな顔で見る。あたしはそれに気づいてキョウヘイに微笑む。
「あのね、今とっても大事なことをタカシから教わったんだけどね――」
 大切なものを三分で語ることはきっとできない。けれど、大切なものに大切だと伝えること
は、たった三秒で事足りる。



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