850 名前:ムゲンの旅 ◆NpabxFt5vI :2006/04/16(日) 21:03:25.15 ID:P+PUYMHi0
「そうね、最初は――」
仲間との会話の間に、どうしてここへやって来たのか問われて、
私はそう過去を振り返りだした。
無機質な『そこ』を起点にして、旅に出る。
最初の旅の行き先は、確か温泉に行きたかったから熱海だったと思う。
結局、温泉に入れないのだけれど、宿泊施設や観光名所にも詳しくなれた。
次の旅の目的地は、もっと綺麗な景色が見たかったから、フランスだった。
凱旋門、シャンゼリゼ通り、マドレーヌ寺院、オペラ座……
けれど、どうしても、見たいと思う景色が見られない。
次の旅の行き先は、買い物をしたかったから市場へ行った。
私でも、親のクレジットカードを借りれば買い物が出来た。素晴らしいことだ。
市場には色々な品物の他にも、色々な人々が居て、色々なやりとりがある。
結局、それで歩くことは出来ないけれど、靴を一足買った。処分に困ったが、
結局売った。それがまた素敵だった。
人との触れ合いが欲しくなった私は、その『世界』へ行くことにした。
「準備は大変だったけどね」
洋風の建物が立ち並ぶ町に、私は一人立っていた。街の人たちと話をして、
自分が冒険者としてここに立っていることを知った。
私は街の外へ出た。門番の守る門を駆け抜けて、広大な世界へ出た。
世界は美しかった。剣を手に、鎧をまとい、草原を走る。
襲い来る怪物の爪を盾で受け流し、傷付いた仲間を魔法で癒す。
燃え上がる火の大地を飛び越えて、震える山脈を踏破して伝説の剣を探し、
化け物の潜む森林を駆け抜けて、深海の底の神殿で煌く剣を手に竜と戦った。
852 名前:ムゲンの旅 ◆NpabxFt5vI :2006/04/16(日) 21:03:52.94 ID:P+PUYMHi0
「私ね」
頃合を見計らって、
「それが楽しかった。とっても。だって、普段では出来ないことだったから」
金髪の男盗賊が、それを笑った。
「普段から冒険できる奴が居るかよw」
「あんたぐらいおっちょこちょいだったら普段から冒険かもね」
仲間の女魔法使いが男をからかった。
仲間達のやり取りを聞きながら、少し遅れて、
「みんなに黙ってたことがあるんだ」
仲間達には、聞き返すものも居る。何かを感じ取ったのか、静かに待つものも居る。
「私、ここにはもう来れないかもしれない」
「飽きちゃったの?」
女魔法使いがすぐに問い返す。
「実は、脚の病気で、ずっと車椅子だった。でね、今度手術をすることになった」
「本当かよ?」
「危険なの?」
盗賊と女魔法使いが別々の事を質問する。
「大丈夫。でね、二人に渡したいものがあるんだけど」
私が提示したのは、私が今持ってる中で、一番価値のあるアイテムだった。
「飽きたわけじゃないけど、ひょっとしたら、やめる事になるかもしれないから。
一週間後までは私が使わせてもらうけどね」
854 名前:ムゲンの旅 ◆NpabxFt5vI :2006/04/16(日) 21:04:19.52 ID:P+PUYMHi0
それから一週間後にその二人だけではなく、関わった人々みんなが集まった。
「やっぱり受け取れないよ」
女魔法使いが言った。
「逆に受け取ってよ、帰ってくる約束に」
女魔法使いがそう言ったのを皮切りに、みんなは、色々な高価なアイテムを渡してくれた。特に、男盗賊
が渡してくれたアイテムは、とても珍しく貴重なものだった。
「ちゃんと帰ってくるんだぞ」
と、仲間たちは送り出してくれた。
私は、達成感を伴う静かな幸福を感じながら、その『世界』――オンライン・ゲームからログアウトした。
すぐさま、女魔法使いを演じていた友人にメールを送った。
「あんまり金にならんな。前回のアップデートでゲームバランスが崩れたせいで、解約者が出たせいかも。
どうする? すぐ売る? 俺は急いだ方がいいと思うけど」
一分後に、すぐ返信が来た。
「すぐに売ろうぜ。どうせこのゲーム、つまんねえもん。そろそろ新しいやつやろう」
インターネットの掲示板に、みんなから受け取ったアイテム名を羅列する。
『キャラクター二人と、所持アイテムをまとめて売ります。明日の三時まで。アイテムは――』
ゲームが出来て、ちょっとした小遣いも稼げて、人を騙しても罪にはならない。
これだから、やめられない。