【 雪童 】
◆InwGZIAUcs




776 名前:雪童1/3 ◆InwGZIAUcs 投稿日:2006/12/30(土) 17:21:53.61 ID:ZZhnkJVm0
 とても懐かしい故郷の村。私はただ当てもなく歩いていた。
 新しくなっている建物も見られるが、所詮は田舎街である。昔の面影はどれだけたっても残っているものだ。
 事実、私の目に映る景色も、一瞬で当時の光景と重なり合う。
 私の故郷であるこの村は、いわゆる豪雪地帯。師走ともなれば白銀の雪化粧を纏うだろう。
 しかし今年の初雪は遅い。年の末も迫ってきた今日、ようやく降り始めたのだから。
 ちらほら舞う雪を背に、分厚い灰色の雲がこの村にはよく似合う。
 私はそんな空を見上げながら親父の言葉を思い出していた。

――おい、雪童(ゆきわらし)って知っているか? おう、よく覚えておけ。根雪になるだろう初雪と共に
降りてきて、その冬の雪害から守って下さる守り神の一人だ。ここがその社、しっかり手を合わせておけ――

 気付くと私は、その社の前に立っていた。
 幼い日、親父の言葉を思い出してかつい足が向いたのだ。
 見晴らしの良い丘の上で、よく子供の時はこの社前の原っぱで遊んだものだ。
 木に囲まれたその場所を見渡しながら、ふと誰かの存在に気付く。
 社に一人の少女が座っていたのだ。
 今時珍しく、白を基調とした着物を着込んでいた。さらにどことなく青白い肌、
どことなく白みのかかった長い髪、雪童がいるとするならばまさにこのような子供なのだろう。
 そんなことを考えていると、少女はふと顔を上げ、私をジッと見つめた。
「そんなに懐かしいかしら?」
 私はいささか驚いた。
 まさかこんな幼子が、他人の気配を察するような事を言ったからだ。
「ああ、おじさんはそんなに懐かしそうにしていたかな?」
「ええ」
 少女は年に不相応な笑みを携え、私から視線を外し社を見上げた。
「……お嬢さんはここが何の社かしっているかい?」
「ええ。よく知っているわ」
「そうか……私は年甲斐もなく、お嬢さんをその社の神、雪童かと思ってしまったよ」
 少女はとても可笑しいのか、クスクス笑っている。
「フフフ、雪童……見てみたいかしら?」

777 名前:雪童2/3 ◆InwGZIAUcs 投稿日:2006/12/30(土) 17:22:05.28 ID:ZZhnkJVm0
「はは、絵本でなら見たことがあるけどね。実物を拝んだことはまだないな」
「じゃあついてきて」
 そういって少女は私をつれて、私のもと来た道を歩き始めた。
 そして立ち止まったのは曲がり角。少女はどこにでもあるようなカーブミラーを指さしていた。
「これがどうしたんだい?」
「よく見てごらんなさい?」
 言われるがまま、私は少女の隣で眼をこらし、そのカーブミラーを見つめた。
 そこには、誰もいなかった。
 そう、いなかったのだ。
 鏡に映っているはずの少女が。
 カーブミラーに指を指している少女が。
「……お嬢さん……本当に雪童だったのかい?」
 この世の者でない存在には初めて出会ったが、薄々分っていた気もした。
「そうね……でももう少しよくごらんなさい?」
 これ以上何をみつければと私は思ったが、再び鏡とにらめっこをした。
 そして気付く。
――そこには、誰もいなかった。
 そう、そこには誰もいなかった。
 呆然と誰もいない鏡に見入る私に、少女は淡々と言葉を紡ぐ。
「自分自身を思い出しなさい」
 ああ、私は誰なのだ。
 いや、自分の事など思い出すまでもない。よく知っている。
 この村で産まれ育ち、上京し、帰郷し、この地で大往生を遂げた……。

 そうだ、私もこの世の者ではなかった。

 その時、薄汚れた球を蹴りながら、村の子供達が私の体をすり抜けて社の方へと駆けていった。
 その後ろ姿を見送りながら、私は自分が何のためにここに来たのか思い出した。
「思い出しました……」
 私は全て忘れてしまっていた自分を恥じた。

778 名前:雪童3/3 ◆InwGZIAUcs 投稿日:2006/12/30(土) 17:22:18.05 ID:ZZhnkJVm0
 その気配を察する少女は、慈愛に満ちた表情で私を見上げた。
「負い目を感じる必要などないわ。それはあなたのこの村への想いの強さの証拠だもの。
だからこそ私はあなたを選んだ」
「はい」
 そう言ってにっこり微笑む少女の顔が温かく火照って見えた。
 私は少女から視線を外し、球蹴りして遊ぶ子供達に向ける。
 すると暖かい気持が込み上げてくる。
 私の孫、ひ孫もまだこの村にいるのだろうか?
「……今年は私が、この村を雪害から守り通して見せます」
「お願いね――」
 言い終えた頃、少女はシミも残さず消えていた。
 ふと親父の言葉が蘇る。

――村には雪童の母親みてえな雪女もいる。この村の雪女は暖かい。
雪童を遣って村を守ってくれている――

 親父。ちょっと幼い雪女は確かに暖かい雪女だったよ。あと、雪童は子供とは限らないらしい。
 まあ、どんななりをしていても、私がこの村の子供であることに違いは無いかも知れないが。



 夜になり、本格的に降り始めた新雪は、根深くその村に積もり始める。
 春になり、全ての雪が溶け出す頃までずっと見守れるようにと。



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