【 イルミネーションの先に 】
◆sTg068oL4U




734 名前:イルミネーションの先に(1) ◆sTg068oL4U 投稿日:2006/12/30(土) 10:23:34.81 ID:WBg/JZrW0
「魚拓と一緒だろ!何が問題なんだよ!」
大晦日の夜、改札を出ると駅前は人でごった返していた。もうすぐ年が明ける。
「裸の幼女に絵の具を付けて幼拓を作るんだ。墨じゃなくカラー、法の盲点を衝く画期的な商売だろ」
地元には神社の代わりに、駅から公園までの街路樹が派手なイルミネーションで飾られている。
普段は郊外の小さな駅だが、テレビで紹介されたせいでちょっとした名所になってしまった。
それで市のエライ人が例年25日で撤去する飾り付けを、来年2月まで延長したのだ。
見物客は楽しそうだけど、毎晩混雑した道を通る地元民にとっては迷惑極まりない。
「あのな、相手は生身の人間だぞ。それに幼拓って呼び方はやめろ」
「エロ漫画には普通に幼女の裸が出てるんだ。紙にリアルな裸を再現して何が悪い」
ここまでに見たカップル50組、記念すべき50組目のカップルは小学生。
女の子が携帯で写真を撮っている。隣りで待つ男の子は退屈そうだ。
ここにいるカップルは、クリスマスイブをどこで過ごしたのだろう?
2週続けて同じものを見に来る程酔狂でもあるまい……
「じゃあさじゃあさ、本物の画家がもの凄く写実的に裸婦……じゃない裸幼女の絵を描いた画集は?
二次元だけど写真並のリアリティー、そしてアート。アトリエを飛び出しサイパンでデッサン」
「とりあえず幼女から離れろ」

信号を渡ると、イルミネーションの種類が替わる。黄色い電飾が柳のように垂れた木々が途切れて、
青白い発光ダイオードが枝全体を覆う飾り付けに。隣りにいるのは野郎だけど、少し幻想的だ。
女の子が、先端に星が付いたステッキ大きく振り回して歩く。
母親らしきおばさんが怒鳴る。でも無駄だ、連れてきたのがそもそもの間違いだろう。
「こんなのはどうだ、メイド喫茶に対抗してドジっ娘弁当。ありそうで無かった商品がヒットすると
おちまさとが言ってたんだ。これ、今までありそうで無かったろ」
「その発言のソースは?」
「数年前の深夜番組……」
「そんな曖昧な記憶でダシに使われちゃ、おちまさとも迷惑だな」
「まずは聞けよ。お客は入口で菓子パンの入ったビニール袋を渡される」
ここまでに見たカップル150……いや151、152、3、4、もう目で追えない。


735 名前:イルミネーションの先に(2) ◆sTg068oL4U 投稿日:2006/12/30(土) 10:24:44.45 ID:WBg/JZrW0
「店内は教室を模して机と椅子が並べてある。それでな、席に着てパンを取り出そうとすると
後ろから女の子に声を掛けられる、『先輩、今日もパンですか?』って。
頷くと、『栄養が偏るといけないから……いえ、こっちの話です』とここで女の子は言い淀む。
この台詞は絶対外せない」
こんな時間でも子供が結構いる。大晦日だから特別なんだろう。
「それから『お弁当作り過ぎたので、良かったら食べていただけますか?め、迷惑でしたらいいです!』といって可愛いお弁当箱を差し出す。作り過ぎたとか、言い訳が苦しければ苦しい程良い」
雑踏に混じって除夜の鐘が聞こえる。クリスマスの飾りと純和風の鐘、
チーズフォンデュに付いてきた豚汁みたいに、激しく違和感がある。
「肝心の弁当だけど、これが恐ろしくマズイ。砂糖と塩を間違えるとか、おにぎりの具がチョコレート
とか、胃薬無しでは食べられない料理が並ぶ。でも女の子の可愛い弁当箱だから量は少ないよ。
食べてる間、ずっと女の子は向かいに座ってこっちをみてる。判定を待つ鉄人みたいにな。
そこでちゃんと客は『おいしいよ』、っていうんだ。でないと女の子は泣いてしまう……」

空には雲一つ無い。電飾が無ければ星も綺麗だろうに。
ダラダラ歩く人の群れ、騒ぐ餓鬼共、道の真ん中で携帯カメラを構え立ち止まる阿呆、邪魔だ。

あ、阿呆は俺とこいつか。

「弁当はな、並が1000円、特マズが2000円だ。特マズは見た目もヒドイ。
おにぎりの海苔がすぐはがれる、タコさんの足が無い、フライの衣が弁当箱の隅でかたまってる。
でもな、女の子は指に絆創膏を貼ってるんだ。つまり4時起きで一生懸命作ったってことさ!
な、この店を秋葉原に開業すれば絶対儲かる、トゥナイトUも取材に来るぞ!」

736 名前:イルミネーションの先に(最後) ◆sTg068oL4U 投稿日:2006/12/30(土) 10:27:11.04 ID:WBg/JZrW0
「なあ、やっぱりお金はコツコツ働いて貯めるのが一番じゃないか」
「なんだよ乗り悪いなぁ……ボッタくられたことなんて早く忘れろよ。
バイト代全部とられたけど電車賃にって1000円ずつくれたし、強面だけどいい人だったじゃん」
「お前が童貞捨てようなんて言い出さなきゃ、こんなことにならなかったんだぞ」
ステッキの女の子がこっちを見ている。母親に手を引かれ、引きずられながらこっちを振り向く。
「お前だってノリノリだったじゃないか。短期バイトの給料貰って、気が大きくなってただろ」
「だからって下調べもせず新宿までいくか?それで客引きにホイホイ着いていって……」
「しょうがないだろ!」
僕らの後ろで男が声を荒げた。カップルが揉めている。
「携帯の電池が切れちゃったんだから、正確な時間なんてわかんないだろ!」
「あなたがぼーっとしてなきゃ、すぐ気付いたはずよ。誰かしら時計持ってるんだから」
「お前だって携帯持ってたし、人任せにしないで気を付けてりゃ良かったんだ」
「何それ?あんた男でしょ!大体あなたがクリスマス一緒に居られなかったから大晦日はここで
イルミネーションを見よう、年が明ける瞬間にキスしようって言い出しだんじゃない。
それが何よ、電池が切れましたから時間が解りませんってばっかみたい!」
女は側にあったトナカイ(たった今正月になったが)の鼻をもぎ、男の顔にぶつける。
トナカイ形にかたどられた電飾は、無惨にも鼻の周りだけ真っ闇になった。
女はハイヒールをカタカタいわせて駅の方へ歩き出す。男はモゴモゴ言いながら追いかける。

「今何時?」
「0時8分、年明けちゃったな」
「さっきはごめん。ボッタくられたのはお前のせいじゃないのに、八つ当たりだった……」
「もう良いよ、気にするな。俺も間抜けだった。それよりさ、折角公園の前まで来たし、
ベンチでビールでも飲まないか?電車賃のお釣りが残ってただろ」
「外で飲むのか?寒いだろ」
「星空の下で飲むビールは格別だぜ、新年に乾杯だ!」
「そうだな、明けましておめでとう」

終わり



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