810 名前:お題・旅 :2006/04/16(日) 17:33:41.69 ID:ftvLlU1M0
「聞いてくれ香里。俺…旅に出ようと思うんだ」
「…いや、香里って誰よ?」
俺は人生のターニングポイントに立った歌舞伎役者のような面持ちで
彼女に旅立ちの決意を打ち明けた。
ステポンキョンと呆気に取られた顔でこちらを見返す香里でない誰か。
「男には行かねばならぬ時があるのだ」
「ならぬ、ならぬわ」
じり、草鞋が擦れ、さらり、ニ尺六寸の備中青江が滑り落ちる。
「その顔、その面構え、恩は忘れ、私を憎んでいるのだろう」
「貴方には感謝しています。出来るなら美しく別れたい」
「そうとも、美しく分けようではないか」
ケーキ五等分割は一流シェフ奇跡の技。
「つーか、ショートケーキ5個買って来いよこのスカポンタン」
「だってコレ美味しそうだったんだもん…ね、じゃあ六等分して余」
「却下、もし六等分しても余りは加奈子のもんだぞ」
812 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/04/16(日) 17:33:58.84 ID:ftvLlU1M0
「あ、そっか、主役だもんね、バースデーだもんね
加奈子ちゃん喜んでくれるかな? 喜んで欲しいな」
少女は両手を組み祈るような仕草でおどけたあと、
恥ずかしそうに、ぺろり、と舌を出して笑った。
──こんな綺麗な笑顔もあるんだな。
母親の、口の端を吊り上げ、いかにも場に解け込んでいるような、
世間に厭らしく媚びるニヤケ顔しか知らない俺は、
こんなに「私は楽しいですよ」と語る笑顔を見たことが無かった。
「なあ香里」
「香里は貴方じゃないの?」
「いいや、君も香里になるのだ」
ずぶり、ずぶりと人差し指は、彼女の胸にいと深う。
「ああ、私も香里だ」
「私も」
「私もだよ」「私もだね」「そうだ私も香里」
「私も」「私も」「私も」「私も」「私も」「私も」「私も」「私も」「私も」「私も」
「私も」「私も」「私も」「私も」「私も」「私も」「私も」「私も」「私も」「私も」
目眩がした僕は旅に出る事にした。
どこか遠く、香里の居ない場所へ。