【 座敷童 】
◆e3C3OJA4Lw




690 名前:座敷童1/4 ◆e3C3OJA4Lw 投稿日:2006/12/30(土) 02:35:41.90 ID:Ljbi5aZn0
 十二月三十一日。新年を迎える前日。僕は不思議な子を見つけた。
 透き通った着物に所々覗かせる白い手足。肩まで伸びた黒絹のような髪。その綺麗で可憐な少女は、二階建て
アパートの玄関前、住人が落ちないように作られた柵の内側にぶら下がっている。
 僕の部屋の前でなければ無視しているところだが、常識人として話しかけるしかないのだろう。
「あの、こんなところで何しているの?」
 少女は外を向いたままで、ただ黙り込んでいる。もう一度話しかけてみるが、それでも振り向かない。
 このままでは進展しないので、小さな肩を軽く叩いてみると少女はゆっくりと振り向いた。そして無表情で見
つめてくる。すると少女は身軽にぶら下がる場所を移した。
 その場所はなぜか、僕の胸元だった。

 離そうとしても離れず、話そうとしても話さない。
 どう足掻いても離れないので、仕方なくドアの鍵を開けて中に入る。僕は靴を脱いで、少女は裸足のまま。
 白くてか細くて、本当に生きているのかと疑ってしまうほど。いや、本当は死んでいるのかもしれない。
 幽霊、なんてね。僕は取り憑かれてしまったのだろうか。
「でさ、離してくれないの?」
 しぶとく抱きついてくる。僕の首に腕を絡めた少女が必死にぶら下がっている。そして足をバタつかせて僕の
股間に当たった。痛くないぞ、ちっとも痛くない。きっと我慢できる。
 嗚呼、もう仕様が無いな。わかったよ。ちゃんと抱っこするよ。
 少女の頭を僕の肩に乗っけて、僕の片腕は少女のお尻に。それで向き合う形に抱っこする。あとこれは計算ず
くなのだろうか、少女の足と膝の位置では僕の股間から腹部までの攻撃が可能だ。
 まぁ他の抱っこの仕方もあるけどね。お姫様抱っことかさ。けどそれでは両手が塞がってしまう。
 抱っこの仕方はいいとして、あとは会話をどうするか。そこで思いついたのが筆談だ。
 話すことが出来ないなら、文字で話せばいいこと。僕はルーズリーフに書いて少女に見せた。
「これでなら会話できるか?」
 それに対し、少女は「出来る」と紙上で答えた。
 よかった。やっとコミュニケーションがとれる。まぁ、少々上手くいき過ぎな気もするが。
 僕は抱っこしながら、少女とペンを持ち合いながら書いていく。
「名前は?」
「枝芽」
「えだめ?」

691 名前:座敷童2/4 ◆e3C3OJA4Lw 投稿日:2006/12/30(土) 02:36:58.02 ID:Ljbi5aZn0
「ゑめ」
 変な名前というのは伏せておこう。
 がすっとお腹に蹴りが入った。
「もしかして、心の中読めるのか?」「はい」
「話せないのか?」「はい」
「仮面はやっぱり外せないか?」「はい」
「家はどこ?」「ここ」
「ここは僕の家だ」
「あなたの家なら私の家、私はあなたに取り憑いた」
 ……やっぱりそうか。今なら確信を持って言えるぜ。こいつは本当に幽霊だった。
「大丈夫、新年を迎えれば消えるから」
 またまた、とんでもない発言だな。
 今日はもう三十一日だから、明日にはいないのか。短い付き合いになるな。
 というか、心が読めるなら、僕は紙に書く必要が無くないか?
 それに、頷くだけなら紙に書かなくたっていいと思う。そう思わない?
 やはり枝芽は黙りこくったままだった。
 仕様が無く紙に書いて聞いてみる。すると意外な文章が返ってきた。
「正確性に欠ける。それに正と負の力でしか読み取れない」
 正と負ってのは、良い感じと悪い感じってことか(よくそんな曖昧なのに膝蹴りをしたな)。
 まぁ、僕が面倒がらずに書けばいいことか。で、意外な文章はこっち。
「頷くって何?」
 知らないらしい。だからこいつには首を縦に振る動作が無いのか。
「相槌と打つとき、または賛同するときに頷く。こうやって」
 と書いて、僕は大げさに首を縦に振って見せる。すると少女――枝芽も大げさに首を縦に振って見せた。ちょ
っと可笑しいが、まぁ別に構わないだろう。
 がすっとお腹に蹴りが入った。

「何でそんなに抱っこがいいんだ?」
 ふと気になることを書いてみた。ちなみに肩車は恥ずかしいらしい。
「人々の災禍を流せなくなる」

692 名前:座敷童3/4 ◆e3C3OJA4Lw 投稿日:2006/12/30(土) 02:38:10.18 ID:Ljbi5aZn0
「詳しく」
「人々の災禍は私が消えることによって消滅する。色々な人々が今年の災難を免れた数は十。それを来年に持ち
越さないために、私と共に消滅させる。それが私の仕事。だから私を降ろすと、また各々に十の災禍が人々に降
り注ぐ」
 随分と長々と、枝芽は続けて書いていく。僕はそれを見据える。
「私は誤って下界に落ちてしまった。そこで偶然、あなたに助けられた」
 つまりは、枝芽という存在は人々の災禍を吸収して、そして自分が消えることで共に消す。
 んで、誤って下界に落ちて、そこで僕が枝芽を助ける。その時に、僕に取り憑いた。
 それで床に足がつくと、折角取り除いた人々にまた災禍が戻ってしまうってことか。
「消えたら、死ぬのか?」
 がすっとお腹に蹴りが入る。
 冗談なのに。やはり僕は冗談が言えないタイプだな。よく言われるよ。
「死なない。これでも私は『災い流し』という妖怪。あなたになら『座敷童』という言葉のほうが理解しやすい
だろう。私は幸運をもたらすのではなくて、災禍を吸収する。だから人々は幸運になった気がする」
 座敷童。それを見た者に幸運をもたらす。また、童子がいる家は栄えるという。
 僕はそんなすばらしい奴に取り憑かれたのか。
 少女は僕の背中を二度、軽く叩く。それは「わかってるじゃな〜い」ってことか?
 無表情の癖に体で表す感情は豊かだな。  
「でもまぁ、わかったよ。要するに、新年になるまでこのまま抱っこしてりゃあいいんだな」 
 枝芽は大げさに頷く。
 やはりそれはどこか可笑しかった。

 新年へ、時々刻々と迫ってきている。
 そして、僕が使っている目覚まし時計が十二時五分前を指した頃。
「あと五分か。どうするかな」
 ちょっと質問してみるか。
 僕は文字を書く。
「何で話せないの?」
 すぐに答えず、枝芽は手を動かなかった。
 その時刻は五十六分。

693 名前:座敷童4/4 ◆e3C3OJA4Lw 投稿日:2006/12/30(土) 02:38:50.67 ID:Ljbi5aZn0
「答えにくかったらいい」
 しばらく俯いて、そしてゆっくりと手を動かす。
 その時刻は五十七分。
「……本当は、話せる」
 それはまた、とんでもない発言だな。
「座敷童は声を出してはいけない。声を出せば災禍を呼ぶ」
「口は災いの元ってやつか。もしかして、その災禍は僕に降りかかるとか?」
 大げさに頷く。
「それで昔、私は、人を――」
 筆圧は弱々しく、途中で書くのをやめてしまう。僕はそれを見て、枝芽の頭をそっとなでてみた。
 その時刻は五十八分。
「まぁ、僕はお前に会えてよかったよ。それくらいお前のことが好きだ」
 今の言葉は紙に記したわけでもなく、そっと呟いた。
 どうせ聞こえていない。
 その時刻は五十九分。
「あと一分か。別れの挨拶くらいしておくか」
 最後に「さようなら」と書き綴る。
 すると枝芽は「さようなら」と「ありがとう」を書き綴った。
 時計を見る。
 その時刻は零時。
 背中を二度、軽く叩かれると、いつのまにか枝芽は消えていた。
「……不思議なこともあるもんだな」
 僕は背伸びをする。腰辺りから弾けるような心地よい音が鳴った。
 そして床に腰を降ろして――色々な思いを巡らした。
 あいつ、僕くらいの年になったら、きっと美人だろうな。それも僕好みの。
 そんなあいつは、新年明ける前にまた現れるだろうか。
 もしその時、座敷童ではなくて普通の女の子だったら、友達としてよろしく頼みたいところ。
 そして一度くらいは、あいつの声をこの耳で聞いてみたかったな。
 きっとその声は、透き通って澄んでいることだろうよ。   
            「了」



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