【 3 minute warranty 】
◆nrrLyGpql2




106 名前:3 minute warranty [1/3] ◆nrrLyGpql2 :2007/01/06(土) 04:42:44.35 ID:5Xwyamga0
「夜が明ければ補給も来るはずなんだが……どうやら客人は待ってくれそうもない」
 モニタ越しのおやっさん――整備班長の声には、いつもの覇気が無い。
 おやっさんの不安はわかる。もうそろそろ限界なんだろう? ロクな補給も受け
られない辺境の基地で、こんな代物を使おうってのが、そもそもの間違いなんだ。
 我らが守護神、ブレイズ。共和軍が連合軍に先んじて開発に成功した人型戦闘
機。圧倒的な機動性と攻撃能力、そして汎用性を有したこの巨人は、あらゆる局面
において連合軍の脅威たり得るものとなった。
 もちろん、それは適切な運用がなされてこその話である。
 戦略上の重要拠点でもないかぎり、そのような運用は望むべくも無い。物資と人
員は常に不足し、か細き補給線はいつ途切れるとも知れず。そんな状況に最新鋭の
兵器を投入したところで、あっという間にスクラップになるのが関の山だろう。風
の噂じゃ、俺たちと同時期にブレイズを配備された部隊で、現役の機体はウチにし
かいないらしい。
 その点、俺たちの部隊はよくやっている。当初配備された四機のうち、既に三機
は部品取りとしての余生を過ごしてはいるが――おやっさんの類い稀なる整備士と
しての腕と、自慢じゃないがこの俺のパイロットとしての能力によって、ブレイズ
はこのアラスカ基地の主力として第一線を張り続けている。おやっさんの整備はピ
カイチ、今まで一度だって不安を感じたことは無い。
 どう考えたって補修部品が足りているはずはない。ごまかしごまかしやってきた
ツケが、そろそろ回ってくる頃だ。そんなことは俺だって分かる。
 だが、そんなことは些細な問題だ。大切なのはおやっさんが最高の整備をして、
俺がおやっさんを信じること。だから今だって、俺は、信じる。
「おやっさん、コイツは、動くんだろう?」
 モニタ越しに互いを見据え、そのまなざしは、言葉以上の言葉を交わす。
 おやっさんは時計を一瞥して、言った。
『三分だ。済まんがそれ以上は保証できない。……必ず、帰ってこい』
 俺は親指を立てて、力強く宣言する。
「心配すんな。きっちり一八〇秒で、カタ付けて帰ってくる」
 時計の表示は二三時五七分。今日の仕事は今日中に片付けなきゃな。


107 名前:3 minute warranty [2/3] ◆nrrLyGpql2 :2007/01/06(土) 04:44:00.26 ID:5Xwyamga0
 ペダルを踏み込む。ジェネレータが唸りを上げる。いつもの音。レバーを軽く捻る。
純白に輝くブレイズが、吹雪の中を軽やかに舞う。
 大丈夫、こいつは最高の仕事をしてくれるぜ、おやっさん。
 役に立たない光学センサを押しのけ、サーモセンサをメインスクリーンに投影する。
敵は六機。データベースに照合。マツシバ重工製DR型に一致。
 DR型、あちら側では「ネコ」と呼ばれる、最新型の歩行戦車だ。球体だけで構成
されたずんぐりむっくりとした体型には、猫の気高さなど微塵もない。俺は戦争の
大義なんて難しいものは考えたことはないが、あれをネコと呼ぶセンスが世界を支
配する、なんてのはまっぴらごめんだね。
 それは兎も角、どうやら敵さん、こんな辺境の地にまで惜しげもなく新鋭機を投
入してくれるようだ。その気前の良さに敬意を表して、きっちりとお礼をして差し
上げようじゃないか。
 各機をアルファ・ワンからアルファ・シックスとして識別。かかってこい、デブ
猫ども。先手は打たせてやる。
 ロックオン警報が響く。六匹のデブ猫がこちらを見据え、その手に提げたマシン
ガンを振り上げる。六つの銃口が一斉に火を噴き――銃弾は虚空を掠めた。
 同時に猫どもの頭上で爆発する榴弾。熱と光を撒き散らし、目が眩んだ一瞬。熟
練者であれば決して立ち止まらないその一瞬に、アルファ・フォーは崩れ落ちた。
 その腹部から単分子ブレードを引き抜き、ブレイズは再び舞い上がる。
 まずは一機。残り、一五二秒。
 早々の撃墜にも怯むことなく、猫はマシンガンを打ち続ける。新入り君は最初か
ら期待されていなかった、ということか。
 止むことのない銃弾の雨も、当たらなければ存在しないも同じ。もはや自らの体
にも等しいブレイズの巨体を、軽やかに翻らせる。コンピュータの乱数機動などは
当てにしない。研ぎすまされた戦士の知覚に勝るものはない。
 視界の隅に、小さな兆候を捉えた。弾倉を左手に取り、傍らの味方に身を潜める
影。使い切った弾倉が地面に落ちるよりも早く、ブレイズの単分子ブレードがアル
ファ・ファイブのコクピットを貫く。
 二機目。一〇八秒。


108 名前:3 minute warranty [3/3] ◆nrrLyGpql2 :2007/01/06(土) 04:44:45.13 ID:5Xwyamga0
 動揺が、見えた。彼らはようやく理解したのだ。今自分たちが戦っているものを。
姿形は似通えど、ブレイズは愚鈍な戦車ではない。誇り高き天空の覇者、戦闘機で
ある。火力に任せた野蛮な獣では、その爪を突き立てることさえ敵うまい。
 振り返りざま、単分子ブレードを大きく振るう。三機目。一〇三秒。
 残るはアルファ・ワンからアルファ・スリー。この機に一気に畳み掛ける。
 ブレイズは再び天高く舞い上がり、猫は他の術を知らないのか、闇雲に銃を撃ち
続けるのみ。
 当たるものか。もはや勝負は決した。それも分からぬ愚かな猫には、せめてもの
慈悲だ、引導を渡してやろう。
 ブレイズの装備する榴弾を、猫の頭上に、すべて投下する。
 九二秒。着弾。崩れ落ちる山肌。轟音。舞い上がる氷雪に、熱も光もかき消される。
 ――沈黙。センサが回復し、熱源反応を探った。微かな反応が二つ。岩場に叩き
付けられ、見る影もなくなった鉄の塊。最後の一機はどこだ。残り三〇秒。
 鉄塊に背を向けた瞬間、全身を襲う衝撃。よろめく機体に続けざまに打ち込まれる
銃弾。アルファ・ツーの反応が鉄塊の中に出現していた。――二五秒、やれるか?
愚問だ。やるんだ。
 急所は外していた。単分子ブレードを正面に構え、フルスロットルで一直線に、
翔ぶ。
 猫の骸が視界を遮り、天地が入れ替わる。受け流された。できる。残り一八秒。
 機体を立て直す。猫は動かず。面白い。動けば負けか。
 だが、そうはいかない。再び、まっすぐに、翔ぶ。
 単分子ブレードをまたも押さえつけたその骸ごと、払いのける。
 刹那、猫のマシンガンがブレイズの頭を捉え――

 ――ブレイズのマシンガンは、猫のコクピットを捉えていた。
 残念ながら、刀がブレイズのすべてではないということだ。下手に動いてトリ
ガーを引かせないでくれよ? コクピットハッチを開いて、外に出るんだ。
 丁度、〇秒か――

109 名前:3 minute warranty [4/4] ◆nrrLyGpql2 :2007/01/06(土) 04:45:07.39 ID:5Xwyamga0
 ――何が起こったか、わからなかった。コクピットに響くアラーム。コンソール
には異常を示すメッセージが溢れ、ブレイズが、ゆっくりと、崩れ落ちた。
「おやっさん! 一体どうなってるんだ!?」
 絶望にうちひしがれた声が、帰ってくる。

『メーカー保証が、たった今切れた。タイマーが発動したんだよ……』

 拳を叩き付けたコンソールに、あのロゴが輝いていた。



BACK−三分すぎた、そのあとに ◆Lldj2dx3cc  |  INDEXへ  |  NEXT−恋する惑星 ◆YaXMiQltls