【 頭の中のプログラム 】
◆KARRBU6hjo




645 名前:頭の中のプログラム 1/4 ◆KARRBU6hjo 投稿日:2006/12/30(土) 00:50:57.10 ID:xCUK/ey30
 ディスプレイに表示された凄まじい量のファイルを、僕は一つ一つゴミ箱へと持っていく。
 様々な種類に分類されているファイルの名前は抽象的で、その内容は僕にも想像する事しかできない。
 それでも考えて考えて考え抜いて、僕はファイルを選択する。長く永い作業。
 眠る事も休む事も忘れ、僕はただ只管に機械のディスプレイに向かい合っている。
 膨大な『記憶』という名の僕の頭の中のファイルは、十五年間という短い間でも相当な数に達してしまっているらしい。
 ああ面倒だ。いっそ完璧にフォーマットしてしまった方が簡単なのだろうけど、そうすると生きて行く上で絶対に必要な記憶さえも消えてしまう。
 即ちそれは、まっさら新しい新生児のカラッポ脳味噌を持つ十五歳。嫌過ぎる。全く持って話にならない。
 僕は新しい人生を生きるのだ。せめてこの後の僕が生きて行けるくらいのお膳立てはしておいても罰は当たらないだろう。きっと。
 ゴミ箱の中にはどんどん僕の記憶ファイルが溜まっていく。この時点じゃまだ消えてない。
 削除すべきファイルを全てゴミ箱の中に放り込んで、最後の仕上げにゴミ箱を空にして、それでやっと僕の記憶は抹消される。
 それまで僕は『僕』のままで、消えるまでの間『僕』として生きていなきゃならない。それは苦痛だけど感慨深い。
 僕が生きてきた二十世紀から二十一世紀を跨ぐ年号の記憶は、今日完全に無に帰する。
 再誕。僕の二度目の誕生日。
 折角だからモノローグでもしてみようか。何を? 何でもいい。
 例えば音楽の授業中に鉛筆を耳栓代わりに使ってふざけていたらそのままコケて突き刺さり、世界で四人目の人工脳を移植された馬鹿の話とか。
 僕の事だ。

646 名前:頭の中のプログラム 2/4 ◆KARRBU6hjo 投稿日:2006/12/30(土) 00:52:04.17 ID:xCUK/ey30
 人工脳実験体コード四。
 電子計算機の演算能力では無く、生体電流を使用した半サイボーグ電磁兵器でも無く、あらゆる技能技術を組み込まれた完璧超人でも無く。
 僕に与えられた人工脳の性質は、外部からの入力による情報の書き換えだった。
 良く言えば、演算能力も電磁兵器も完璧超人も設定次第でとっかえひっかえ会得出来る『万能機』で。
 悪く言えば、ちょちょいと僕の頭を専用の機械に繋ぐだけで誰でも簡単に僕の頭の中を弄り倒せる『実験体』。
 何の因果で僕がこんな実験を引き受けなきゃならなかったのだろう。
 耳に鉛筆事件の後、身寄りがなかった僕は誰にも文句を言われる事なくこの施設に移送され、人工脳を取り付けられた。
 あのままじゃ死亡確定だった、何て言われて最初のウチはこの施設の研究員に感謝もしていたけれど、その内そんな事も言っていられなくなる。
 毎日毎日自分の脳の中をぐちゃぐちゃに弄られて操られていれば、そりゃ誰だって気が狂いそうになるだろう。
 死ね糞ヤロー共。止めてくれ、人の頭ン中を勝手に弄るんじゃねぇ。
 そんなことを一日中声が枯れるまで叫びつづけても、実験体である僕には拒否権なんて無い。
 安全装置だか何だか知らないリモコンで頭をブツンとやられてしまえばそれでお終いだ。
 僕は意識を持たないロボットになり下がる。それで大人しくぴこぴこぴこぴこ色々なデータを入力されて実験開始。色んな事をやらされる。
 今までで一番キツかった事は何だろう。多分きっとアレだ。罪人の死刑執行。鋸で。
 ロボットになっている間は意識が無くても記憶にはちゃんと残っていて、僕は『僕』に帰って来たときにその記憶を思い返す。
 どう考えても人間の喉から出るような代物じゃない男の悲鳴。
 皮膚と脂肪と筋肉がぎこぎこと切り分けられて骨がチラリズムでコンニチワ。骨も切断して中からとろりとした赤と黒が滴る。
 僕はきっと無表情に、何時間も掛けて男を幾つかの肉片に切り分けた。
 僕は後でそれを思い出して吐きそうになったし泣いた。そしてやっぱり吐いた。
 気持ち悪い。何てことさせるんだアイツ等は。ワザワザ僕を使って人を殺して何が楽しいのだろう。
 聞いてみたら実験結果は大変役に立ってますよとのこと。意味が解らない。人殺しの実験結果なんて一体何に使うのだろう。

647 名前:頭の中のプログラム 3/4 ◆KARRBU6hjo 投稿日:2006/12/30(土) 00:52:53.19 ID:xCUK/ey30
 そんなこんなで僕の軟禁生活は続いていた。施設内は自由に移動出来るけど、その全てに監視の目が行き渡っている。
 僕がちょっとでも不信な動きをしただけでブツンだ。気が付くと自分の部屋で寝てる。
 おちおちオナニーも出来やしない。いや、別にしたくもなかったケドさ。
 僕の性欲は頭の中身が人工脳に挿げ変わった時点で完全に消失してしまったらしい。
 まぁ、当たり前の話だ。人工脳なんかを付けている実験体に生殖行動の欲求を持たせてても全く意味がない。
 そのあたりは感謝していた。そして後になって憎悪した。よく考えたら生物として失格しちまったんじゃねぇか。死ね。
 もう死んでるけど。

 施設が何者かの襲撃を受けたのは昨日の事だ。
 どかーんばこーんという派手な衝撃と共にそいつらは施設に降り立った。
 結局アレが何だったのか僕は知らないけれど、そいつらは兎に角迅速な速さで施設を蹂躙し、滅茶苦茶にぶっ壊した。
 僕もそれに協力した。というかさせられた。
 そいつらは僕の存在を予め知っていたらしく、僕を探し出して僕の脳に持参したらしいデータを入力したのだ。
 そして僕はロボット化。
 銃と剣と徒手空拳をマスターした僕はばったばったと研究員をなぎ倒し殺戮し、気付いた時には廃墟と化した施設のど真ん中で死体の頭を踏み潰していた。
 僕は半日掛けて瓦礫の山を探索して、なんと僕の頭の制御装置を見つける。無事だった。僕は神様に感謝した。
 こんな戦闘能力持ってても意味無いし、さっさと消したかった。
 ずっと殺したくて殺したくて仕方が無かった連中だったけど、それでも直接人を殺すっていうのは嫌な経験だ。
 流石に短時間に何回も繰り返せば慣れというか麻痺もしたのだけれど、折角ならあのテロリスト集団が全部始末してくれれば良かったのに。
 まぁそれはいいとして、問題なのは実際装置には電気が殆ど残っていなくて、一回しか頭の操作が出来ないらしい事だった。マジかよ。
 それから僕は何時間も掛けて悩み抜いた。どうするべきか。僕は自分の頭をどう設計するべきなのか。
 悩んで悩んで悩んだ結果、僕は自分の記憶を消す事にした。
 人工脳なんて黙ってれば誰にもばれないし、僕はまた学校で馬鹿やっていたあの頃に帰りたかった。
 このままだとずっと実験動物になってたり人を殺したりした記憶が邪魔して、普通の世界に戻れない。
 普通の世界の住人は人なんか殺してない。だから僕は記憶を消す。
 消して、まっさらな状況から始めるのだ。新しい人生を。

648 名前:頭の中のプログラム 4/4 ◆KARRBU6hjo 投稿日:2006/12/30(土) 00:53:38.02 ID:xCUK/ey30
 消すべきファイルを全てゴミ箱に移し終わった。後は、完璧に抹消するだけ。
 施設跡から町が見える場所まで念入りに目印を付けて置いたから、記憶が消えた後の僕はおそらくそこに向かうだろう。そうだといい。頑張れ、僕。
 たった一人で心細いだろうけど、きっとまた普通の世界に戻れる事を信じて。
 僕は思い切ってエンターキーを押す。ちきちきちきちき。記憶が消える。
 暗転。一瞬ノイズが走ったような気がするが気のせいだろう。

 気が付くと、僕は何やら武装した人たちに囲まれていた。
 はい? ええと、何だ? どうして僕はこんな人たちに囲まれているのだろう。
 っていうか此処は何処。え? 僕は誰?
 本当に大丈夫なのかと一人の覆面が言った。
 大丈夫だと別の覆面が言った。入力した戦闘データは全て消去済みの上、記憶すらもコイツからは消えている。そういうプログラムだ。
 あのーすいません何言ってるんですか? あんたたち何か知ってるの? 何か僕記憶無いし。おーい聞いてる?
 僕の言葉を無視して覆面が言った。これで簡単に厄介払いが出来るんだから容易いモノだ。精々我々の罪を被れ。殺したのは殆どお前だがな。
 ちゃきりと銃口が僕に向けられる。え、ウソ、ちょっと待ってマジで? 何が何だか解らない。
 冗談だよね? 僕は聞く。覆面は首を振って、ひょいと簡単に引き金を引いた。

 たーん。

 終。



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