【 旅 】
◇Ij3WnJzn0




831 名前:旅 :2006/04/16(日) 18:54:40.96 ID:Ij3WnJzn0
そこは不思議な空間だった。
30名あまりの人間がみな前をむき、じっと座っている。
30名の視線の先には、私には理解不能な言語をあやつりながら、
黒板になにやら奇怪な記号の羅列をならべていく一人の人間。
そして、その記号の羅列を今度は30名が一斉に写していく。
カリカリカリカリ
30名あまりの人間が一斉に奏でるメロディーは
あまりに味気なく、私の神経を鈍らせていくには、
本当に十分なものだった。
ああ、私は何をやっているんだろう。
そんなことを考えながらも、私は他の30名と同じように、
半ば自動的にノートを理解もできない記号でうめていく。
カリカリカリカリ、カリカリカリカリ
カリガッガッカリガッ
ん?私は一様に奏でられる味気ない演奏の中に一つだけ、
異質な音が混じっていることに気づいた。
ガッガッガッガッ
一語一語間違えないように丁寧に写している、カリカリという音とは違う、
なにか乱暴に書きなぐるような音。
それは、ちょうど私のすぐ後ろから聞こえてきた。
気になった私は、普段ならまずすることは無いが、
思い切って後ろを振り向くことにした。
そこには、私が振り返ったことも気づかずに、
ただひたすらに一心不乱に書きなぐり
ノートを乱雑な文字で埋めていく少年の姿があった。
私は何をしているのか疑問に思い声をかけるか迷ったが、
おそらく私が声をかけたところで、
この少年は全く気づかないだろうと思い、
元の向きに戻り、再び記号を写す作業を始めた。

832 名前:旅 :2006/04/16(日) 18:55:10.38 ID:Ij3WnJzn0
その日の帰り際、私は思い切って、
「ねぇ、ずっと授業も聞かずに何をしていたの?」
帰り支度をしている少年に尋ねてみた。
少年はこちらを見上げると
「ん?旅さ」
と一言だけ口にした。
「旅?」
私は彼が何を比喩して言ったのか理解できなかったので聞き返した。
「ああ、いつかお前も、いや世界中の人を連れてってやるよ」
少年はうれしそうに、そして非常に楽しそうに瞳を輝かせながらそういうと、
軽やかにその場から去っていった。
後に残された私には結局疑問だけがのこされた。
私はその場に立ち尽くしながらも、
あんな表情ができる少年を少しうらやましいと感じていた。



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