【 いのちのリレー 】
◆2LnoVeLzqY




902 名前: ◆2LnoVeLzqY :2006/04/16(日) 22:53:03.02 ID:GsLLbCHt0
「いのちのリレー」

がたん・・・がたん・・・
音に合わせて、僕の体が揺れる。
がたん・・・がたん・・
一定のリズムを刻みながら、その音は僕の体を揺らす。
まだなんだか眠い。僕は重たい目をこする。
首だけ回して、右にある窓の外を眺める。
住宅街が、左から右へ、窓の向こうを流れていく。
ここは電車の中だ。だけど、僕がこの電車に乗った理由は、よく覚えていない。
僕がいるのは4人ほどが入れそうな個別の客室で、客室のドアは閉じられていた。
客室の中には僕だけが座っていた。まるで個人旅行か何かの途中みたいな雰囲気だ。
車内にアナウンスが流れる。どうやら駅に着くらしい。駅名は良く聞こえなかった。
気がつけば窓の外は少し都会じみてきていて、次第に電車も速度を落とし始めた。

窓の外に見えた街の様子とはまるで対照的に、駅のホームはがらんとしている。
ベンチに座っている夫婦を除けば、人影は見当たらない。
降りる人も、どうやらいないらしい。
ベンチに座っている夫婦には、小さな子供がいるみたいだ。
奥さんが大事そうに赤ん坊を抱いているのが、僕の窓からも見えた。
夫婦のいるベンチは僕の席のちょうど真横、僕の窓からは正面の位置にある。
僕が夫婦を見ていると、夫婦は僕に、静かに微笑んでくれたような気がした。

電車は一定のリズムを刻んでいる。あたりは一面、田園風景だ。
ところどころ、建物らしいものが見えるものの、大きな街が見えてくる気配は一向に無い。
また、車内アナウンスが流れた。次の駅に着くらしい。駅名はまた聞き逃した。

904 名前: ◆2LnoVeLzqY :2006/04/16(日) 22:53:47.50 ID:GsLLbCHt0
その駅は屋根もなく、コンクリートの板をそのままそこに横たえたような、寂しいものだった。
電車が止まる。僕を揺らしていたリズムも自然と止む。
この駅では電車から降りる人がいた。僕の窓からは遠くて、どんな人なのかは良くわからなかった。
駅には他にも人影があった。
高校生くらいだろうか、制服を着た男子学生が、駅名の書かれた看板に寄りかかっていた。
出発のブザーが鳴ったとき、ホームの向こう側から女の子が走ってくるのが見えた。
彼女もまた学生のようで、先ほどの男子学生はその彼女を待っていたらしい。
電車は再び進み始める。2人の学生は走り出す電車に向かって、手を振っていた。
それはまるで、僕に向けられているかのようだった。

突然がちゃりと音がして、僕の客室のドアが開く。
振り向くと、少年とも、青年ともつかない男の子が、そこに立っていた。
彼は僕の前に座ると、僕の目を見て、口を開いた。
「きみがこの電車に乗っている理由、知っているかい。」
それは僕が知りたいことだ、わかるわけもなかった。
僕が正直に答えると、彼は言葉を続ける。
「人は旅をするために電車に乗るもんだ、そう思うだろう。」
まぁそうだろうな、僕は相槌を打つ。
「旅はね、まるで人生だ。」
突然何を言っているんだろう。僕は肩をすくめる。
確かに良く聞く言葉かもしれない。けれどこの場には、あまりにも不釣合いな気がした。
車内にアナウンスが響く。駅名を聞く気は、もう起きなかった。

電車は田園地帯を抜けて、どこかの町に入ったらしい。ここの駅は、さっきよりも立派だ。
ここでも降りる人がいた。それはさっきの駅よりも多いが、僕は話に夢中でよくは見ていなかった。
「言い換えれば、人生はね、旅そのものなんだ。時間という電車に乗って、現実という土地を旅して回っている。」
彼は話を続ける。言っている意味が、わかるようでわからない。
「その旅が行き着く先は、未来だ。人はね、未来を探す旅をしているんだ。」
出発のブザーが鳴り響く。
駅に1人佇んでいたサラリーマンが、僕らを見つめていた気がした。

905 名前: ◆2LnoVeLzqY :2006/04/16(日) 22:54:25.87 ID:GsLLbCHt0
電車はリズムを刻んで僕らを揺らす。心なしか、そのリズムが早まっているような気がした。
「君はもうすぐ、旅をやめることになる。」突然彼は言う。
旅を始めたつもりはなかったが、やめるつもりもまた、なかった。
「人はね、時間という名の電車の座席をリレーしているんだ。席に座っていた人が去れば、新たな人がそこに座る。
人生もそうだ。前の世代が去れば、新しい世代がやって来る。世界は、そうやって動いてきた。」
話の内容はわかる。けれど、意図をつかみ損ねる。
「人生は旅だと僕は言った。」彼は静かに続ける。
「君は電車から降りなくちゃならない。なぜなら、僕が君の席に座るからだ。」
僕ははっとする。旅、人生、席のリレー・・・。
この電車を降りていった人は、つまりはそういうことなんだろう。
いつの間にか次の駅についていた。初老の男性が、同齢ほどの女性と並んで駅に立ち、電車の中の僕らを見つめていた。
電車からは、多くの人が降りていた。

電車は僕らを揺らす。それが刻むリズムは、さっきより早まっている。
僕の前に座っている彼の話が、ようやく理解できた気がした。
彼はうっすらと微笑すら浮かべて、僕の返事を待っているようだった。
だけど僕は、電車を降りるつもりなんかない。
さっき彼は、人は未来を探す旅をすると言った。
なら僕だって自分自身で、未来を探しにいってやろうじゃないか。
僕は、彼に席を譲るつもりなんか、これっぽっちも無いんだから。

電車は急停車した。気がつくとそこは駅だったのだ。
僕が窓の外を一瞥した後で彼の方に目を向けると、いつの間にか彼はドアのそばに立っていた。
彼は、悲しげで、寂しげで、それでもどこか晴れ晴れとした表情をしていた。
「旅をどこでやめるかなんて、人の勝手だ。好きにするといい。だけど君が旅をやめたくなったら、また僕は君の席に、座りに来るよ。」
彼はそういい残すと客室から飛び出し、どこかへ行ってしまった。
窓の外に目を向ける。空はどんよりと曇っている。
ここでも多くの人が電車を降りている。その中で、僕はベンチに座る老人を見つけた。
その老人は電車の中の僕を見つけて立ち上がり、僕に向かってゆっくりと、頭を下げた。

906 名前: ◆2LnoVeLzqY :2006/04/16(日) 22:54:57.12 ID:GsLLbCHt0
電車は再び僕を揺らす。そのリズムはこれまでよりも断然、早い。
山の中に入ったようだ。あたりが霧で霞んで、景色が良く見えない。
僕は窓の外を見るのを止め、さっきまでの彼の話を考えることにした。
どうしてかわからないけど、僕は旅をやめたくなかった。
彼への反感なのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。
はっきりした理由なんか無い。だけれども、どうしてか止めちゃいけないような気がして。
そう、誰かが、僕を待っているような。誰かを、僕は待たせているような。
僕には彼の言う未来が必要だ。それだけは確信していた。
目を瞑って考えていたせいで、僕は眠くなる。
眠気に抗うでもなく、僕は眠りに落ちていった。

・・・・・

誰かが僕を呼ぶ声がする。眠いのに。もう少し眠っていたいのに。
僕は目を開ける。どこか病院の一室らしい。
誰かが僕の顔を覗き込んでいる。
どこかで見た顔、涙を流している。
「本当に・・どうなるかと・・・良かった・・・本当に良かった・・・」
そうだ、僕の彼女・・・世界で一番大切な彼女。
結局、僕は電車を降りなかった。
電車の中で出会った彼の言葉を借りるなら、2人で未来とやらを探しに行こうと思う。
僕の旅はまだしばらく、終わりそうにない。



BACK−旅という漢字は◆ohRoMAnyXY  |  INDEXへ  |  NEXT−無題◆pzaWLWAfA6