【 正直な嘘とニセモノ 】
◆hemq0QmgO2




863 名前:正直な嘘とニセモノ(1/4) ◆hemq0QmgO2 投稿日:2006/12/30(土) 22:41:40.73 ID:/lYEulo40
 涼という爽やかな名前と、整った容姿を持った少年は星屑を集めていました。
しかし、彼の星屑採集は見栄を張る為の嘘、そして建前でした。
 彼が集めていたのは色や形が魅力的なだけの、ただの石ころや貝殻、それかガラスの欠片でした。
それらはどう見ても、彼にとっても石ころや貝殻やガラスの欠片でしかなく、星屑ではありません。
 彼は最初から知っていました。星屑とは彼の心の隙間を埋める何かです。
彼の心は他の人の心と殆ど同じように流動的で、形を変えない石ころ達では隙間を埋めることは出来ません。
 彼は最初から知っていたのです。星屑は石ころではない、星屑は他人の心だ、ということを。
それでも、少年は寂しい気持ちで偽物達を愛でながら、いつも新たな偽物を探しに行きます。
 彼がこんなにヒネクレる原因は幾らでもありました。本当に星の数程ありました。
原因が多すぎて彼の唯一の家族である父も、学校の先生も、勿論彼自身も何が原因なのかわかりません。
彼を取り巻く環境、歴史、そして先天的なもの。つまり原因と思われる全てが原因。彼らはそう判断しました。
 どうやら彼は自分以外の全ての人が嫌いなようでした。そして、自分自身も嫌いになりかけていました。
つまり、涼という爽やかな名前と、十二歳にしては暗く、頑なな心を持った少年は
星屑を求めながら、それ以上に星屑を恐れ、嫌悪し、避けていました。
ここまでの彼はどのクラスにも一人はいるような、頭は悪くないけれど友達は作らず、
一人で何かに没頭する変わり者、という一つのステレオタイプでした。
 しかし、六年生の夏休み、とても暑い日の素敵な体験によって、彼は大きく変わることになります。
ボーイミーツキュートなガールという、優しくて馬鹿馬鹿しいおとぎ話によって。

 八月八日、典型的なお盆休みを利用して、典型的な帰省をする父と共に、涼は東京駅にいました。
 彼の父の実家は静岡県の三島で、祖父と祖母は茶葉農場を経営しています。
四年前交通事故で亡くなった母の実家は横浜で、そちらには先週行ったばかりです。
 涼は楽しみでした。父と交渉した結果、携帯電話を持つことと夜の八時までに三島駅に行くことを条件に、
自分は熱海で降りて一人で観光してもよい、という約束を取り付けたからです。
 勿論父は心配でした。彼は彼なりに一人息子を愛していましたし、それ故に息子の個性を憂いてもいました。
しかし、だからこそ父は息子の要求を呑みました。息子の頭は悪くないし、おかしいわけでもない。少し偏屈なだけだ。
それは仕方がないことだし、個性や自我を圧殺しても事態は好転しないだろう、と考えていたのです。
 小田原を過ぎた辺から、涼はずっとそわそわしていました。席を立ったり座ったり落ち着きがありません。
父はこの子供らしい素振りに微笑みながらも、再度念を押すように息子に語りかけました。

864 名前:正直な嘘とニセモノ(2/4) ◆hemq0QmgO2 投稿日:2006/12/30(土) 22:42:25.29 ID:/lYEulo40
「涼、気を付けるんだぞ。何かあったらすぐに父さんに電話しろ」
「わかったよ、父さん。父さんも何かあったら連絡してね」
たぶん息子は大丈夫だな、と父は思いました。
 間もなく熱海に到着、というアナウンスが流れると涼は荷物の少ない軽い鞄を肩に掛け、
乗降口のドアの前に立ち時間を確認しました。十一時二十分。時刻表通りの時間でした。
ホームに到着すると後ろにいた父がそれじゃあ後でな、と言い、息子はうん、後でねとはっきり答えました。
 父を乗せた列車が発車すると、涼は浮つきながらも確かな足取りで改札に向かいました。

 新幹線の改札を抜け少し歩き熱海駅前に出ると、微かな潮の匂いと排気ガスの匂い、
そして猛烈な熱気と陽光が涼を歓迎しました。殆どが観光客でしょうが、
大勢の人が往来する様は都内と変わらないなあ、と思った涼は数秒間立ち止まり、直ぐに歩き始めます。
 彼はまず、海に行きたいと考えていました。海には沢山の貝殻やガラス玉などが落ちているからです。
一番近い海水浴場まで歩いて十数分なので、地図を片手に歩きます。
 その時、足下にオレンジ色の財布が落ちてることに気が付きました。
普段から下を向いて石ころ等を採集してる彼は、よく落とし物を拾うことがあるのです。
ゆっくりと拾い上げると若い女性の物だということが分かりました。
 彼は特に迷いもせず、中身を確認することもせず、すぐに交番を探しました。
数回の同様の経験から、最もトラブルを起こす可能性が低い選択肢を知っていたのです。
 駅から殆ど離れていなかったので、交番は簡単に見つかりました。中を覗くと中学生か高校生くらい女の子と、
それに応対する若くて人の良さそうな警官が見えます。奥の方には恰幅のいい中年警官がいました。
 涼は自らの落ち着きを確認すると、交番に入り手前の二人に声を掛けました。
「あの、これ、財布拾ったんですけど」うなだれてた女の子が、あーっと声を上げます。そして矢継ぎ早に
「これっ、これですっ! これが私の財布! 本当にありがとう!」
と言って涼の手から財布を奪い取り、やっぱり私のだ、よかったあ、と安堵の声を上げました。
 若い警官も、本当にそれかい? 良かったねえと言って、麦茶を飲んでいる中年警官を呼びます。
中年警官は一応確認をして、うん、大丈夫だね、今度から気を付けてねと言って財布を女の子に渡しました。
涼は置いてけぼりの気持ちでしたが最後に二人の警官が、ありがとうと言ったので少し満足しました。
 交番を出るともうすぐ正午でした。女の子は改めて礼をして、程よく焼けた可愛らしい
笑顔を見せながら、涼にとっては意外な、そして突飛な提案をしました。

865 名前:正直な嘘とニセモノ(3/4) ◆hemq0QmgO2 投稿日:2006/12/30(土) 22:43:12.57 ID:/lYEulo40
「あのさ、今一人なの? 時間ある? お昼ご飯くらいならご馳走させて。お礼したいからさ」
 涼はほとんど何も考えないで、うん、と返事をしました。というより、何も考えられなかったのです。
それくらい、彼女の笑顔は可愛らしく、真夏の熱海は暑く、お腹も空いていました。
彼は六時にごく軽い朝食を食べてからは、新幹線で飲んだお茶以外何も口にしていませんでした。
 海に向かう道を五分程歩いて、女の子は定食屋に入りました。涼は少し緊張しながらも、黙って後に続きます。
店に向かっている間は二人共黙っていましたが、涼は不思議な幸福と興奮を感じていました。
 涼はカツカレーを、女の子は刺身定食を注文しました。氷水を飲みながら、女の子は喋り始めました。
「自己紹介するね。私、藤崎泉。さっきは本当にありがとう。君の名前聞いていいかな?」
深く深く輝く美しい目を見つめながら、僕は君川涼、よろしく、と彼は言いました。
「涼くん、か。いい名前だね。あのさ、私は君のこともっと知りたいんだけど、いいかな?」
 涼はびっくりしました。今までそんなことは言われたことが無かったのです。
そして相手がとても可愛らしいショートヘアの女の子であることが、不思議でたまりませんでした。
 料理が来るまで、二人は話をしました。涼は泉のことを、泉は涼のことを、それぞれ知りました。
泉は中学二年生で、熱海と三島の間、函南に住んでいて、今日は一人で熱海に遊びに来ていたのでした。
 涼は年齢と東京に住んでいることと一人で熱海に来たいきさつを一通り話しました。
彼が自分のことをこんなに話したのは生まれて初めてでした。おかしいな、と彼は思いました。
母がいないことは話しませんでした。なんだか話さない方が良いような気がしたのです。
 料理を食べている間は、二人共黙っていました。カツカレーはとても美味しく、涼は満足しました。
しかし、美味しい理由がたくさんありすぎて、本当に美味しいのかどうか、よくわかりませんでした。
 昼食を食べ終えると、泉はまた一つの提案をしました。涼にとって嬉しい提案でした。
「七時くらいまでは熱海に居るんだよね。じゃあそれまで一緒に行動しない?」
 断る理由も意味も、見つかりませんでした。

 二人は海沿いの道を歩きながら、一時二十分の光を浴びていました。
泉は緑色のシャツと膝までの短いジーンズ、そして黒いラインの入ったスニーカー、
涼は白いシャツとやや色落ちしたジーンズ、黒いサンダルといった服装でした。
二人共夏の海に行くのに相応しい、ラフな格好です。
 泉は比較的発育が良いようで、胸から尻にかけてのラインは細身の成人女性と比べても
ヒケを取りません。背は涼の方が少し高いようでした。彼は学年で四番目に背が高いのです。
そして二人共それぞれの長所を、口にこそ出しませんが、少し誇りに思っていました。

866 名前:正直な嘘とニセモノ(4/4) ◆hemq0QmgO2 投稿日:2006/12/30(土) 22:44:01.94 ID:/lYEulo40
 と、まあ、ここまでの話は全部嘘。全て俺の妄想、つまりフィクションで、藤崎泉なんて名前の女の子は存在しない。
まあまあ、そんなに怒るなよ。別に不思議でもない。おかしくもない。嘘でも真でも同じじゃん。
嘘と真に違いがあるなら、嘘の方が救いがあって綺麗だってことぐらいだろ? だろ?
 わかった。今から真実を語ってやる。真ってのはこんな感じだぜ。お前等が大嫌いな奴だ。
 だいたい名前が悪いよ。藤崎? 泉? ファック。そんな名前の女は不細工に決まってる。
そんで、不細工だからフェミニズム激唱。救いようのない馬鹿だ。魂の救済じゃなくて魂の休載。
 もちろん君川涼なんて少年も存在しない。君川涼、キミカワリョウ。なんて糞みたいな名前なんだろう。
そんな名前の奴は馬鹿な友人と球蹴ったり、球打ったり、ヤク打ったり、ヤク売ったりしてるに決まってる。
決まってんじゃん、なあ? 涼だよ涼。涼しくねえよ。むしろ蒸し暑いよ。俺の心は寒いけど。
 だいたい熱海なんてさびれた観光地じゃねえか。そんな所にドラマもロマンスも夢もある訳ねえだろ。
熱海、函南、三島、もちろん東京も。全部嘘で全部糞だ。世界は狂ってる。俺は狂ってない。
 まあ現実はこんなモンだ。ありふれたなんちゃら。嘘じゃなきゃつらいじゃん。仕方ないだろう?
 ぶっちゃけた話をすると、涼とか泉とかいう豚共の話は俺の新しい小説、俺は趣味で小説を書いてるんだが、
まあそれなんだ。いい話だろ? ですます調もフィットしててさ。わかる? わかんないか。別にいいや。
 一応ストーリーの話をすると、あの後涼は泉の肢体のおかげで辛抱たまらなくなり、
海岸の仮設トイレでオナニーする。情熱的なオナニーだ。精子が過去最高の飛距離を叩き出す。
 で、まあ少し落ち着いて、下らねえ星屑だのの話をして、石ころへの執着とか消えて、
二人とも笑って、母親を思い出して、キスしたくなって、キスしない。海はきれい。新しい気持ちが芽生えた二人。
最後は函南駅でお互いに好きだよとかなんとか言ってサヨナラ、いつかまた会える、みたいな話。
感動。涙なしには語れない感じ。イエイ。評論家とかもこれは……って感じ。遺影。
 で、俺はまあ新しい話をネタばらししちゃったわけさ。いや、俺も辛抱たまらんのだよ。マジで。
なんかさ、キテんだもん、降りてんの。神が。新作っていつもこんな感じ。俺、天才? な感じ。
伝えなきゃマズいじゃん。ほら、預言者の気分。マホメット的な(イスラムでは偶像は禁止されています)。
 待てよ? 今の俺のこの気持ち、文章に起こしたらヤバくね? ポストモダン文学じゃね?
いやむしろポストポストモダン文学くらいまで来たんじゃね? 文壇に新風。ついに来た。
群像新人文学賞受賞。蓮實重彦、柄谷行人激賞。高橋源一郎越え。安アパート暮らしも終わりだ。
 俺は歴史的な文章に取りかかった……。(了)



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