【 正当 】
◆iiApvk.OIw




746 名前:正当(1/5) ◆iiApvk.OIw 投稿日:2006/12/30(土) 13:01:42.46 ID:m5UcGW5q0
 俺の裁判はこれといって見所など全くない、誰が見てもつまらないものだった。
 世間を騒がす大事件でもなく、その判決が注目されるような
社会的意義のあるようなものでもない。まるで、自分の人生のように退屈で、
そして取るに足らないものであった。
「……被告は先月18日の午前8時頃、電車内で近くにいた原告に
対して卑劣極まりない痴漢行為を行った。これは極めて悪質な犯罪であり……」
 なんてことはない。単なる痴漢だ。

 その日、俺は朝から機嫌が悪かった。普段から口をきいてくれない
息子が、久しぶりに自分から話かけてくれたと思ったら、それは遊ぶための
小遣いをくれ、というものであった。
 俺が拒否すると、息子は俺のスネを蹴ってどこかに行ってしまった。
 最近は学校にもろくに行かず、毎日どこかで遊び呆けているらしい。
 その事を妻に言うと、彼女は「あんたの育て方が悪い」の一点張り。
 もう自分の息子のことなどどうでもいいらしい。
 
 通勤の電車はいつも満員となる。
 息子に蹴られたスネが痛むが、とても座ることなどできない。
 息苦しく、絶望的な空気が場を支配していた。
 そんな中、目の前にいたのが今回の「原告」であった。
 全てを投げ出したいという気持ちと、純粋な性欲によって俺の
右手は彼女の臀部へと押し出されていった。そして、次の駅で俺は
近くにいた男に取り押さえられて捕まった。

747 名前:正当(2/5) ◆iiApvk.OIw 投稿日:2006/12/30(土) 13:02:10.75 ID:m5UcGW5q0
「被告には罰として、500ポイントの罪を科す」
 500ポイント、それが俺に与えられた罪だった。
 この「ポイント」というのは、数年前に国で考えられた新しい
懲罰のシステムであった。
 まず、20歳以上の国民は月ごとに1ポイントが与えられ、このポイントを
犯罪者に分け与える権利がある。このポイントは、いわゆる同情票であり
基本的には犯罪者が心から反省していると感じたときに使うものである。
 犯罪者は、一般国民から指定された数のポイントを集めることで初めて
罪を清算したことになる。これは言い換えると、ポイントを集め終えるまで
囚人は決して自由の身にはなれない。。
 例えば残虐な殺人をした犯罪者の場合、集めるべきポイントの数も莫大だが
何よりポイントが集まらない。世の中の人間は誰も殺人犯を解放しようとは
思わないし、許そうとも思わない。
 従って、凶悪犯である彼らは基本的に一生、自由の身になることはない。
 では、世の中に無数いる犯罪者たちは、どうやって一般国民から
ポイントを集めるのだろうか?
 犯した罪が軽微なものである場合、ある救済措置が取られることになっている。
 それは、月に一日だけ街に出る権利が与えられるというものだ。
 その日は国民に「自分がどれだけ反省しているか?」ということを訴えかける
ことが出来る。もちろん刑務所員の厳重な監視の下で、
基本的には街頭で訴えることにはなるが、それでもポイントを集めるには絶好の機会だ。

748 名前:正当(3/5) ◆iiApvk.OIw 投稿日:2006/12/30(土) 13:02:38.20 ID:m5UcGW5q0
 刑務所に入って一ヶ月目。俺にとって始めての「街頭演説」の日がやってきた。
 両手を手錠で繋がれ、一目で一般人は俺が犯罪者だということを知ることができる。
 さらに「犯罪内容:痴漢」と書かれたタスキを身に付けなければならない。
 極めて屈辱で、犯罪者には街頭に出ない権利も与えられているが、それを行使する
奴はほとんどいない。ポイントを集めない限り、一生出ることは出来ないのだ。
 俺を含め5名で構成されたグループは、ある地方のほどほどに人が多い街中に連れて
こられた。そして一列で並ばされ、監視員の「スタート」の一声で必死に訴え始めた。
 5人が一斉に、涙ながらに国民に訴えかける。
「……私は自分の不幸な生い立ちを理由にして、窃盗などという愚かな罪を犯して
しまいました……。私は家族がいますが、彼らには何の罪もありません。
仕事が上手くいかず、出来心で取り返しのつかないことをしてしまいました……」
 俺の隣の奴は、政治家さながらの名演説で次々とポイントを集めていった。
 聞いた話によると、以前は教師をやっていたらしい。
 さすがに人に訴えかけることには慣れている。
 一方の俺は、全くポイントを集めることができなかった。
 俺の演説が下手ということもあるが、何より痴漢という犯罪が良くない。
 何の同情も得られない。担当の弁護士いわく、痴漢は刑期が長引く場合が
多いとのこと。
「……私は、家庭がうまくいってないこともあり、つい出来心で無抵抗な
被害者に対し、取り返しの付かない心の傷を負わせてしまいました……」
 必死で訴えるが、反応は全くといっていいほど不評であった。
「痴漢とかマジありえねー」
「一生、ムショに入ってろよジジィ」
 ありとあらゆる暴言が俺に襲い掛かった。
 そして日が暮れ、今月の街頭演説は収穫ゼロで終わることとなった。

749 名前:正当(4/5) ◆iiApvk.OIw 投稿日:2006/12/30(土) 13:02:59.60 ID:m5UcGW5q0
 次の月も、その次の月も演説は悲惨な結果だった。
 唯一、以前に痴漢で捕まったことがあるという男から
「長いと思うけど頑張れよ」
 と1ポイントを貰っただけで、後は軽蔑の視線と
罵言を浴びせられただけであった。俺は次第に全てが嫌になっていった。
 もしかすると一生、ここから出られないのかもしれない。
 そんな不安が日に日に強くなる。
 4回目の街頭演説でも、いつものように俺は冷ややかな視線を浴びせられ
ポイントを貰えるような気配はなかった。周りも相変わらず惨めな姿を
晒しながら、情に訴えようとしている。
 そもそも、何で俺がこんな目にあわなければならないのか。
 悪いのは妻であり息子であり、そして何より男を欲情させるような
格好で満員電車に乗るような女子高生だ。性欲は理性でコントロールして
いかなければならない。男は生まれながらに枷を付けさせられている。
 そんな苦労をあざ笑うかのような格好をしておいて、それに釣られた
だけでなぜ罪に問われなければならないのだろうか?
 心の中で湧き上がってきた怒りは、自然と口からこぼれ始めた。
「そもそも、男を誘うような、娼婦のような格好をしているのが悪い!」
 その一言に大衆の視線が集中した。
「あいつらは売春婦か? 男に性欲があることを逆手に取りやがって!
むしろ、犯罪を誘発するような奴らを逮捕するべきだ!」
 俺はひたすら、暴言を吐きまくった。監視員は不快な顔をしたが、
発言内容には制限がない。群衆が俺の周りに集まってきた。
 その大半が俺を徹底的に非難してきたが、ごく一部の人間は
興味深そうに俺の話に耳を傾けていた。
 そして一通り「演説」が終わり、人々が呆れて散っていった時に
こっそりと何人かの男が俺にポイントを入れてくれた。
 こんなことは今までなかったので、俺は心底驚いた。

750 名前:正当(5/5) ◆iiApvk.OIw 投稿日:2006/12/30(土) 13:03:20.54 ID:m5UcGW5q0
 それからというもの、俺は順調にポイントを集めていった。
 悪いのは被害者である、そんな主張が一部であれ受け入れられるとは
思ってもいなかった。どうやら俺はネットの世界で評判になっているらしい。
 俺が街頭に立つと、多くの人間が興味深そうに集まってくる。
「よく言ってくれた」「俺も奴らは調子に乗りすぎていたと思っていたんですよ」
 罵声は相変わらず多いが、逆に賞賛もされた。
 被害者は常に正しい、などという古臭い考えに抵抗を持つ人間は多かったのだ。

 それから何回目かの街頭演説。
 ようやく残り1ポイントというところまで、俺はポイントを集めた。
 そして慣れきった主張を声高に叫び終えたところで、ついに最後の
一人が俺にポイントを入れてくれた。相手は、意外にも女だった。
 俺は不思議そうに女を見ると、どこかで見た感じの顔だった。
「どうも。私はあなたに痴漢をされた人間です」
「あ」
 次の瞬間、俺の腹部を激痛が襲った。
 女の手には血まみれのナイフが握られていた。
 俺は地面に崩れ落ち、そして意識が遠のいていく。
 そんな中、凛とした声で何かを叫ぶ彼女の声が聞こえた。
「私はこの男によって、一生消えない心の傷を負わされました。
しかしこの男は私が悪いと言ってます。私は本当に悪いのでしょうか?」
 周りに群がっていた人間は、彼女に対してありったけの拍手で応えた。
 恐らく彼女はすぐに釈放されるだろう。
 それが、この新しい制度の目指す正当なところであるからだ。



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