【 むかしむかし 】
◆IOXYmSMPl6




816 名前:むかしむかし(1/3) ◆IOXYmSMPl6 投稿日:2006/12/30(土) 21:01:40.52 ID:HjhvyVsn0
「むかしむかし、あるところに――」


「……はい。問題ありません。今回も良いお話ですね」
二十分程で担当の口から採用であることが告げられた。
出版社のビルに入ってすぐ横のラウンジ。
自作の物語を持ち込んで初めて担当に読んでもらった時と同じ場所だった。
ガラス一枚隔てただけで外の喧騒が随分遠くから聞こえてくる。
「実は、」
子供の頃に母から聞かされた色々な昔話。
その一つ一つにいちいち感動して、気がつけば自分で物語を考えるようになっていた。
「今回の作品で僕は絵本を書くのをしばらくやめようかと思っています」

新しく昔話を作る。
このフレーズに違和感を覚えたのは二作目の絵本が発売された時だった。
確かに自分で作った物語を伝えたいという思いもある。
しかし、僕は昔から伝えられてきた「昔話」が書きたかったんじゃないのか。
新しく「昔話」を作りたいという矛盾した気持ちはその瞬間から膨らみ始めた。
「お前が実は化け猫だったりして、何百年も昔の事を話してくれたりしないかなぁ」
せめて本物の昔話を書こうと飼い猫に話しかけてもそっぽを向かれるだけだった。
結局、自分だけが一人で「むかしむかし」と語るまがいものの昔話を子供に伝え続けることしか出来ず、そんな自分に嫌気が差してしまった。


817 名前:むかしむかし(2/3) ◆IOXYmSMPl6 投稿日:2006/12/30(土) 21:03:44.34 ID:HjhvyVsn0
「それはまた……急な話で」
コーヒーを一口飲む間を空けてから尋ねてみる。
「佐藤さんは桃太郎や浦島太郎って、信じてますか?」
担当の顔が一瞬怪訝そうな顔になる。
「信じてる、と言いますと……」
「実際にあったお話だと思いますか?」
ため息とも嘲笑とも取れるような息が漏れた。
「どうでしょう。考えたこともありませんでした」
ああ、やっぱり。
分かってはいたが落胆せずにはいられなかった。
昔話が実話だったなんて信じる方がどうかしてるのだろうか。
「僕は、昔話は事実じゃないと駄目だと思うんですよ。
事実を誰かが伝えてそれが昔話になる。
少なくとも今僕が書いているのは決して昔話なんかじゃないんです。
将来昔話になることもない、単なる作り話なんですよ。」
新しく昔話を作るなんて出来るはずが無いのだと、最近になってそんな結論に達した。
「そうですか……」
頭がおかしいと思われただろか。
しかし信じていることは事実なのだから仕方が無い。
「私には彼らが実在したかどうかは分かりませんが、ただ、」


818 名前:むかしむかし(3/3) ◆IOXYmSMPl6 投稿日:2006/12/30(土) 21:04:43.16 ID:HjhvyVsn0
ようやく家に着く。
出版社を出た後はとにかく早く家に帰りたくて仕方がなかった。
「ただ、どこかの国には神話に出てきた都市が実在のものだったと証明した方がいるらしいですね。
ひょっとすると日本の昔話の中にも実話があるのかもしれません」
そんな話を聞かされた。
ならばきっと桃太郎も浦島太郎も実在したに違いない。
僕がその証拠を探しに行ってみよう。
その途中で他の昔話を見つけることぐらいならできるかもしれない。
「よし、行くぞミケ。お前もついてくるんだ」
にゃあ、という鳴き声を聞いて、僕は旅の支度を始めた。


「――こうして、猫と一緒の旅を終えて家に戻った青年は……あら?」
男の子はいつの間にかすやすやと寝息を立てていた。
「もう寝ちゃったか」
自分も祖母から、猫を連れて家を出る場面から始まるこの昔話を聞かされて眠ったものだ。
女性は自分の子供時代を懐かしく思いながら、
「おやすみ」
息子の頭を撫でて部屋を後にする。

居間に戻る途中、和室に置かれた仏壇の電気が点いているのが目に入った。
不思議に思いながらも部屋に入り電気を消す。
明かりが消える一瞬、祖母の遺影の前に一匹の猫が見えた気がした。






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